朝ドラ まれ 横浜編:ヒロインが働く横浜と洋菓子の歴史

朝ドラ『まれ』のヒロイン・希が働く洋菓子店「マシェリシュシュ」がある横浜と日本の洋菓子の黎明期の歴史についてまとめました。

日本初の洋菓子、村上開新堂と米津風月堂

日本初の洋菓子店は今も東京半蔵門の英国大使館前で営業を続けている村上開新堂です。創業は明治7年(1874年)で、創業当時は華族や財閥などが顧客でした。同じ年には東京風月堂の前身・米津風月堂がリキュールボンボンの製造を開始しています。

当時の村上開新堂の洋菓子は焼き菓子のみ。米津風月堂もシュークリームなどの生菓子が製造されるようになったのは明治17年(1884年)で、やはり創業当時は焼き菓子が中心。一方横浜では、幕末には既にシュークリーム等の生菓子の製造販売がはじまっていました。

朝ドラ まれ 横浜編:ヒロインが働く横浜と洋菓子の歴史

幕末、横浜でシュークリームの製造販売をしていたのはサミュエル・ピエールという名のフランス人。サミュエル・ピエールは横浜で西洋菓子店を営み、そこで製造販売されていたシュークリームは日本最初のシュークリームであると言われています。

また上に記した日本初の洋菓子店、村上開新堂の創業者・村上光保氏。氏は政府お抱えの大膳職でしたが政府のレセプションにはフランス料理を供するとの決定により、政府の命令でサミュエル・ピエールの店に派遣され3年間にわたって洋菓子修行をしています。

以上のことから、朝ドラ『まれ』のヒロインがパティシエ修行をする横浜という街は日本の洋菓子の歴史の原点と言っても差し支えないような歴史を持った街。『まれ』のパティシエ修行の地に横浜が選ばれたのも、このような歴史があったからなのかも知れませんね。

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