花子とアン 125話 ももが胸中を打ち明ける

連続テレビ小説(朝ドラ)『花子とアン』
2014年8月22日(金)放送
第21週 第125話 「ラジオのおばさん誕生」

『花子とアン』第21週 第125回「ラジオのおばさん誕生」

ももが上京したという報せを受けた吉平とふじが甲府からやって来ました。吉太郎とかよも村岡家に駆けつけ、何年ぶりかで安東家の家族全員が顔を揃えました。家族揃ってで食卓を囲むものの笑顔が戻らないももを、花子と吉太郎はかよの店に連れて行きます。

自分と一緒に暮らそうと話しかける花子に、やっと胸の内を少しづつ打ち明けはじめまるもも。思っていることを全部話してしまえと吉太郎に促され、ももはようやく重い口を開き始め、北海道での過酷な暮らしや逃げて来た理由を話し始めました。

北海道で衣食にも事欠く暮らしの中、主人の病死を機にますます冷たくなる家族。葬儀すら出すことも出来ず、主人亡き後は馬小屋に住んでいたと語るもも。吉平とふじはももを甲府に連れて帰ろうとしますが、花子はももと一緒に暮らしたいと申し出ます。

一方、かよの店ではかよが「画家さん」と呼ぶ店の常連客がももの肖像画を描きももに手渡します。しかし、ももとは似ても似つかぬ奇妙な前衛画にももは思わず笑ってしまいます。それは、ももが昔の笑顔を取り戻した瞬間でした。


『花子とアン』第21週 第125回 「ラジオのおばさん誕生」感想

北海道の開墾がいかに過酷だったかという話しを以前知り合いから聞かされていたため、ももちゃんが北海道の開拓民の家に嫁ぐ時には不安を感じたものです。昭和50年代後半のテレビドラマ『北の国から』の中でも昭和30年代の開墾の様子が紹介されていましたが、その厳しい暮らしぶりに驚かされました。

昭和30年代ですら過酷なのだから明治・大正時代となると想像を絶する状態でしょう。ももちゃんの語った開拓民の過酷な暮らしぶりをまとめてみると、

  • 食べるものも着るものもない
  • 雪の中を裸足で仕事

  • ご主人の亡くなる前でこの状態。ご主人が病気で倒れてからは、

  • その日を生きてゆくのが精一杯で薬を買うお金も貸してくれない
  • 葬儀も出せずじまい
  • 誰も助けてはくれず馬小屋で暮らす

  • 吉平お父やんが行商先のどこぞで会った時は、フロンティア精神に燃える一家がお父やんの眼には輝いてみえたのでしょう。しかし、想像を遥かに超えていた過酷な暮らしに心の余裕は完全に失われ、人が変わってしまったんでしょうね。

    それはさておき、ももちゃんの再婚相手が早くも登場しました。話しの展開のはやさにびっくりです。

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