マッサン 後半 北海道編 予想されるあらすじと結末 ネタバレ注意

『マッサン』後半(北海道編:2015年放送)で予想されるトピックやあらすじなどを史実や独自に集めた情報をもとに予想・整理してみました。ネタバレも含まれますのでご注意ください。

マッサン、独立後の史実

『マッサン』前半(2014年放送)は、1929年(昭和4年)の鴨居商店のウイスキー第一号発売。発売後の売上不振とその後の鴨居の大将とマッサン、俊ニイなどとの対立までが描かれます。

『マッサン』後半(北海道編:2015年放送)が、年明けにどこから描かれるか不明ですが、リアルの寿屋が1929年(昭和4年)に初の国産ウイスキーを発売以降、マッサン逝去までの主なトピックのうち劇中に登場しそうなものを並べてみました。

1929年(昭和4年)4月:山崎工場の初の国産ウイスキー『サントリー白札』発売
1934年(昭和9年)3月:寿屋を退社
1934年(昭和9年)7月:大日本果汁を設立し代表取締役専務に就任
1935年(昭和10年)5月:大日本果汁が林檎ジュース出荷開始
1935年(昭和10年)9月:リタ、鎌倉から余市へ
1940年(昭和15年)10月:大日本果汁初の『ニッカウヰスキー』を出荷
1943年(昭和18年):大日本果汁取締役社長に就任、甥の威を養子に迎える
1949年(昭和24年):威、北海道大学を卒業し大日本果汁に入社
1951年(昭和26年):威、歌子と結婚
1952年(昭和27年):ニッカウヰスキーに社名変更、本社を東京に移転
1961年(昭和36年)1月:リタ逝去
1979年(昭和54年)8月:マッサン逝去

これら史実や、報道された諸情報をもとに予想される展開を以下に予想・整理してみます。尚、史実をもとにした部分は、わかりやすくするため名前は劇中の名前で表記します。(名前が未判明の人物は「リアルの名前」で表記しています)

マッサンとエリー、北海道余市へ!

『マッサン』前半の最後で亀裂が生じたマッサンと鴨居の大将。ついにマッサンは鴨居の大将のもとを去ることを決意。自分が理想とするウイスキーをづくりを目指して北海道果汁(ドウカ)を設立。北海道果汁(ドウカ)設立に当たり家主・野々村が出資します。

(ちなみに、リアルでも帝塚山の家主・芝川又四郎が出資、芝川の娘たちはリタさんから英語を学んでいたそうです。今度は資金を得たのでパンを焼く必要はなさそうですね)

マッサンは北海道余市で林檎ジュースの製造を計画。余市のリンゴ組合に協力の要請をするものの、リンゴ組合長でリンゴ農園主でもある進(演:螢雪次朗)から「あんたに売るリンゴはねえ!」と一蹴。しかし食い下がるマッサンの情熱に触れ協力することに。

そんな中、マッサンとエリーは、地元のニシン漁師の網元で豪放磊落で人情に厚い森野熊虎(演:風間杜夫)と出会います。熊虎の長女・ハナ(演:小池栄子)はエリーと意気投合。ハナの弟・一馬(演:堀井新太)はマッサンを尊敬しウイスキー作りを夢見るように。

熊虎、ハナ、一馬の森野家の面々は一家を挙げてマッサンの事業を支えますが、一方で森野家は家族間に困難な問題を沢山抱えていました。しかしマッサンとエリーの夫婦愛に触れ、家族の絆が回復。また、余市までついてきた酒職人・俊夫はハナと恋をします。

昭和15年、ドウカは初のウイスキーを出荷。その頃、養女のエマ(演:優希美青)は思春期を迎えていましたが、日本が米英と対立を深める中、母がイギリス人であることに苦悩。また、教育熱心な母のエリーに反発するようになります。

また、どのタイミングかは不明ですが、年明け早々の放送回で早苗お母ちゃんが亡くなるでそうです。以上、新キャスト発表時に明らかになった断片情報を編集してみました。そして、以下は、史実をもとにした予想(憶測)です。

晩年のマッサンとエリー、そして死別

昭和18年、母のエリーと対立を深めるエマはドウカの工員と家出。その頃、マッサンは広島の姉・千加子の次男で、かつて竹原の亀山家でエリーがお産を手伝った「威」を養子に迎えることに。しかし昭和20年、広島に原爆投下。「威」が心配なマッサンとエリー。

終戦を経て昭和24年、「威」は北海道大学を卒業しドウカに入社。昭和26年に「威」は「歌子」と結婚。お嬢さん育ちで料理が全く出来ない「歌子」にエリーは料理を指導。かつての優子ちゃんとエリーちゃんのような光景が目に浮かびます。

「威」と「歌子」の間に生まれた孫にも恵まれ幸福な晩年を過ごすエリー。しかし1961年(昭和36年)1月、エリー死去。エリーの死を深く悲しむマッサンは家に閉じこもり葬儀にすら顔を出せないほどの悲しみかたをします。

エリーのなくなった年、マッサンや俊夫たちは悲しみをこらえて原酒を仕込みます。この時に仕込んだ原酒は10年後ブレンドされ「スーパーエリー」として登場。1971年(昭和46年)「スーパーエリー」は特別賞を受賞するのでした。

ところで『マッサン』第一回冒頭、「スーパーエリー」特別賞受賞祝賀会で壇上に飾られるエリーちゃんの遺影の背後に積んである酒樽には「1961」と刻印されています。エリーちゃんが亡くなった年に仕込んだ原酒をもとに「スーパーエリー」が出来たようです。

さて、マッサンはエリーちゃんが亡くなる18年後の1979年(昭和54年)に死去。エリーちゃん死去後の孤独なマッサンは気の毒過ぎて見るのが辛過ぎます。エリーちゃん死去と第1回冒頭の祝賀会。このあたりで物語を終わらせてほしいというのが僕の希望です。

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2 Responses to “マッサン 後半 北海道編 予想されるあらすじと結末 ネタバレ注意”

  1. ※※靖彦 より:

    僕は昭和33年入社した※※靖彦です。技術者。36年エリー死去のあたりで、ドラマ終わらせたいとのこと、僕もそのように願います。
    マッサンエリーにとっては、僕が生きた時代は、ついでの付け足しだったように、感じます。
    政孝さんは、経営が苦手で、真面目すぎる技術者だった気がします。スコッチ会社の主任技師で、俊夫が人物像に感じました。孫に、国際結婚をするな、と言ったのが、象徴的です。

    • 朝蔵(あさぞう) より:

      たいへん貴重なコメントありがとうございます。
      マッサンと時代と時間を共有されたとの由、かけがいのない宝だと思います。素敵なお話しなど披露して頂ければ幸甚に存じます。今後とも当ブログをよろしくお願い致します。

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