啓輔と祐二が不在の理由 / ひよっこ 第122話

2017年8月22日(火)放送『ひよっこ』第21週

あらすじと見どころ解説

啓輔と祐二が帰ってきました。あかね荘の女性たちに、三日間もどこに行っていたのかと厳しく問いただされた啓輔と祐二は答えました。工事現場の泊まり込みのアルバイトをしに行っていただけだと。しかし、啓輔と祐二には女性たちが怒る理由がのみこめません。

そんな啓輔と祐二を、富が本気で一喝しました。富の怒りは真剣でした。富はそれほどまでに啓輔と祐二を心配していたのです。富に叱り飛ばされた啓輔と祐二は、皆に心配してもらえていたことに感極まって泣き出してしまいます。

啓輔と祐二の騒動は収まったものの、みね子は自分が漫画にされたことに納得がゆきません。そんなみね子に啓輔と祐二が口を滑らせてしまいます。編集者が、みね子の人生が地味で盛り上がりにかけると言っていたと。

その言葉にみね子は深く落ち込んでしまいました。自分の人生は地味で何もないのかと。翌日になっても落ち込むみね子に秀俊が声をかけました。この先、どうするつもりなのか。故郷に帰るつもりなのか。すずふり亭をやめるなと。

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『ひよっこ』第21週 第122話 今回の事前発表あらすじレビュー

連続テレビ小説(朝ドラ)『ひよっこ』
2017年8月22日(火)放送
第21週 第122話「ミニスカートの風が吹く」
啓輔くんと祐二くんの姿が見えない!

生きているのだろうか。夜逃げしたのか。心配する富さんの姿が前週の終わりから描かれてきました。

しかし、残念なこの二人のこと。祐二くんの初登場の時と同様にバカバカしい理由でいなくなるだけだろうと予想していました。

そして珍しく、いつもははずれるブログ主の予想は当たりました。

泊まり込みの工事現場のアルバイト。それが啓輔くんと祐二くんの行方不明の理由でした。やっぱりこんなものでした。

真面目に働いていたところだけ少しは評価してあげてもいいかとは思いますが・・・

また、あかね荘の面々に心配してもらったことがわかり、それに対して素直に感動するところもとっても可愛い。

一方で、これまでこの二人に対してそこまで言うかというくらいに激しく毒舌を吐きまくっていたあの早苗さんが、少しだけ反省するみたいです。

二人にとってきたこれまでの自分の態度を省みるのだそうです。

早苗さんが自分の態度を省みるという前例のない気持ちになり、啓輔くんと祐二くんの二人もまたあかね荘の面々の優しさを理解する場面が描かれる今回。

この場面をきっかけに、あかね荘で暮らす愉快な住人たちの人間関係の風向きも少しは変わってくるのでしょうか。

コメントありがとうございます

昨日の回は賛否両論がありいつになく数多くのコメントを頂戴しました。以前のように、それぞれのコメントに返答が出来ない状態にもかかわらず本当にありがとうございます。

昨日、第22週をまとめていたのですが最終月である9月に突入する週ということもあり、結末に向けたフラグめいたものがいくつか見受けられました。

22週のフラグめいたものはこちらをご参照ください>>

さて、結末に向けて22週ではみね子ちゃんを取り巻く主要登場人物の人生が少しづつ回収されてくるようです。

時子ちゃん、三男くん、早苗さん、そして富さんにも人生回収のフラグらしきものが見えてきました。

昨日の漫画家のお二人の描写もそれの一環かもしれない。そんな気がします。思えばあの二人はこれまで残念な面ばかりが強調されてきました。

でも、昨日はじめて彼らの意外な面がいくつも登場。特に、狭い部屋でいつも机を囲んで向かい合いながら心を合わせて漫画を描く姿を四季を通して描く演出は秀逸でした。

二人がたまらなく愛おしくなりました。

彼らに感情移入させることで、今後どこかで彼らの人生を回収するための準備としての描写のような気がします。昨日の回は。

そして、今となっては残念というかちょっとばかり恥ずかしい過去を思い出しました。

『あまちゃん』のヤング春子さんも暮らしていた東京都の某高級住宅地の一角に、ヤング春子さんとほぼ同時期のまだかろうじて昭和だった頃に僕は住んでいました。

某高級住宅地とは言っても住んでいたのはあかね荘ほどではないにせよ、似た感じのアパートです。住人は職業も学校も性別も様々。その点もあかね荘に似ています。

そして、そこは無法地帯でした。どこが誰の部屋かわからない。そう言っても過言でないような状況もたまにありました。

だからあかね荘に懐かしさを感じるのですが、平成も終わりに近い時代の価値観では完全アウトですね(苦笑)

『ひよっこ』第21週 第122話 観賞後の感想

富さんの全身全霊の叱責

何も告げずに三日間部屋を開けた啓輔くんと祐二くんを、富さんが全身に力を込めてきつく叱り飛ばしました。

「だったらそう言って行きなさい!」

富さんの本気の一喝には驚かされました。まるで我が子のことを心配する親のように真剣そのものの叱り方。どれほど啓輔くんと祐二くんのことを心配していたわかりすぎるくらいわかる叱り方でした。怖いくらいの愛情表現でした。

そしてちょっとだけ自分のことが恥ずかしくなりました。

実は、真夜中の愛子さんの部屋に富さんがやって来たとき。啓輔くんと祐二くんの姿を三日も見ていないので心配で眠れないという富さんに、それはいくらなんでも大げさだろうと思いました。

たかが三日です。夜も眠れないと騒ぐほどのことって?寝歌を幸せそうに歌っている愛子さんを起こすほどのことではないだろうって。

でも、今回の我が子を心配するかのような勢いで啓輔くんと祐二くんを思いきいり叱りつける富さんの姿を見てふと思いました。

もし、仮に自分の子供がなんの前触れもなく三日も姿を消したとしたら、そのとき自分は一体どうするだろうって。

まず間違いなく警察に捜索届けを出すでしょう。

それでも安心できず自分の足で探し回るにちがいない。しかも、心配で心配で一睡もできない夜が続くのは間違いありません。

数年前に観た『64‐ロクヨン』という子供の誘拐をテーマにした映画にまさにそんな場面がありましたが、もし仮に自分の子供の姿がいきなり三日間も消えたら僕もきっと『64‐ロクヨン』の永瀬正敏さん状態になるかと思います。

(永瀬正敏さんは子供を誘拐された父親役。鬼気迫る演技は今も忘れられません)

さて、富さんにとって啓輔くんと祐二くんは他人です。実の子供ではありません。富山のご両親から大事な息子たちを預かっているという責任感はあるでしょうが、他人は他人です。

他人ですが、我が子も同然。それくらいの心の距離感を持っていたのかもしれませんね。富さんは啓輔くんと祐二くんに対して。

鈴子さんと省吾さんがみね子ちゃんを娘同然に思っているように、富さんもまた啓輔くんと祐二くんを息子同然に思っているんでしょう。

そして娘同然、息子同然に思うとはどういうことなのか。人を大事に思うとはどういうことなのか。今回の富さんが具体的に教えてくれたような気がします。

たかが三日と思うか、それとも三日もの間と思うか。それが富さんの具体的な人生の教えと僕は受け止めました。

そして、冒頭にも書きましたが僕は残念ながら「たかが三日」でした(恥)

鈴子さんと省吾さんはみね子ちゃんを娘同然に扱って優しいな。愛子さんは本物のお姉さんみたいで素敵だなと、『ひよっこ』の登場人物たちの心優しさに酔いながらも、僕は単なる酔っ払いでした。

『ひよっこ』の登場人物たちの心優しさを何一つ学んでいませんでした。

富さんが叱りつけたのは啓輔くんと祐二くんのことですが、僕も富さんに叱られたような気になってしまった、富さんの全身全霊の叱責でした。

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コメント

  1. こひた より:

    富さん最強の回!

    でも私が子供だった頃は確かにこうやって本気で叱ってくれる大人が近所にいました。
    当時は超ウザかったですけどね(^^;

    ところでたこ焼きはやっぱり大阪のイメージなんで・・・ないかなぁ

  2. GATTO より:

    こんばんは。

    今回は、澄子さんの行方不明の時を思い出しましたね〜 。一方、みね子さんは、豊子さんの反乱の時の自分自身の言葉を思い出してほしかったな。あれは素晴らしい言葉でした。

    漫画家見習いごときの言葉を気にする必要はないのに。彼らは、みね子さんの生活すべてを見ているわけではないし、中弛みや地味さは、みね子さんの責任ではなく、彼らの実力だと思いますよ。

    それにしても、白いページをめくる時のさびしい雰囲気と音楽、これまでにないものですね。

    そして、最後の秀さんのセリフは、短いながら熱意のあるものでしたね・・・

  3. ぷん より:

    「三日もの間」
    それが、この時代の人情の温かさだったんだろうなと思います。
    今の隣人もよくわからない時代では、朝ぞうさんの感じ方が主流と…

    地方の故郷が懐かしく感じました

  4. たなたな より:

    朝蔵さん、こんばんは。この回では、漫画家2人がみねこちゃんに、「そろそろ新しい恋でも…」というような台詞を言ったと思います。
    お相手は、誰なのでしょうね。
    島谷さん推しの私としては、なんだかソワソワしてしまいます。ますます目が離せなくなってきました。^_^

  5. ホシカ より:

    富さんを演じる白石加代子さんはとても個性的で、また知的ない方ですね。

    ひよっこの中で、富さんが一番面白いと個人的には感じています。

    富さんを見てたら、大学時代に住んでいたアパートの大家さんを思い出します。

    雛祭りには散らし寿司を作ってくださったり、いつも共同のお風呂を洗ってくださったりしてました。

    最近、人間関係が淡白になって来てますよね。

    ひよっこを観てると、日本の古き良き時代の濃密な人間関係を思い出します。

    鈴子さん、愛子さん、富さんなどなど。
    人気女優の世津子さんもその一人よですね。宗男さんも。

    いくら物質的に豊かになっても人間関係が希薄になると虚しくなるんだと思います。

    ひよっこの視聴率が徐々な上がっている理由の一つは温かい人物が多いからだと思います。プラス個性も強いので余計に面白いです。

  6. 雪飴 より:

    お盆明けの8月16日から丸一週間かけて、長い夜がようやく明けましたね。
    まるで舞台のお芝居を見ているような不思議な感覚。こんな朝ドラ初めてです。
    ところで収録の方はそろそろ打ち上げでしょうか。あまロス以来のひよロス?になりそうです。
    希望する展開を一つだけあげるならば、実さんが記憶を戻さないまま美代子さんに再び恋をする。
    そして最終的には家族の歴史がよみがえって来るという、以前朝蔵さんが言われた「心の旅路」
    路線に一票です。

  7. 繊蘿蔔 より:

    先週木曜から今日まで放送5回分は一夜の出来事なのですよね
    この一連のエピソードでは ヤスハルが
    ギターやを弾歌で歌でなかなかの活動を為していますね
    木~土曜日は『薔薇が咲いた』の1曲
    聞いていてやや不安なギターの演奏に加え
    歌でも 息継ぎや間合いの置き方(シンコペーション)がチョイ不適切で
    『花束に して』と聞こえるように歌うべきなのを
    『花束 西て』に聞こえたり
    それが月曜日の『空に星が・・・』ではギターも上達していて
    薔薇が咲いたよりも聞き取り易くなったなった歌声が
    もう会えなくなった(と勝手に思い込み)漫画家青年を惜しみ懐かしむ
    そのシーンのBGMとして見事に盛り上げていますね
    そして今日の『君に会いたい』では更に上達したギターでバックに徹し
    主役(と言っても商店会祭りのノド自慢での主役くらいだけど)をしっかり支えています
    ところが あかね荘でのタコ焼き談義にはお呼ばれされていない・・・可愛そう可哀想すぎ

  8. うみがめ より:

    増田さんがナレで「中だるみ」っと言っていました(笑) 最近脚本がどうも…と思っていたら脚本家の岡田さんがダウンされていたそうですね。ご回復されていることを心からお祈りいたします。

  9. 老羊 より:

    今日も後ろで流れる宮川彬良さんの曲が素敵でした。特にヒデとたまねぎを剥きながらしんみりと話している場面で流れた曲が完全にヒデの恋心を表しているように思えてたまらなかったです。あんなか弱いみね子を見せられたらヒデだってそりゃあ火がつきますよ。

  10. ぱぽりん より:

    一般的にはアウトだけれど、作劇上の都合でごめんなさい、は当然有りだと思います。
    例えばすずふり亭、現実には保健所の営業許可が下りません、営業していれば改善命令、場合によっては業務停止もありえます。土足で直接厨房に入るのは認められないからです。広さは問いませんが扉で仕切られた前室があり、そこで土足を履き替えて厨房に入らなければいけません。ましてや2階との動線も厨房通ってという状況は、あってはいけないものです。又、裏天広場側の出入り口脇には手洗い器がありますが、ホールと厨房の出入り口にも手洗い器を設けなければいけません。
    みね子が裏天広場から入った時、ショーケースの清掃をした時、先に述べた手洗い器で手を洗っているのは、「保健所から当然指摘される事項、わかっているけれど、ご勘弁」との制作側の意思表示であると思って見てきました。飲食業関係の方にとっては、きっとかなりストレスの溜まる映像だったと思います。でも、そうしないとドラマの流れが切れてしまってどうしようもないことが理解できるので、それをだめだという気はもうとうありません。
    朝蔵さんの書かれたかつてあった下宿やアパート状況もわかります。でも、そこにもルールやマナーがありました。
    他のサイトで散々批判されている「必要のないあかね荘住民エピソード」は、「深い付き合いとなった住民同士だから許される状況」を作り上げるものだったと解釈していますが、だとしても月曜の回の演出はあまりに残念なものです。私が拘るのは、こうした<状況に方向性を持たることを良し>とすることがすなわち苛めや差別の肯定に他ならないからです。双方向が受け入れられるのならば、それは苛めにはなりませんが、この演出はそうではありません。
    ひよっこを最後まで楽しく見るために、制作側に注意していただきたいことのひとつであるからこそ、うるさく言ってしまいました。

    話が飛んでしまいますが、加えて一つ。
    私は「どらエモン」が国民的人気アニメであることがどうにも納得できません。
    ジャイアンの一言
    「のびたのくせに!」
    これは、のびたがどれほど努力しどれほど自分を高めようがそのすべてをいわれなく否定してしまうことだからです。

    老若男女、誰もがその能力や努力に応じて正当に理解され受け入れられる、根本にそうした思いをもってドラマやアニメを制作してもらいたいと思います。
    ドラマの描く時代によってそうではないシーンとなるのは理解できるし当然です。しかし、その先を見据えてそれをどう扱うのかの思いをもち、それをブレずに描いてもらいたい。
    悔しいほどにリベラルなじーちゃんを登場させたりもしているひよっこだからこそ、そういう部分に注意を払ってもらいたいのです。

    私の文章を読んで不快になった方にはお詫び申し上げます。
    どうかご容赦のほど、お願いいたします。

  11. 安ママ より:

    朝蔵さんが私の気持ちを代弁してくれました。
    まさしくそうですね。
    富さんの一喝は、自分が叱られたように胸に届いて涙が出ました。
    あかね荘が家族だなと痛感しました。
    一つ一つの部屋はあるけれど、みんなが一部屋に集まるシーンが多くて、胸がほっこりします。
    ずーっとこのままのあかね荘でいて欲しいなぁ。

  12. ひるたま より:

    「どうもここんとこ、ちょっこす 中だるみっていうか」
    このセリフ(啓輔くんによれば編集者に言われた、と説明されていましたが)を聞いた時に大笑いしちゃいました!

    昨日含めてここ数日間、TL上で検索していて微妙な感想が多かったように思います。かくいう私もその一人だった事をここで正直に白状しておきます。(;^_^A
    岡田先生がこのような書き込みをご存知か否かは???ですが…脚本家としては「してやったり!」とほくそ笑んだかもしれませんね。岡田先生の術中に私もはまった…と思います。多分。
    もっとも下手をすれば本当に視聴者が離れかねない=せっかく上昇した視聴率が再び下降に転じかねない、かなりリスクが高い方法でもありますけれど。