花子とアン 91話 はなと英治が結婚を告げる

連続テレビ小説(朝ドラ)『花子とアン』
2014年7月14日(月)放送
第16週 第91話 「あなたがいる限り」

『花子とアン』第16週 第91回「あなたがいる限り」

大正8年大晦日。ふじと吉平は、はなから「会わせたい人がいる」という電報を受け取りました。年が明けて間もなく、ふじと吉平が噂を聞きつけたリンとともに待っていると、はなは英治を連れて実家に帰ってきました。

吉平は英治と一緒に酒を飲み意気投合。英治をすっかり気に入ってしまった酔った吉平は、結婚の許しを口にしようとする英治より先にはなを嫁にもらってくれと英治に頼み込み、皆を笑わせます。

酔いがますます深くなった吉平は英治に「英語の辞書をくれた男にはなはひどい目にあった」と言い出し、はなと英治は動揺。英治は自分の過去のすべてを吉平とふじに告げる決意を固めました。

英治が再婚であることを知った吉平は結婚は認められないと言い始めたものの、二人の強い意志を動かすことは出来ず、二人の結婚はついに認められました。その後、教会の図書室に案内された英治は、ここで結婚式を挙げようと提案するのでした。


『花子とアン』第16週 第91回 「あなたがいる限り」感想

英治がプロポーズしはながそれを受けたら、あとはもう結婚までの障害はなしと油断していたら思わぬハードルが登場しました。「英語の辞書をくれた男」の問題をいまだに引きずる吉平おとうとふじおかあ。

痛いところを突っ込まれて、洗いざらい過去を話すことにした英治でしたが、バツイチであること、先妻は離婚直後に亡くなっていることなど、それら事実だけを並べたら思わず引いてしまうようなことばかり。

これまでの恋の空騒ぎがやっと収まりつい安心してしまったものの、よくよく考えてみると英治とはなの結婚はかなりの訳あり結婚。ただ、はなの両親が当時としてはかなりとんがった結婚をしていたので、辛くも許されたのかも。

はなの両親が二人揃って甲府出身で、ごく普通の結婚をしている夫婦だったらはなと英治の結婚は許されていたかどうか。というかそもそも当時の保守的な夫婦の家の娘が東京の出版社勤めなどしていないかも。そうすれば出会いもない。

というわけで両親のハードルはなんとか乗り越えたはなですが、事前発表情報のあらすじによればもうひと騒動起きるみたいです。今日のところは落ち着いたように見えますが、明日からまた賑やかになりそうです。

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3 Responses to “花子とアン 91話 はなと英治が結婚を告げる”

  1. えびすこ より:

    英治・花子の事例は略奪愛になるかな?この番組では離婚を切り出したのは英治の前妻の方(英治の父・平祐も「別れた方がいいのでは?」と言っています)ですね。英治の方から「別れてくれ」と言ったのならそうなりますが。
    昨年の大河・八重の桜の川崎尚之助の事例に似ていますね。八重が新島襄と出会った時は川崎さんがまだ生きていた(襄も八重もお互いにそれを知らなかった)ので。八重の桜での新島襄も理解のある人でした。
    実際はどうかわかりませんが花子は英治の前妻とは面識はないと思います。番組では前妻の死後に結婚していますね。一方、白蓮さんの方は晩年にちょっとした「失言騒動」があります。

  2. アーモンド より:

    花子は英治を、龍一は蓮子を、略奪愛ではないですか?
    結果的にどちらも離婚が絡みますね。
    ドラマでは、蓮子は、新聞沙汰になるが、花子は新聞沙汰にならないのが、いいかも。
    蓮子は伯爵家と石炭王なので、マスコミが注目する。
    賞を獲った上に、雑誌連載している翻訳家と、印刷会社の御曹司なのに、マスコミは注目しない。

    • hublog より:

      コメントありがとうございます。
      花子と英治のケースは判断に苦しむところですね。「あなたの心の中には自分以外の女の人がいる」と寂しげに言っていた時の香澄さんの立場に立てば略奪愛かも知れません。本当なら自分がいるはずの英治の心の中を占拠されてしまったのですから。でも同じ香澄さんは生前に「いつまでも自分を引きずるな」と郁弥くんを通して言葉を遺しました。
      広義の略奪愛、狭義の非略奪愛。または香澄さん目線ではじめのうちは略奪愛、死期を悟り略奪愛と考えることを放棄。略奪愛から非略奪愛に、香澄さんの心が変遷。こんなところでしょうか。判断に苦しむ微妙なケースだと思います。

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