べっぴんさん すみれが創業した店のモデル、ベビーショップ・モトヤ

NHK連続テレビ小説(朝ドラ)『べっぴんさん』のヒロイン・坂東すみれが開店した店「ベビーショップ・アサヤ」には実在モデルが存在します。本記事ではモデルとなった「ベビーショップ・モトヤ」創業物語と同店創業期の坂野惇子の活躍についてまとめています。

困窮を極めた暮らしの中に見え始めた希望の光

終戦を迎えた1945年(昭和20年)の翌年。

坂野惇子の夫・道夫がジャカルタから無事に帰国したものの惇子の暮らし向きは一向に改善されず相変わらず貧しさを耐え忍ぶ生活が続いていました。

神戸大空襲によって家もろとも食器など生活必需品のすべてを失った上に、乞食ではないのだから親類からの施しといえども一切受け取らないという道夫の頑なな姿勢が、惇子の暮らしをさらに苦しいものにしていました。

そんな惇子と道夫の暮らしぶりを見るに見かねた道夫の兄夫婦が、芦屋の自宅に豊富に揃っていた豪華な家具や食器を惇子と道夫の家に運び込むということもありました。

家具や食器だけは戦前の豊かさを取り戻したものの、新円の切り替えや預金封鎖などのインフレ政策のもと、惇子と道夫の暮らし向きの苦しさは変わりません。

惇子は近所の子供服の繕いなどで日銭稼ぎを試みるものの、お嬢様育ちで商売の経験のない惇子は代金を現金でもらうことが出来ずにいました。

そんな中、1946年(昭和21年)秋。惇子の父・佐々木八十八は戦前から所有していた軽井沢の別荘を売却することにしました。

その軽井沢の別荘には大量の惇子の荷物が保管されていました。戦時中、惇子が軽井沢に疎開した際に神戸での戦火を免れるために別荘に運び込んだ荷物が残されていたのです。

八十八から、別荘に保管したままの荷物をすべて引き取るように言われた惇子は、道夫とともに大量の荷物を尼崎の自宅に持ち帰りました。

その荷物の中には、独身時代の惇子が趣味で集めていたヨーロッパの毛糸や布地。新品のまま保管していた6足ものハイヒールがありました。この惇子の荷物が、惇子をファミリア創業に導いて行ったのです。

軽井沢から引き取った毛糸類で洋裁教室をはじめるものの代金を請求出来ずに失敗

1947年(昭和22年)春。

前の年に軽井沢の別荘から引き取って来た英国製の毛糸などを使って、惇子は親友の村井ミヨ子らとともに毎週一回、自宅で洋裁教室を開くことになりました。

惇子が洋裁教室をはじめようと思い立ったのは、手元に豊富な刺繍糸や毛糸があったことに加えて、惇子は戦前、伊東茂平洋裁学校や木川章子など著名な洋裁家のもとで洋裁を学び、その腕前はプロと呼んでも差し支えないレベルにあったのです。

刺繍や編み物を教える洋裁教室は、惇子の義姉や姪、となり近所の女性たちが集まり一年間ほど続きます。

しかし、かつて惇子が近所の子供服の繕いものを手伝った時と同様、この時も惇子は教室に集まって来た生徒たちから手芸を教えた代金を受け取ることが出来ませんでした。

生活費の足しにしようとはじめた手芸教室でしたが、満足のゆく収入を得ることは出来ず、惇子は手芸教室を断念。

考えた抜いた末に惇子は、軽井沢から引き取って来た荷物の中に入っていた6足のハイヒールを売って現金を得ることにしました。

1948年(昭和23年)春。

惇子は、着用しないまま保管していた6足のハイヒールを携え神戸三宮センター街の「モトヤ靴店」を訪問。

しかし「モトヤ靴店」の店主・元田蓮は、惇子が持ち込んだハイヒールを手に取るなり手放さないでほしいと懇願しはじめるのでした。

すべては靴屋の小さな陳列ケースからはじまった

惇子が「モトヤ靴店」に持ち込んだ6足のハイヒールは、戦前に元田蓮が靴職人として佐々木家に出入りしていた頃、惇子の嫁入り道具の一つとしてつくったものでした。

惇子は、元田蓮に頼んでハイヒールを誰かに売ってもらおうと考えていたのですが、元田蓮にとってそのハイヒールは思い出が詰まったものだったのです。

このハイヒールだけはどうか売らないで欲しい。

惇子に頼み込む元田蓮の目に止まったのは、惇子が手に持っていた惇子の手作りによる写真立てでした。

綿の布地に花の刺繍をあしらった装飾が施された写真立ての出来栄えに心から感心した元田蓮は惇子に提案します。

この写真立てのような手作りの小品を売ってはどうか。惇子のために「モトヤ靴店」の店の一角を提供してもいいと。

元田蓮が指し示した先には、小さな二つの陳列ケースが並んでいるのでした。

「ファミリア」の前身「ベビーショップ・モトヤ」開店

元田蓮から思いがけない申し出を受けた惇子は早速、友人の田村江つ子に相談しました。

田村江つ子は、娘時代にヨーロッパでデザインを学び、カネボウの初代デザイナー・田中千代からは洋裁を学んでいました。そんな田村江つ子に力になってもらいたい。惇子はそう考えたのです

惇子から相談を受けた江つ子は、自分の義姉である田村光子にそのことを相談。田村光子もまた洋裁に関してプロレベルの腕前の持ち主でした。

田村江つ子の夫・田村寛次郎、田村光子の夫・田村陽、そして惇子の夫・道夫らも自分たちの妻がビジネスをはじめることに賛同しました。

早速、惇子たちは手作りの小品を販売する準備を開始。しかし惇子は単なる手芸品を売ることに物足りなさを感じていました。

惇子は決意します。

戦前に欧米人専門のベビーナース・大ヶ瀬久子から学んだ西洋式の育児法を積極的に取り入れた、赤ちゃんのことをしっかりと考えたベビー用品。誰も取り扱っていないような特別な品=べっぴんを売る店をはじめようと。

店のコンセプトが決まり、惇子と田村江つ子、田村光子、そして村井ミヨ子を加えた四人の女性たちは分担して商品づくりを開始。

1948年(昭和23年)12月4日。惇子たちは、「モトヤ靴店」の店内の陳列ケースに商品を並べて「ファミリア」の前身「ベビーショップ・モトヤ」を開店。

元田蓮が惇子に貸し出した「モトヤ靴店」の片隅に置かれた2つの小さな陳列ケース。すべてはここから始まったのです。

商品は飛ぶように売れるものの利益は毛糸2玉分

戦後の物資不足の中、ただでさえ上質の素材を使い品質の良い惇子たちが販売する商品の評判は口コミでままたく間に広がり、商品の補充が追いつかないほどよく売れました。

惇子たちは家庭と仕事の両立に苦労しながらも、陳列ケースに並べたそばから売れてしまう商品づくりに寝食を忘れるほどの勢いで取り組むのでした。

しかし一方で「ベビーショップ・モトヤ」は大きな問題も抱えていました。

惇子ら女性たちは商売の経験が浅かったため、あらゆることがドンブリ勘定で利益がほとんど出ていなかったのです。

決算すなわち店が稼ぎ出した利益の計算方法がわからない惇子たちに代わって、夫たちが開店初月の利益を計算してみると、驚くことに利益はわずか毛糸2玉分ほどの金額にしかなりませんでした。

そんな惇子たちを見るに見かねた「モトヤ靴店」店主・元田蓮は、利益を出さなければ商売を続けてゆくことが出来ないと、商売の厳しい現実を惇子たちに教えました。

道夫も利益をしっかりと確保するための帳簿の付け方や販売価格の決め方を指導し、惇子たちは試行錯誤しながら商売の基本を学んでゆくのでした。

『べっぴんさん』ヒロインすみれモデル 坂野惇子:ファミリア設立までの年表

1947年(昭和22年):自宅で手芸教室を開催
1948年(昭和23年):未着用のハイヒールをモトヤ靴店に持ち込む
1948年(昭和23年):12月4日 ベビーショップ・モトヤが開店
1949年(昭和24年):ベビーショップ・モトヤが独立店舗となる

『べっぴんさん』ヒロイン・すみれのモデル、坂野惇子 ファミリアを創業

以上、『べっぴんさん』ヒロイン・すみれの実在モデル、坂野惇子が「ファミリア」の前身「ベビーショップ・モトヤ」を開業するまでの歩みをまとめました。

本記事のつづきとなる「ファミリア」設立後以降の坂野惇子の歩みは以下のリンク先の記事をご覧ください。
べっぴんさん すみれのベビー用品店のモデル、ファミリア

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2 Responses to “べっぴんさん すみれが創業した店のモデル、ベビーショップ・モトヤ”

  1. たこやき より:

    こんにちは。朝蔵さん、引き続きよろしくお願いいたします。

    さて、朝ドラ大阪制作は、二期続けてお金持ちのお嬢さんを主人公にされるんですね。まあ、私たち女性は「お姫さま」が大好きなのでお金持ちさんでも構いませんが…。
    この直前の「とと姉ちゃん」は、日常のささやかな幸せを細やかに描写するシーンが多かったのですが、時代が被る「べっぴんさん」のテーマはどのようなものになるのでしょうか?地元だけに興味津々です。

    • 朝蔵(あさぞう) より:

      コメントありがとうございます。
      大阪の新作は再びセレブばかりの物語になりそうです。しかし実話ながら泣けるエピソードがたくさんあるので、ドラマチックな仕上がりになるかも知れません。また神戸のお金持ちといえば『カーネーション』ヒロインの母方の実家の立派なお屋敷を思い出します。あの世界が繰り広げられるのかも知れませんね。

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