花子とアン 84話 様子のおかしいはなに朝市は

連続テレビ小説(朝ドラ)『花子とアン』
2014年7月5日(土)放送
第14週 第84話 「ゆれる思い」

『花子とアン』第14週 第84回「ゆれる思い」

はなは、教会の図書室の窓から英治にもらった英英辞典を投げ捨てようとします。必死で食い止めようとする朝市は、はなから英英辞典を奪い取り、何があったのかと尋ねても、はなは口を開こうとはしません。

はなが家に戻ると、ふじに濡れた辞書を乾かしながらはなが傷ついて帰って来たことに気付いていたと優しく声をかけつつも、自分でけじめをつけて東京に帰れといつになく厳しい言葉を口にします。

翻訳を再開するも居眠りしてしまうはなの夢に周造が登場し周左衛門を名乗り英英辞典を捨てたはなを咎めます。この辞典がなければはな死ぬまで花子にはなれないと脅かされ、びっくりしてはなは夢から覚めるのでした。

元気を取り戻したはなは翻訳を仕上げると梶原に提出。はなはもう大丈夫と判断した梶原は再びはなに宇田川担当を命じます。その頃、上京中の蓮子は龍一と密会。一方、英治が妻・香澄のもとに駆けつけると郁弥が肩を落としているとこでした。


『花子とアン』第14週 第84回 「ゆれる思い」感想

おじいやんの亡霊が登場!おじいやんの亡霊が英英辞典を捨てようとしたはなを咎めます。「いらねえならわしがもらって行く。この辞書がなければ一生花子になれない、死ぬまではなたれのはなじゃ」

「この辞書がなければ一生花子になれない」という一言は、今後のはなの人生を暗示するような言葉ですね。「この辞書」を「英治」に置き換えると「英治がなければ一生花子になれない」

「この辞書」を捨てることで「英治」を今度こそ記憶の中から捨てようとしたはな。英治がいなければはなは一生はなのまま。そうなっていたかも知れません。

思えば幼い頃から「花子と呼んでくりょ」と言い続けていたにも関わらず、素直に「花子」と呼んでくれたのは英治ひとり。朝市くんでさえ「花子と呼んでくりょ」がはなの口癖と認識しながらも口が裂けても「花子」とは呼ばない。

はなを「花子」と呼んだのが英治一人だったというのも、はなを「花子」に変身させられるのは英治ひとり。はなが「花子」という夢を実現できるのは英治の力が出来ないことの暗示なのかも知れません、おじいやんの亡霊が口にした言葉は。

さて、はなを「花子」に出来る英治ですが、大慌てで香澄さんの病室に飛び込むと郁弥くんががっくり肩を落としてました。もしや・・・

余談ですが郁弥くん、義姉の香澄さんのことがずいぶん好きだったみたいですね。

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2 Responses to “花子とアン 84話 様子のおかしいはなに朝市は”

  1. hublog より:

    コメントありがとうございます。
    旧社屋の完成が1906(明治39)年、新社屋の完成が 1933(昭和8)年。ちなみに新社屋は旧社屋の跡地と裏側の土地を入手し、そこに建てたみたいです。

  2. えびすこ より:

    昨日の「花子とアンの番組に出た場所」は勤務先のことでしたね。
    築80年のビルの一角が花子の勤務先でした。銀座に現存するビルです。
    「昭和にできたビル」という事は関東大震災後に勤務地が移転したのでしょうか?
    東京・文京区の「弥生美術館」で花子とアンの展示会があるようです。期間は最終回翌日の9月28日までです。弥生美術館は10年前に1度行ったことがあります。東京都内だけでも複数の花子とアンの展示会がありますね。山梨ではどうなんでしょう?

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