涼次脚本の映画化の条件 / 半分、青い。 第99話

2018年7月25日(水)第17週「支えたい!」

あらすじ

涼次が2年がかりで書き上げた映画の脚本を、原作者・佐野弓子は絶賛。映画化の許諾を口にしはじめる弓子に対して、祥平は思わず口にしてしまいました。自分に映画化させてもらえないかと。その提案で由美子は、自作小説の映画化を即決しました。

自分の書いた脚本が映画化されることになり、口では喜びを言葉にする涼次でしたが、失意を隠すことはできませんでした。一方の鈴愛も、涼次の書き上げた脚本を、涼次が映画化できない現実を受け入れることはできませんでした。

そんな中、祥平が弓子の小説を映画化することが決定。新聞でも報道されました。映画化の準備が着々と進む中、祥平は、涼次の作品を奪った罪の重さに耐えられなくなってきました。そして祥平は、ついに懇願。この企画を涼次に返して欲しいと。

しかし弓子は、祥平に対して前言の撤回を認めようとはしませんでした。その夜、祥平は涼次に電話をし、涙ながらに自分の非を謝罪しました。そして祥平は、ある決意のもと、自宅マンションのベランダから・・・

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予習レビュー

涼次くんの挫折。さらにその先にある、鈴愛ちゃんと涼次くんの結婚生活の破綻。

久しく明るい展開が続いていた鈴愛ちゃんの受難の日々のフラグが、ついに立ってしまいました。

『半分、青い。』制作発表時のアナウンスによれば、結論から書くと、鈴愛ちゃんは涼次くんはこの先で離婚します。

離婚の原因は、夢追い人の涼次くんが、新たな夢を追い求めて鈴愛ちゃんのもとを去ってしまうのだとか。

さて、涼次くんは映画監督になる夢が、その夢をつかむ寸前で断たれました。

次回以降。または、今回の後半以降。涼次くんの失意の日々が描かれるものと思われます。

ちょうど、オフィス・ティンカーベル時代の裕子ちゃんが、連載を打ち切られてすさんだ生活を送ったように、夢を見失った涼次くんは働かなくなります。

涼次くんが働かなくなったその先の展開は今のところ不明ですが、失意の中で新しい夢を見つけるのかもしれません。

そして、その夢を叶えるためには、鈴愛ちゃんのもとを去る必要がある。そんな展開をブログ主は予想しています。

今週の最後には、律くんの結婚生活がうまくいっていないという菜生・ブッチャー情報もドラマの中に登場します。

鈴愛ちゃんの人生が、またしても大きく動き出しそうです。

感想

「魔がさしました」

前回の最後。涼次くんが書き上げた脚本を、自分に映画化させてほしいと作家の佐野弓子さんに対して、まさかの懇願をした元住吉監督。

今回は、そのまさかの懇願からの続きです。

このまさかの懇願を、元住吉監督は、後になって「魔がさしました」と表現しました。なぜ、魔がさしたのでしょうか。

元住吉監督の心の中を想像してみました。

名声を得た人の挫折感

元住吉監督は、映画監督としてほされてました。前作の『追憶のかたつむり2』が、興行的に失敗し、行き詰ってました。

ただでさえ、資金調達が危ぶまれた作品です。『追憶のかたつむり2』は。それが、興行的にコケてしまったら、ほされてしまうのは無理もありません。

そして、この状況がどれほどマズいものなのか、元住吉監督は痛いほどわかっているのでしょう。

一歩間違えたら二度と仕事に恵まれないかもしれない。

そんな挫折感。成功したことがない人なら、それほど深くはなかったかもしれません。しかし、元住吉監督は名声を得ることに快感を知ってしまっている人です。

名声の快感を知っている人が味わう挫折。名声の快感を経験したことがない人の挫折よりも、ずっと苦い味がするのではないでしょうか。

一時はチヤホヤされていた人が、一転して誰からも見向きもされなくなる。かなり、苦しいはずです。

魔がさした瞬間

元住吉監督が焦りを募らせる中。自作の映画化に対して否定的と評判の作家・佐野弓子が、涼次くんの脚本の出来栄えを絶賛しました。

元住吉監督。この瞬間、焦りがピークに達したのではないでしょうか。

自分は映画監督としてほされている中、映画監督として弟子の方が自分よりも注目を浴びるかもしれない。

しかも、その映画の企画は、ベストセラー作家の作品の映画化です。世間の注目度も高い。マスコミなどで取り上げられる機会も多いはず。

完成した映画の質がどうなるかは、映画が完成してみなければわかりません。

しかし、映画が完成する前からハッキリとわかっていることがあります。ベストセラー作家の作品の映画化。これそのものが話題になります。

涼次くんの名前もどうしたって注目されます。

涼次くん。次回作に続くチャンスもたくさんまわってくるはずです。そんな展開が目の前ではっきりと見えるのに、元住吉監督が焦らないわけがない。

しかも、目の前で作家の佐野弓子さんは、映画化に大乗り気になっています。

魔がささないわけがありません。人間の心は弱いですから。

「魔がさす」という言葉の意味

「魔がさす」という言葉は「悪魔が心に入りこんだように、判断や行動を誤る」という意味があります。

悪魔が入りこむので、入りこんだ悪魔はしばらくすると外に出てしまいます。

元住吉監督の心の中に入りこんだ悪魔も、すぐに外に出てしまいました。そして、心の中に悪魔がいなくなった元住吉監督の、心の葛藤がはじまりました。

涼次が完成させた脚本のエピソード。ここまでリアルにエグい展開になるとは想定外でした。大人のドラマになってきましたね。

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コメント

  1. たいとうみほ より:

    映画は「制作委員会方式」で作られる。
    となると多くの人の思惑も絡み当然ヒットを求められる。
    監督が自主制作をするのとは違って裁量の幅はかなり狭くなる。
    だからもはや新人監督を起用できる状況ではなくなった。
    なんだか光江さんの帽子屋が店じまいした事や
    フランチャイズ店では鈴愛の思う品揃えが許されないのと
    みんな同じ状況で行き詰まっているのが見ていて辛いです。
    直前にやっていた「マッサン」も
    似たような事を株主に叱責されていましたね。