旅先の広島で倒れる花山 / とと姉ちゃん 第152話

連続テレビ小説(朝ドラ)『とと姉ちゃん』
2016年9月27日(火)放送
最終週/第26週 第152話「花山、常子に礼を言う」

『とと姉ちゃん』最終週/第26週 第152話 「花山、常子に礼を言う」あらすじと見どころ解説

常子たち「あなたの暮し出版」の編集部に衝撃が走ります。取材を行うためたった一人で広島を訪問していた花山が東京駅で倒れたと連絡が入ったのです。急な知らせに驚きながらも常子は花山が担ぎ込まれた病院に駆けつけました。

常子が病室に入ると花山は原稿を執筆しているところでした。花山は常子に告げました。戦時中、戦争に積極的に関与してしまった者として、戦争を知らずに生まれ育ったこれからの世代のために戦時中の記録を残しておきたいのだと。

そんな花山に家族は異を唱えました。仕事よりも身体を大事にしてほしいと。しかし花山は取材に猛反対する家族の言葉を聞き入れようとはしません。花山は訴えはじめます。自分は死ぬ瞬間まで現役の編集者であり続けたいのだと。

花山の思いと家族の心配の両方を深く理解する常子は考え抜いた末に提案します。読者から戦時中の体験記を募集してみてはどうかと。花山も家族も常子のその提案を受け入れ、花山は早速、読者に体験記の投稿を呼びかける募集文を書きはじめるのでした。

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前週に病気を患ったことが説明された花山が、倒れる姿がついに描かれます。

倒れはしたものの取材を続けたい花山。花山が心配でこれ以上の取材はやめてほしいと説得をこころみる花山の妻・三枝子。

二人の間に立たされた常子も苦悩します。

『とと姉ちゃん』最終週/第26週 第152話 「花山、常子に礼を言う」
 事前発表あらすじのレビューと解説

史実と劇中の時代が大きく離れていますので、一度整理してみます。

史実では、花森安治が最初に心筋梗塞で倒れたのは1969年(昭和44年)。取材先の京都で倒れた花森安治ですが二ヶ月間の療養の後に職場に復帰。

その9年後の1978年(昭和53年)。再び心筋梗塞に倒れた花森安治はこの時に亡くなりました。享年66歳。

また、劇中の花山が今週行っている取材は、史実上の『暮しの手帖 96号 特集:戦争中の暮しの記録』のためのものと思われます。

ちなみに『暮しの手帖 96号』が出版されたのは1973年(昭和48年)のことでした。

『とと姉ちゃん』最終週/第26週 第152話 「花山、常子に礼を言う」
 朝ドラ観賞後の感想

その瞬間まで現役の編集者でありたい

朝から花山さんに泣かされました。

「死んでもかまわん!その瞬間まで現役の編集者でありたい!」

花山さんの悲痛な叫びに胸が張り裂けそうでしたが、でも死の瞬間まで現役でいたい、最期の瞬間まで働いていたと思えるような職業にめぐり会うことが出来た花山さんは幸福です。

「君ならわかるだろ!」

家族に異を唱えられた花山さんは常子ちゃんに同意を求めるものの、常子ちゃんは家族の肩を持ちました。あの場面ではそうするしか他に道はありません。

でも常子ちゃんは本当は花山の気持ちを痛いほど理解していたのでしょう。

長い年月花山さんと仕事をしてきた常子ちゃんなら、花山さんがどれほどの情熱を持って仕事に取り組んでいるかを誰よりも深く理解しているはずです。

まして常子ちゃん自身も編集の仕事を心から愛する編集者の一人です。

そして、そんな常子ちゃんの迷いを鋭く洞察してくれる鞠ちゃんの優しさが心に沁みます。専業主婦になって職場からは離れても、常子ちゃんの仕事を理解するその姿勢。

この鞠ちゃんの心づかいが読者からの投稿を募るというひらめきを常子ちゃんに与え、このひらめきがあったからこそ常子ちゃんも花山さんの気持ちを汲むことが出来ました。

そしてこのひらめきのおかげで花山さんは最後の大仕事を完成させ、その仕事を完成させることが出来たからこそ、この先で『あなたの暮し』は一つの夢を達成出来る。

そう考えると、今回の鞠ちゃん、実にいい仕事してくれました。

ところで鞠ちゃんは、少女時代には常子ちゃんに対していつも対抗心を燃やしていたので、常子ちゃんと鞠ちゃんは将来どんな姉妹関係になるのかと実はハラハラしてました。

特に心配だったのが『カーネーション』と長女と次女みたいになったらどうしようかと。

でもその心配は杞憂に終わるようです。

ひたすら姉を支え応援することに徹した鞠ちゃん。水田くんと結婚する時に、君子かかのように家族を支える妻であり母でありたいみたいなことを言いましたが、君子かかのDNAを三姉妹の中で一番濃厚に受け継いだのは鞠ちゃんのようです。

腰をおろしただけだ

話題を花山さんに戻します。

花山さんが担ぎ込まれた病院に駆けつけてきた常子ちゃんたちに花山さんは言いました。

「問題ない落ち着いているよ」
「腰をおろしただけだ」

問題がないわけがない。腰をおろしただけでもないでしょう。きっと。

前週の最後の最後に描かれたようなあんな発作が東京駅にいた花山さんを襲ったに違いありません。

そしてもしかすると花山さん自身は自分の肉体が消耗しきっていることを察しているのかもしれません。

だからこそ焦りを感じているのかも知れません。生きているうちに最後の仕事を完成させなければと。

花山さんを観ることが出来るのは金曜日までの残り3回。

一生の仕事に賭けた男の姿をまぶたに刻みつけておこうと思います。

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8 Responses to “旅先の広島で倒れる花山 / とと姉ちゃん 第152話”

  1. まいもん より:

    「死ぬ瞬間まで編集者でありたい」

    この言葉は花森安治氏も実際に仰っていたみたいですね。

    唐沢氏の熱演に引き込まれれば引き込まれるほど、涙腺が決壊しそうになってしまいます。

    残り4回。

    絶対に見逃せません。

    • 朝蔵(あさぞう) より:

      コメントありがとうございます。

      > 花森安治氏も実際に

      そうなんですか!だから胸にせまるものがあるんですね。深く納得しました。

      追伸:まいもんさん、お問い合わせからのメッセージありがとうございました。返信したのですがエラーが出て返信出来なかったので、この場を借りて御礼申し上げます。

  2. もんすけ より:

    週明けの回、誰にも告げず広島へ行く前の、孫を膝に乗せながらお夕飯の支度を待つリビングに、さりげなく置かれていた【砂時計】を思い出しました。
    刻々と迫る、残された時間…。
    とと、かかに滝子さんや花山さん達みな、時間に限りがあることに気づき、遺される、愛すべき人たちに想いを手渡したいと願っている。
    明日はあるようで、ないかもしれない。くるようでこないかもしれない。胸迫るものがあります。

    鞠子ちゃん、素敵な「主婦」してますね。
    ずっと働く女性、時代を切り拓く女性が続きましたが、鞠子ちゃんのように、しっかりと心を込め家庭を守り、家族を支える生き方も、「さまざまな生き方」のひとつとしていいな~と思います。

    • 朝蔵(あさぞう) より:

      コメントありがとうございます。

      > 明日はあるようで、ないかもしれない

      君子かかが亡くなる間際、寂しそうな声で『明日があるさ』を歌っていたことを思い出しました。人が死期を意識する場面はいつ観てもつらいです。

  3. エイスケの後輩 より:

    恥ずかしながら、「戦争中の暮らしの記録」については、本作で知りました。
    恐らく花森氏も、ドラマの花山氏同様、戦争を知らない世代に、人々の生活を伝えたいと思われていたでしょうに、申し訳ないと思う一方、本作を始め、ドラマなどで戦時中の生活のシーンが出てくる場合には、こちらの記録が大変参考になっていると思います。
    そうやって作られたドラマを私たち戦後産まれが見ることで、戦争の悲惨さを知ることが出来ており、花森氏の目的は達成できたのかなと感じます。

    • 朝蔵(あさぞう) より:

      コメントありがとうございます。

      > 「戦争中の暮らしの記録」

      僕も本作で初めて知りました。僕の両親や祖父母は戦時下を経験している世代なので、当時のリアルな話を聞く機会がたくさんありました。でも戦後世代の二世、三世にそれは無理。「戦争中の暮らしの記録」の真価はこれから発揮されるのかも知れません。

  4. よるは去った より:

    花山「まるでうそみたいでばかみたいでした・・・・・。」 花山氏が玉音放送を聴きながら唇を噛み締めていた場面を思い出しました。

    • 朝蔵(あさぞう) より:

      コメントありがとうございます。

      > 花山氏が玉音放送

      僕も思い出していました。こんな気持ちで聴いていたのかって。

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