大阪空襲で風太消息不明 / わろてんか 第147話

2018年3月27日(火)第26週「みんなでわろてんか」

あらすじ

大阪の街が大規模な空襲で焼け野原になってしまった知らせが、てんやトキの耳にも入ってきました。しかし、大阪に残っていた風太や芸人たちの安否は、空襲から一週間が経過しても確認することができませんでした。

不安な気持ちに押しつぶされそうなトキや子供たちを励ますため、てんはいつにも増して笑いを絶やさぬようにつとめました。しかし、そんなてんたちの行動が気に入らない人物がいました。疎開先の家主・治平です。

治平も以前はよく笑う人でした。しかし孫が出征してから笑いを忘れてしまったのです。そのことをりんから知らされたてんは治平に告げました。自分も息子が戦地にいる。本当は泣きたい気持ちだと。

てんの本心を聞かされた治平は笑いを取り戻すことができました。そして、てんの疎開先の家が笑いに包まれる中、風太が命からがらやって来ました。寄席が全滅したことをてんに告げた風太は、リリコたちを探すために再び大阪に戻るのでした。

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予習レビュー

空襲がそろそろ大阪にもあるのではないか。危機がせまる中、建物疎開のエリアに入り南地風鳥亭が撤去されたのが前週。

てんちゃんやトキちゃんたちが大阪から滋賀県に疎開したのが前回でした。

そして今回。

ついに大阪が空襲を受けました。

さて、大阪の最初の大規模な空襲は昭和20年(1945年)3月13日の深夜から翌日未明まで続いた第1回大阪大空襲です。

朝ドラ『ごちそうさん』でも描かれたこの時の空襲が、今回の『わろてんか』の中でも語られる空襲と思われます。

『ごちそうさん』では、史実にも残る地下鉄の臨時便でヒロインたちは一命をとりとめたもののヒロインの家は空襲で全焼。

住居を失った後、疎開をしました。

てんちゃんとトキちゃんは、疎開をするタイミングが早かったため、空襲を直接体験することだけは避けて通れました。

しかし、風太くんと芸人さんたちは空襲に巻き込まれ消息不明に。

『わろてんか』も最終週。しかも残りはあと5回しかありません。そのわずか5回で風太くんや芸人さんたち。

さらに、アメリカとの開戦直後に渡米してしまった伊能さまの行方は、最終回までにどのように回収されるのでしょうか。

感想

『わろてんか』の主役?風太くん

『わろてんか』の主役はもしかすると風太くん?

そう思わずにはいられない回がこれまでにたくさんありましたが、今回もまた風太くんが主役になってしまう回でした。

・・・

てんちゃんたちが滋賀の横山家で疎開暮らしをするようになってから、家中がはじめて笑いに満たされたその頃。

どこかの農道を、満身創痍の男が足を引きずりながら歩く後ろ姿。

もしかして風太くん?と思ったら、やっぱり風太くんでした。

自分は笑いの神様に守られている。笑いの神様に笑いをお供えすれば、神様は間違いなく自分を守ってくれる。

その風太くんの言葉通りの展開になりました。

空襲の中、命がけで風鳥亭を守ろうとしたものの、燃え盛る炎の中で力尽きて倒れてしまった風太くんでしたが、笑いの神様は風太くんを守ってくれていました。

風太くんは生きていました。

しかし、風鳥亭を守ることができなかった風太くんは、涙ながらにそのことをてんちゃんに詫びました。

詫びた理由がまた泣かせます。

「芸人たち全員の夢の証や」

家族同様に大事に思っている芸人さんたち。その芸人さんたちの夢のシンボルを守りたかった風太くん。一体、どこまで芸人さん想いなのか。

ご縁のある人を大切にする。口で言うのは簡単ですが、風太くんは「人を大切にする」という言葉の重みを身を以て示してくれました。

そして、今の大阪がどれほど危険な状態なのかを誰よりもわかっていながら、それだからこそ芸人さんたちを救うために、危険な大阪に戻ってゆく風太くん。

主役と言っても差し支えないレベルです。

そんな男前すぎる風太くんともそろそろお別れの日が近づいてきました。寂しくなります。

笑いの神様に笑いをぎょうさんお供え

笑いが大嫌いな偏屈な頑固ジジイに、西川きよしさんをキャスティングした理由がよ〜くわかりました。

頑固ジジイの仏頂面と、心から笑った顔。この両極端の表情を一瞬にして反転させることができるのは、西川きよしぐらいしかいないかもです。

ところで、『べっぴんさん』にも頑固者が笑いを取り戻す場面があったと記憶しています。

滋賀で暮らすヒロインの叔父が、亡父の掛け軸を蔵の中で発見。その掛け軸が笑いを取り戻すきっかけになるという展開でした。

しかし、あの時の笑いを取り戻すお膳立てにはちょっと無理があった。だから笑いを取り戻す場面もどこか不自然でした。

一方で『わろてんか』の中で、治平さんが笑いを取り戻すまでのプロセスはとっても自然。

りんちゃんがさりげなく「治平さんも昔はよく笑った。孫を兵隊に取られてから笑わなくなった」と治平さんの過去を語る。

笑いを、笑いの神様にぎょうさんお供えするという風太くんの願いを、てんちゃんがトキちゃんに説いて聞かせる。

そして、てんちゃんが息子を兵隊に取られた自分も、本当は泣きたいのだと本心を語る。

しかし、それでも泣かないのは亡き兄の言葉があるからだと説明する。

ここまでやるかというくらいに徹底して、笑いが大事なことの理由を積み重ねた末の、治平さんの笑いの復活です。

しかも、仏頂面から満面の笑みへの、匠の技というべき反転芸。

最後に、りんちゃん以上に過去の治平さんをよく知っているはずの、笑顔を取り戻した治平さんを見守る息子夫婦の嬉しそうな表情。

前週から、重過ぎるエピソードつづきだったので、観ているこちら側も久しぶりに笑顔を取り戻すことができました。

そして、笑いの神様に笑いをぎょうさんお供えしたその時、風太くんの登場です。

まだ、リリコちゃんたちが行方不明のままではありますが、笑いをお供えしたその晩に風太くんが戻って来たのは、明るいエンディングのフラグなのかもしれません。

『わろてんか』、残すところ4回です。

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コメント

  1. ぱぽりん より:

    ドラマのセットについて書き込みをしたのですが、ちょっと乱暴に過ぎました。
    長くなってしまいますが補足しておきたいと思います。
    なお、セットと一括りにしていますが、大道具小道具などを含んだ、画面に映り込む人物以外の物、と考えていただければと思います。

    ひよっこの谷田部家を例にしてみます。
    モデルとなった建物は、外観から、初期の母屋、2期目台所の増築、3期目玄関脇に1坪ほどの増築が行われたことが解ります(2期目と3期目は同時に工事をしたのかもしれませんが、工事の順としては台所を作ってから玄関脇となります)。セットでは囲炉裏のある板の間の台所寄りに2本の柱が立っています。この柱を結んだラインとその延長が初期建物の外壁となります。この位置は現実ともきちんと重なります。現実の初期にはセットのような板の間はなく、玄関を入るとずっと奥まで土間となっていて、手前側2/3位が農作業のスペース、残りが台所。囲炉裏はセットでミシンやテレビが置かれている6畳の居間部分にあり、床は板の間で天井はない状態であったと思われます。
    さて増築後、現実でどういうプランになっているのかはわかりませんが、セットの様にすると困った問題が起こります。囲炉裏があってもその囲炉裏をそれまでのように使うわけにいかないからです。囲炉裏上部の空間があまりに小さく、煙がこもってしまい、堪ったものではありません。解決策は、薪ではなく<炭を使う>こと。
    ドラマの冒頭、囲炉裏の脇の火消壺と火鉢が引っかかったのですが、その後を見て納得がいきました。谷田部家は日常で囲炉裏を囲炉裏として使う生活ではなくなっている。囲炉裏には炭を使い、頻繁に囲炉裏を塞いでいますがその時には火鉢に炭を退避させている。炭は高価だが茂が炭焼きを手伝っていることから売り物にならない炭を貰い受けたり安く譲ってもらうことができる、等々。現実とドラマを繋ぎつつ、ドラマの設定、展開を、火消壺と火鉢が説明している。
    私は、モノとしての作り込みの質が高いかどうかではなく、画面に映り込む諸々にドラマの世界観を支える配慮が行き届いている、それが良いセットであると思います。
    ちなみに、セットでは台所回りの土間が一繋がりになっていますが、現実では元の外壁下の土台を取り去ってしまうと建物全体が壊れてしまうので土台を残し、それを跨いで生活するか低く床を張るかのどちらかでしょう。板の間と居間との間の建具上部も鴨居ではなく鴨居の高さに1尺ほどの梁が入っているはずです。そうでないと小壁に突き刺さった梁が落っこちてしまう。先の、<支えるもの>がきちんとあればこうしたことは気にするものとはなりません。

    何一つ無理なく矛盾なくなんてことは不可能ですが、人物の地位、経済状態、関係、時代、嗜好、考え、そうしたことの肝を押えた美術であってくれないとドラマが生き生きしてくれません。
    わろてんかではどうだったでしょうか。
    例えば伊能。伊能の人物設定は、出自にこだわってハッタリをかませる上昇志向ではなく、むしろその逆であると思うのですが、会社の社長室を見るとどうも前者に思えてしまう。パーティションなど、大判のガラスを使いながら会社の近所の大工に値切って作らせたようで、成り上った感を醸しています。セットを現実としてみるとマンマンの方に知性を感じリッチなオーナーが余裕をもって経営している風情です。セットが、ドラマの世界観を支えるのではなく混乱させている状態です。
    社長室前室、あれはあれでわかりますが、パーティションの内側、社長室は、利益ということではないもっと単純なところの夢の達成にかける伊能の熱が表現されていてほしかった。オタクな雰囲気とかガレージみたいな雑然としたものではなく、スマートさを持っての夢のための工房、といった感じ。そうであるならあの不釣り合いなブラインドすら生きてくる。せめて映画のポスターを、デスクの両側におき前室に向けるのではなく、パーティションの近くにおいてデスクに向けて欲しかった。前室での外向きな気持ち、社長室での内向きな気持ち、両者が表われて伊能の世界が広がると思うのです。
    明確な意図や配慮がありプラスのものを生み出す、そんな美術製作、セットを見たいのです。

    • 朝蔵(あさぞう) より:

      すごい観察眼ですね。ここまで徹底して、細部まで観察してくれる視聴者がいるということがわかったら、作り手の方々もさぞかし感激されるのではないでしょうか。

  2. もんばび より:

    時代考証がどうとか、セットがショボいとか、役者さんが若すぎるとか、枝葉の問題にグズグズ文句を言う方が非常に多いように思います。全くもって嘆かわしい。
    まさに、「挿絵がないと絵本が読めない幼児」です。

    そんなたわ言言ってたら、歌舞伎のセットなんか小学校の学芸会レベルですよ。

    • 朝蔵(あさぞう) より:

      このブログにいただくコメント以外の朝ドラレビューをほとんど読まないので、そこまで細かすぎることを言われているとはじめて知りました。びっくりです。

  3. 夕顔 より:

    最終週2日目の今日も、また泣いた。
    また風太くんに泣かされた( ;∀;)

    風太くんが風鳥亭の何をそこまで命懸けで守ろうとしたのか、もう一度考えてみた。
    色々あると思いますが、、、
    風太くんの根本的な願いは、やっぱりこれじゃないかな?
    「てんちゃんを悲しませたくない」
    そうだとしたら、風太くんが愛しい。

    もう一人愛しく思える人がいる。
    それは治平さんです。
    てんちゃんのアドバイスを素直に受けて、すぐに実行に移した治平さん。
    きっと楽しそうなてんちゃん達のことが、羨ましかったんだと思いますね。

    そんなわけで『わろてんか』なのに、このままでは『泣いてんか』で終わってしまう。
    でも吉田智子さんはサプライズがお好きみたいだから、きっとラストでは大いに笑わしてくれると信じてます。

    • 朝蔵(あさぞう) より:

      『べっぴんさん』では滋賀の人は意地悪という印象がつけられてしまいましたが、『わろてんか』では、きよし師匠の名演によって、そのイメージは良いものに回復しましたね。

  4. にゃんこ より:

    きよし師匠の仏頂面、たった一日だけでしたね。
    関西の番組でしょっちゅう師匠を見る我が家では今日の放送の「出てけー」発言の後、なぜか爆笑でした。だって全然嫌な人に見えないもん。

    今日の放送でやっと治平さんが笑顔になってああよかったなと思いました。
    「わろてんか」ももうあと4回。「わろてんかロス」が心配です。

    • 朝蔵(あさぞう) より:

      「出てけー」で爆笑。さすが関西人のノリです。関東人にはマネできません(笑)

  5. ぱぽりん より:

    わろてんかでは初めての書き込みをさせていただきます。
    ドラマそのものは各人の感性、好みがあるわけで、そこを語るつもりはありません、自分が言うまでもなく、有働さん、いのっちの反応に見て取れるのと同様です。
    言葉がありません、以上。

    さて、ひよっこに出会うまでは「朝ドラはどうにも好きになれない」と思いつつ時々見ていたわけですが、それには理由がありまして、ドラマそのものと別にセットに興味があったからでした。
    あまちゃんの「若き春子の部屋」
    マッサンの、青山家をモデルにした虎熊の鰊御殿
    花子とアンの女学校
    とと姉ちゃんの青柳
    ひよっこの谷田部家、乙女寮、すずふり亭
    これらには感心しました。
    ところが、わらいをテーマにしたわろてんか、当然寄席がこだわりを持って作られると思っていたのですが、あまりにも残念。リアリティーの微塵も感じられない。
    特に南地風鳥亭、いったいこの残念さは何なのでしょう。
    あのエントランスホール、どう見たって数百人の人間が出入りする建物でなく、ちょっと大きな住宅レベル。
    なにも全体を描かなくとも、柱の太さ、スパン、階段の幅、そうしたところで幾らでも大きく描けるじゃないですか。

    加えて、ここにきてホームページにアップされたまんまん亭、伊能の社長室とその前室との間仕切りのガラスも同じで、当時ありえないフロートガラス。
    青柳のこだわりに何も感じないの???
    トーネットの椅子もそう。
    北村のカーテン、事務所のブラインド、あれもこれもがおかしい。

    べっぴんさんで昭和も40年頃の新築ビルの事務室に露出スイッチボックスがあったり、どうも大阪製作のドラマ、ここのところ、美術が理性を失っているとしか言いようがない。
    全てが当時を再現することなど望んではいないし可能であるはずはない。ただ、何をどこまで再現するかのさじ加減、あえて嘘をつくことで本当に見せる技術、それらが一切すっ飛んでいることの情けなさを製作者はかんじていないのか、そこが問題だと思うのです。
    もしこの状態が続くのなら、まんぷくの結果も推して知るべしなのでは。

    • 朝蔵(あさぞう) より:

      今朝、次作『半分、青い。』の映像が初公開されました。まだかぎりなく昭和に近かった平成のはじめの頃のテイストが、セットや小道具に丁寧に反映されてましたね。次作の美術は満足できるのではないでしょうか。