団真が風鳥亭に出演する / わろてんか 第60話

2017年12月9日(土)第10週「笑いの神様」

あらすじ

風鳥亭でトラブルが発生しました。出演を予定していた落語家が自分の出番までに風鳥亭に到着することができなくなったのです。てんはひらめきました。到着が遅れる落語家の代役として団真を高座に上げようと。

一方、万丈目たちは、ストライキ続行中の身でありながらも代役として自分たちが指名されることを期待していました。代役としての出演を、ストライキをやめるきっかけにしよう。そうも考えていた万丈目たちの目論見は大きくはずれてしまいました。

お夕に励まされ、団真はついに高座に上がりました。落語の滑り出しは好調でした。しかし、観客たちがささやくニセ団吾という声に激しく動揺した団真は落語を中断。完全に自信を失ってしまった団真は風鳥亭から立ち去ってしまいます。

その日の夕方。風鳥亭に帰って来た藤吉は、団真を高座にあげたことを激怒。てんが寄席の番組に口出しすることを藤吉は禁じ、てんと藤吉の二人の間は再びギクシャクしはじめます。同じ頃、団真とお夕の間にもすれ違いが生じはじめるのでした。

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予習レビュー

藤吉くんは団真の落語の出来栄えに感心していました。だから、団真は落語家としての才能があるのでしょう。

実際、天才落語家の兄弟子です。しかも、団真が破門されたのは師匠の娘との駆け落ちが原因です。落語の才能のなさが原因ではありません。

団真には落語家として才能がしっかりとあるに違いありません。

団真は、ニセ団吾なら大勢の人前で演じることができる。才能があるからこそこんな芸当ができるのでしょう。

しかし、自分の落語を大勢の人前で披露する段になると、とたんにつまづく。失敗する。

もしかすると「天才」とまで言われる落語家を目の前にして、そのことを意識するあまりに団真は自分の落語を見失ってしまっているのかもしれません。

才能がないわけではない。自分の落語が見えなくなっているだけです。しかし、団真は自分には才能がないと勘違いして袋小路にハマっているような気がします。

自信を失い高座に上がることがトラウマになっている落語家といえば『ちりとてちん』の草々。

一度の大失敗がトラウマとなり、高座に上がれなくなってしまった草々が復帰する場面の感動は今も忘れることができません。

団真にもそんな日が来るのでしょうか。

風鳥亭の高座で失敗し、失意の中を団真は去って行きました。団真の葛藤の物語の始まりですが、第10週「笑いの神様」はこれで終わりです。

感想

団真の心の傷

挫折した落語家・団真の姿を見て思い出すのは朝ドラ『ちりとてちん』の草々です。『ちりとてちん』をご覧になっていない方のために、少しだけ解説を加えます。

草々という名の落語家は、やや難易度の高い落語を口演している途中で噛んでしまい、観客からのブーイングで自信喪失。

そのことがトラウマとなって高座に上がれなくなってしまった・・・というのが『ちりとてちん』に登場した挫折した落語家の物語です。

さて『ちりとてちん』では、草々は再び高座に上がれないほどに挫折していました。人から励まされようが、そう簡単には高座に戻ることができませんでした。

しかし、団真は今回の前半まではそこまで深く挫折していなかったものと思われます。そもそもニセ団吾としてなら落語が出来ていたわけですからね。

団真は高座に上がることはできましたが、自分の名前で落語することができない。

でも今回、お夕さんの励まし。そしてもしかすると、団真を高く評価する亀井さんの一声の力もあったのか、団真は自分の名前で高座に上がることができました。

そこまでは、団真の心の傷は『ちりとてちん』の草々ほどには深くなかったのかもしれません。しかし、やっとの思いで上がった高座で失態を演じてしまいました。

これは痛い。

『ちりとてちん』の草々レベルの傷を心に負ったかもしれません。

さて、次週は今週になって登場した三人の新キャラのもつれた人間関係が回収される一週間です。

人間関係の回収と同時に、団真の心の傷も癒されるのでしょうか。

第10週「笑いの神様」一週間の感想

今週のストーリーテリングの手際の良さ、テンポの良さはみごとでした。

月曜日に団吾の名前がはじめて登場し、その回の最後に団吾の口元だけがテレビの画面に写る。そして、次の回ではついに団吾の姿を登場させる。

そして火曜日、団吾の姿が披露されたその回の最後で、行き倒れの女性が登場。

水曜日にはその女性・お夕さんの素性が次の回では明かされて、お夕さんが何者なのかが語られたその回の最後でニセ団吾が登場。

木曜日、ニセ団吾とお夕さんが夫婦であること。ニセ団吾=団真の過去、団吾の関係がすべて語られたところで、因縁の三人のご対面。

金曜日に因縁の三人の過去がすべて説明。

毎回、最後には次回のフラグを小出しにされることで、いつの間にか因縁の三人に心をわしづかみにされる一週間となりました。

ストーリーテリングの巧みさもさることながら、因縁の三人の何やら暗い過去を引きずっているらしい人間関係の模様が秀逸。

『わろてんか』は、ワケありキャラが少ないだけに、今週になって初登場したワケありの三人の過去と未来がよけいに気になります。

主人公夫婦の存在を忘れてしまうほどに、インパクトの強いワケありの因縁の三人。

それに加えて団吾の存在感の圧倒的なことと言ったら、僕の貧困なボキャブラリーではとても表現できません。

さて、今週一週間かけて丁寧に描かれたワケあり新キャラたちが、次週は泣かせてくれるかもしれません。

僕の大好きな朝ドラ『ちりとてちん』のオマージュともいえる次週、また一緒に楽しんでいただければ幸いです。

次週もよろしくお願いいたします。

どうぞ良い週末をお過ごしください。今週も一週間ありがとうございました。

追伸:今週の木曜日、このブログを設置しているシステムトラブルの発生により、ブログをご覧いただけない状態が続いていました。

ご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。

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コメント

  1. ひるたま より:

    「…ちゃんと頑張ってないと神様は気づいてくれない。私はそう思う。私が神様だったら、つらいことあっても頑張ってる人に、幸せをあげたいなって思うしね」(『ひよっこ』by愛子さん)
    「何もせんで助けてくれる都合のええ神さんなんかおらん!」(『わろてんか』by歌子さん)

    …根本的に言わんとしている事は一緒なのでしょうね…きっと(あくまでも私見ですが)。愛子さんのセリフの引用がやや長くなりましたが…素敵なセリフ故にカットするのが忍びなかったものでして。(^^;)

    ところで、この回も「団真さん」=北村有起哉さんの演技にすっかり引き込まれました。「崇徳院」を途中まで上手く演じ、途中から突然崩れ出して演じられなくなってしまう演技…演技として実は、落語を全編上手く演じる以上に難かったのでは?と見ながら感じました。

    • 朝蔵(あさぞう) より:

      団真の言葉。裏を返せば確かに愛子さんの金言とその本質はまったく一緒ですね!気がつきませんでした。

  2. よるは去った より:

    話がまた『崇徳院」のことになりますが、「小倉百人一首」や「「落語」を通じて知った人は、昨日の回のトキちゃんのように「わ~ロマンティックやわ~。」のイメージが強いと思いますが、私は同時にホラーなイメージも強いです。小学生の時に、「怖い話」が好きだった私は上田秋成の「雨月物語」の小学生向けのことに現代語訳本を読んだのですが、最初の「白峯」という話は、旧主の崇徳上皇の菩提を弔うために讃岐国の白峯陵に訪れた西行法師の前に崇徳上皇の怨霊が現れ、自分を破滅に追いやった源義朝、平清盛への怨み言を述べる話でしたが、挿し絵にあった崇徳上皇の怨霊の形相の恐ろしさといったらなかったですね。その話を読んだ後で四代目・三遊亭小圓遊師の落語「崇徳院」を聴いた時は一組の男女を結びつけるロマンティックな歌を詠んだ人なんだなという感にも打たれました。

    • 朝蔵(あさぞう) より:

      『ちりとてちん』でも『崇徳院』が取り上げられていましたが、あの時はどちらかと言えば落語よりも和歌の世界観の方が色濃く反映されていたように記憶しています。落語の『崇徳院』の世界観を改めて知り、俄然興味を持ちました。