西田進のモデル?/「裏切り者」は何を意味する?【マッサン】

朝ドラ『マッサン』劇中で森野熊虎を「裏切り者」と罵る熊虎の義理の弟・西田進。二人の過去に関わりがありそうな史実を見つけましたのでまとめました。

日本国内のリンゴ市場を席巻した余市のリンゴ

森野熊虎と西田進のルーツ、余市に入植した旧会津藩士が、無償で配布されたリンゴの苗木に初めての実を実らせることに成功したのは明治12年(1879年)。この時までの歴史については以下の記事にまとめました

余市のリンゴの歴史/森野熊虎と西田進のルーツ を読む >>

初めて実ったリンゴの美味に感激した小栗富蔵という人物は、このリンゴを余市の特産品にしようと考え、リンゴ栽培の研究を重ねつつリンゴの作付け面積も漸次拡大。収穫量は順調に増加し明治20年代頃には東京でも販売を開始。ロシアに輸出までしていたそうです。

余市のリンゴは、日本国内のリンゴ市場を席巻。一時は日本のリンゴ流通量の80%ものシェアをとり、取り引き価格も他の地域のリンゴの3倍近くの値がついていたとか。

西田進のモデルはこの人物?/「裏切り者」は何を意味する?

そんな中、明治35年(1902年)大きな試練が余市の地を襲います。その年の夏に異常発生した尺取り虫にリンゴの葉も実も食い荒らされ余市のリンゴは全滅。熊虎が劇中で語った、熊虎の父が酒浸りになるきっかけのリンゴ全滅はこの史実かと思われます。

この虫害により、リンゴ農家の中には離農するものやリンゴ栽培を放棄し他の作物の栽培に移行する者が続出。そんな中でも、小栗富蔵は決して諦めず害虫駆除の研究を重ね、血のにじむような努力と試行錯誤の末に余市のリンゴ栽培を復活に導きます。

朝ドラ『マッサン』の話し戻りますが、リンゴ農家の組合長など余市のリンゴ栽培のリーダー的存在の西田進、もしかすると上述の小栗富蔵がモデル、あるいは小栗富蔵を参考にしてつくられたキャラクターかも知れません。

だとすれば、一度は全滅した余市のリンゴ栽培の復活に賭けた西田進の身内でありながら、身内の苦労を見て見ぬフリをし、リンゴ栽培を捨て安易に儲かるニシン漁を選んだ森野熊虎を裏切り者呼ばわりするのも頷けます。

Sponsored Link
Sponsored Link
いつも、当ブログ『朝ドラPLUS』をご覧頂き誠にありがとうございます。当ブログでは、誤記、誤変換、事実誤認をなくすべく努めておりますが、もし文中に誤りや表現の不明な点がございましたら、ご指摘頂けますと幸甚に存じます。今後とも『朝ドラPLUS』をよろしくお願い致します。ありがとうございました。

icon_mareicon_mareicon_mareicon_mareicon_massanicon_hanakoicon_umechicon_umechicon_umechicon_itokoicon_umechicom

関連記事

コメントを残す

サブコンテンツ

ページトップへ