罪の重さに苦悩する祥平 / 半分、青い。 第100話

2018年7月26日(木)第17週「支えたい!」

あらすじ

涼次の書いた脚本を自分が映画にすることで、涼次の夢を踏みにじる格好になってしまった祥平が、罪悪感に耐えかねて自分で自分の命を断とうとしました。しかし、祥平は死ぬことができず、からくも一命をとりとめました。

祥平が起こした騒動は、鈴愛の耳にも入りました。鈴愛は祥平に対して激怒しました。涼次の夢を叶えるため、涼次を支え努力を続けてきた鈴愛は、自分の努力を祥平に踏みにじられたことが許せなかったのです。

ほどなくして、祥平は謝罪するために藤村家にやってきました。謝罪する祥平に対して、涼次は思いがけない言葉をかけました。自分か書いた脚本の監督をすることを、すべて祥平に託したのです。

その直後より、涼次の心は壊れました。働きもせず、自堕落な生活を送るようになったのです。そのことを相談する鈴愛に対して、裕子とボクテは、涼次を支え続けるようアドバイスしました。そのとき、鈴愛は身体の異変を感じました。鈴愛は、妊娠したです。

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予習レビュー

涼次くんが、女流作家・佐野弓子の小説『名前のない鳥』の脚本を2年かけて書き上げたのが前々回。

前回は、その脚本の映画化の許諾を得る交渉場面が描かれました。

その交渉現場で、祥平くんが何を言ったのかはまだ詳細は明らかになっていません。

思いがけず脚本の出来栄えを絶賛する佐野弓子に対して、実績のある自分が監督をしたらより良い作品に仕上がるだろうみたいな、軽口をたたいたのでしょうか。

何を言ったのかは定かではありませんが、祥平くんの口にした言葉によって、『名前のない鳥』の映画化は、涼次くんではなく祥平くんが手がけることになってしまいました。

その裏切りとも言える行為を鈴愛ちゃんは許せない。

そして鈴愛ちゃんに責め立てられた祥平くんは、自責の念にかられ、追い詰められた末についに・・・

朝からヘビーな展開になるようです。

涼次くんの夢。涼次くんと祥平くんの師弟関係。これからどこに向かって行くのでしょうか。

感想

挫折

尊敬していた先輩の裏切りに遭い、その裏切りを精一杯受け止めたものの、心が壊れてしまった涼ちゃんさん。

あそこまで壊れてしまったのは、これが彼の人生にとって初めての大きな挫折だったからなのでしょうか。

その一方で、すでに大きな挫折を経験している裕子ちゃんとボクテの言葉が深い!

つらい経験も、いつかそれがその人の深みになってあらわてくる、そのお手本のような裕子ちゃんとボクテの会話でした。

ボクテの挫折

ボクテはかつて秋風先生を裏切りました。デビューを焦るあまり、秋風先生が決して許さないような雑誌に、自分の才能を売りました。

しかも、自分の才能ばかりでなく、その時ぼくては、鈴愛ちゃんの才能までをも売り渡しました。

前回の元住吉監督の言葉を借りるなら、デビューに焦るボクテは魔がさしたのでしょう。どこぞの出版社の編集者からの甘い誘惑に。

魔がさしていいるとき、人は正常な判断をできるものではありません。自分を客観視もできません。だからボクテは暴走しました。

でも、実際に自分の漫画がその雑誌に載り、しかも秋風先生に破門されてから我に帰りました。自分の行動の過ちに気がつきました。

そして、今回のボクテの言葉を借りるなら、自分の漫画家生命はこれで絶たれたとすら思いました。

漫画家生命は絶たれた・・・ほかに逃げ場がないボクテにとって、これ以上の挫折はないかもしれません。

ボクテが挫折感の中で苦悩する描写は、ドラマの中では描かれませんでした。

でも、オフィス・ティンカーベルを追放されてからしばらく。おそらく二丁目の友人たちと過ごしていたころ。

きっと挫折の重さを歯を食いしばって耐えていたものと思われます。

裕子ちゃんの挫折

ボクテの挫折は、あふれんばかりの才能がありながら、もはやその才能を埋れさせるしか選択肢はないかもしれない。

そんなところまで追い詰められた挫折でした。

一方の裕子ちゃんの挫折は、才能がないことを自覚してしまった挫折でした。お前じゃダメって漫画の神様に言われたことによる挫折でした。

裕子ちゃんは、自分に才能がないと自覚しはじめた頃、それはそれは気の毒でした。直視できないほどでした。

「お前じゃダメって言われるのは怖いけど、挑戦するのが人生」
「何もしないより全然良かった」

自分には才能がない。そうハッキリ理解できるところまで突き詰めたから、後悔はない。

たしかに、中途半端なところでやめていたら、自分には才能があったはずなのにチャンスに恵まれなかったと、後悔し続ける人生になってしまいます。

裕子ちゃんの達観ぶり。さすがです。

鈴愛ちゃんの挫折

裕子ちゃんとボクテは、今は幸せです。だから、過去の苦い思い出も、今となっては懐かしい思い出です。

でも鈴愛ちゃんだけは違います。

鈴愛ちゃんの現状は、不幸ではありませんが、幸せとも言い切れません。

だから、オフィス・ティンカーベルの卒業生三人の中で、自分だけが苦い過去の思い出をまだ直視できずにいるみたいです。

ちなみに昨日、第22週までアップしましたが、鈴愛ちゃんの挫折感はかなり根が深そうです。今から4〜5年経っても、挫折から完全に立ち直りきれていない模様です。

鈴愛ちゃん、いつになったら過去を直視しながら、前を向いて歩いて行けるのでしょうか。

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コメント

  1. はるるん より:

    そういえば、草太君のバツいち10歳年上の柳ヶ瀬のバーのママさん(?)との結婚はどうなったんだろ?鈴愛ちゃんの結婚のほとぼりが冷めると同時に熱が冷めたのかな? ま、彼には相応しい相手では無い気はしてましたけど。(仙吉さんもホッとしてるかも)

  2. 蒼いスズメ より:

    私もそう思いました。脚本家として認められれば、りっぱなキャリアになるのでは?と。脚本からも名前外されちゃったのでしょうかね。なんとなくモヤっとしますが、今後の展開を見守りたいと思います。

    思わず書き込んでしまいましたが、初めまして。こちらのサイト、いつも楽しみにしています^^

  3. S.O.X より:

    ちーぼーさんと同意見ですね。

    脚本を2年書こうが何年書こうがダメが出ればそれはそれでダメだし、そうではなくて脚本自体は認められているのに「それまでの時間がどうこう」ぶちぶち言われてもちょっとねえ。。。
    脚本で名前が出てそこそこに当たれば、知名度とコネクションはできるわけで、あとは本人の努力次第になるのではないかと。あるいは、「脚本家」として名を成してから、という手もありますよね。
    ティンカーベル3人組の会話もとんちんかんでしたが、そういう意味ではボクテの言っていることが一番ノーマルだったのではないでしょうか。

    それと物語の流れ的なハテナになりますが、祥平さんが誰に何を言おうが、決定として監督が実績ある人に回ることはきわめて普通のこと(予想もできること)であるということと、それと、死ぬほどまでして監督が降りたがっているのであれば、商業的なリスクを最小限に留めるためには助監督昇格だってありえないことではないが、プロデューサーがさらっと全否定しているのは何なのということ。そしてほいほい説得されちゃう祥平さんもなんだかなー、死ぬ死ぬ詐欺かよ!(怒)

    何か、今まで少しづつたまっていた不満がここにきて一気に溢れ出てきちゃってる感じです。数作ぶりで落ちそう。。。

    キャラの中でも、祥平さんや麦さん、めありさんの中の人がとくに好きなので、もう少しがんばりますが(笑)

  4. 朝ドラ大好き より:

    執着点が決まってるからの内容なんだけど、あれだけ好きだと言っていた「一瞬に咲け」を原作としなかったのは違和感がある。 今までの朝ドラなら「一瞬に咲け」を原作にして映画がヒットしてハッピーエンドに向かう流れなんだろうけどな。

  5. もふもふ より:

    私の影響で朝ドラ好きになった子どもたちが、今朝は「あれ?主人公って誰だったっけ?」と言いました。

  6. ひるたま より:

    率直に申し上げて…個人的に映画業界の事にはてんで疎いので何とも言い様が無いのですが、監督と脚本家が異なる映画は日本でも海外でも結構普通にあるように認識しています。
    今回の涼ちゃんの場合は「脚本(脚色)」としてクレジットされる(≒何らかの収入が入る)事は無いのでしょうか??
    (映画業界のシステムに詳しい方ならば、納得出来るエピソードなのでしょうか?)

    個人的にはどうしても腑に落ちないのですが…?

  7. ちーぼー より:

    涼次くんの監督をしたかった気持はわかるけど、今回は脚本と助監督という立場くらいで参加すれば、と云う気もします。脚本の才能はあることが示せた訳だし、何らかの形で製作に加わり、次こそ監督を、でもいいんじゃないかなぁ。