花子とアン 28話 はな翻訳の台本に蓮子感動

連続テレビ小説(朝ドラ)『花子とアン』
2014年5月1日(木)放送
第5週 第28話 「波乱の大文学会」

『花子とアン』第5週 第28回「波乱の大文学会」あらすじ、ネタバレ

出来たばかりの台本をはなが蓮子に渡す現場を目撃した亜矢子は嫉妬にかられてジュリエット役をはなに演じてほしいと言い出しました。はなと亜矢子が押し問答していると、困っているならジュリエット役は自分が引き受けると白鳥が申し出ます。

稽古でジュリエット役を熱演する白鳥に困惑する生徒たち。しかし、台本を最後まで読み率直に感動したという蓮子がやって来て、自分はジュリエット役から降りないこと、今後は稽古にも出て来ることを皆に告げるのでした。

その頃、甲府では吉太郎が軍隊に入りたがっていることを初めて知り驚くふじ。吉太郎は、母と祖父には折りをみて話すつもりだった、軍人になって家族を楽にさせてやりたかったと軍隊に志願する想いを初めて家族に語りました。

舞台の稽古は順調に進み、はなが疑問に感じた台詞をはなの意を汲んだ蓮子が即興で変えてしまうほど蓮子は真剣に稽古に取り組みます。その蓮子は兄に宛てて「大文学会」への招待状をしたためるのでした。


『花子とアン』第5週 第28回 「波乱の大文学会」感想

「わかりました、私が一肌脱ぎましょう。そんなに困っているならジュリエット役はこの白鳥がお引き受けしてもよくってよ。」

白鳥かをる子様の優しさが心に沁みました。でも、誰一人白鳥かをる子様の心からの思いやりに感謝する者がいないのが気の毒過ぎます。感謝するどころか、熱演される白鳥かをる子様を見つめる冷たい眼、眼、眼・・・

普通ならこんな感想を持ちそうなものですが、白鳥かをる子様に限って決して何故か同情できないけれど、かといって空気の読めない残念キャラとして疎ましく思うこともない。実に不思議なキャラを創造したものです。

白鳥かをる子様の熱演というか怪演で凍り付いた稽古場を、実に良いタイミングで救った蓮子様。「こんな陳腐な台詞に感情を込められない」と、はなの翻訳に辛辣な批評を下していた蓮子様。

しかし、辛辣さの分だけ文学の素養があったようで、率直に感動したと言ったりして実はものすごく素直な方なんですね。心底ひねくれていたら、仮に心の中で感動したとしても口には出さなかったでしょう。

「率直に感動致しました。シェイクスピアがこんなに面白かったなんて知らなかった。」

文学の素養ある人がここまで言ったら、これはもう最大級の褒め言葉。蓮子様が素直な方だと知ってちょっと救われました。しかし、蓮子様が続けて言ったこの言葉・・・

「あなた、やっぱり翻訳力だけはたいしたものだわ」

翻訳力以外はどう思ってるのかとツッコミを入れたくなる微妙な褒め言葉ですが、はなは素直に喜んでいるので、他意のない言葉と受け取ろうと思います。

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4 Responses to “花子とアン 28話 はな翻訳の台本に蓮子感動”

  1. えびすこ より:

    私は学校の行事でクラス単位の劇をしたことがないのでわからないのですが、台詞を完璧に覚えればいいという物ではないようですね。状況に応じてアドリブを加えることもあるみたいですね。落語も同じネタでも人によって動作が部分的に違うので。
    それと吉太郎の瞳の輝きも今週の花子とアンで着目している点です。

    • hublog より:

      コメントありがとうございます。
      舞台では、相手の役者の台詞の間違い、ど忘れ、そして「転倒」のようなハプニングに柔軟に対応することも大切みたいですね。

  2. 祥子 より:

    まさかの白鳥様のジュリエット、あってはならぬものをみたような…。
    週刊誌に村岡花子実在の写真と、英和女学校の監督生の写真も掲載ありました。この女学校は、良妻賢母を教えてはいなかった。
    女性も何かを身につけて、精神的にも経済的にも自立することを促したのでしょうか。あの時代にすごいことです。
    名前は大事ですよね。この部分は脚色かもしれないけれど、ばらは薔薇だからこそいいのです。アザミではいけない。名前がそのものにふさわしい。

    私は自分の名前があまり好きではありません。人間が全くおめでたい。おめでたすぎて、悲しくなります。

    • hublog より:

      コメントありがとうございます。
      あの時代にあり得ないレベルの教育方針、その中でも村岡花子さんは傑出した存在だったようですね。吉平お父ちゃんの言う通り本当に「神童」だったんですね。

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