紙コップで食すラーメン / まんぷく 第128話

2019年3月4日(月)第23週「新商品!?」

あらすじ

昭和45年(1970年)5月。まんぷくラーメンの発売が開始されてから11年の歳月が経ちました。還暦を迎えた萬平は、自社ビルを構えるような会社の社長として精力的に働き、一方で、源はまんぷく食品の社員。幸は大学生になっていました。

一方で、即席ラーメン市場は飽和状態となり、倒産する会社も出てきました。危機感を感じる萬平は社員たちに告げました。まんぷく食品には致命的な欠点がひとつだけある。それは、まんぷくラーメンを超える製品をいまだに作り出せていないことだと。

そんな中、世良が萬平を訪問。世良もまた、まんぷく食品のリスクを見抜いていました。まんぷくラーメンを超える画期的な商品を生み出せていないというリスクを。世良は、萬平に言いました。新しい商品開発に挑んでみろと。

その頃、福子は暇を持て余していました。子育ても終わり、親友とお茶をして過ごす時間は楽しいながらも、物足りなさを感じていたのです。そんな中、萬平から新商品が出ていない悩みを聞かされた福子は、萬平を励ますのでした。

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予習レビュー

萬平さんが、まんぷくラーメンを大ヒットさせ、それまでに失ったもののすべてを取り戻すことができてから11年の歳月が経ちました。

萬平さんはすでに還暦だそうです。ということは福ちゃんは今でいうアラフィフ。源ちゃんはすでにまんぷく食品の社員。幸ちゃんは女子大生です。

真一さんや神部くんなど、まんぷく食品の創業に尽力した面々は、すでに自社ビルを構える立派な会社の責任ある役職に就いています。

塩業の頃から一緒になったり離れたりを繰り返して来た面々が、みんな一つの会社で、心を一つにして働ける環境が整いました。

しかも、その環境はこれまでになく盤石です。

これまでの艱難辛苦の数々も、今の幸せの味わいをより深くするためのスパイスのようです。

さて、そんな中、萬平さんが新たなチャレンジを宣言しました。

『まんぷく』クライマックスに向けての、萬平さんの最後の冒険が、今週からはじまります。

最後の冒険。それはカップヌードルの誕生までの冒険です。

感想

コメントへの返信 by 朝蔵

萬平さんと世良さんをたして2で割って、お湯をかけて3分経ったら百福さん(ぶひぶひさん:126話)
百福さんの本質をみごとなまでに表現した方程式です!

史実を調べると、百福さんは発明家として資質と同じくらい商売人としての資質も豊かだったみたいですね。

そして、世良さんみたいに胡散臭さと男前が同居していたみたいです。

あの場面での世良さんは完全に悪者扱い…セリフを変えた事で世良さんが悪役に陥らずに済んだ(ひるたまさん:90話)
世良さんが、福ちゃんに対してたたみかけるように口にした「谷底に落とし穴があるかもしれんぞ」「そこに熊がおったらどうするんや」というセリフ。

これを「何を言うとんのや、あいつ」ではなく、「あいつ、なかなかええこと言うな」と言わせることで、アキラさんが苦労人であることもみごとに表現してますね。

世良さんが単なる悪役にならず、アキラさんに深みを与える。二つの意味で、素晴らしいアドリブですね。

朝ドラに出演された俳優さんのご活躍(ひるたまさん:126話)
日本アカデミー賞の受賞作品に限らず、朝ドラで活躍された俳優さんが、映画でも大活躍されてますね。

映画によっては、朝ドラファン狙い撃ちみたいなキャスティングもあったりして。一昨年に公開された『8年越しの花嫁』は完全な朝ドラファン狙い撃ちキャスティングでした。

主人公は土屋太鳳ちゃん(まれ)、相手役は佐藤健さん(半分、青い。)、主人公の両親を演じたのが薬師丸ひろ子と杉本哲太(あまちゃん)、そして主人公の友達に浜野謙太さん(とと姉ちゃん、まんぷく)。極め付けは脚本の岡田惠和さん(ひよっこ)。

明らかに朝ドラファンを狙ってますね(笑)

松坂慶子さんと奥田瑛二さんの共演は山根成之監督「五番町夕霧楼」以来ですか?(よるは去ったさん:127話)
共演作、記憶にないですね。というか、コメントをちょうだいするまで『五番町夕霧楼』すら記憶から飛んでました。

よく覚えておいでですね。

萬平「まだ五十歳じゃないか。」この意気があったから・・・(よるは去ったさん:127話)
萬平さんの「まだ」発言にはげまされたアラフィフ世代の視聴者、きっとたくさんいたでしょうね。

ブログ主もその一人です。五十歳は「まだ」と言い切れるくらい若かったのか!って。萬平さんの「まだ」で大いに発奮し、天寿を全うできる自信が出てきました(笑)

奥田瑛二、安藤サクラ父娘共演実現?顔を合わすことはあるのでしょうか?(アーモンドさん:127話)
協会設立後の様子を視察に来る場面とかがあれば、親子の「夢の競演」もあるかもしれませんね。

遊び心いっぱいの大阪局制作の朝ドラです。そこまで遊んでほしいものですね。

お湯さえいらないラーメン(大塚食品:アルキメンデス)(ぱぽりんさん:127話)
詳しい調査、ありがとうございました。そして、ちょうだいしたコメントで「お湯さえいらないラーメン」などという、すぐれものがあることを初めて知りました。

即席ラーメンの歴史は深いですね。

余談ですが、即席ラーメンというアイデアの発祥の地ともいえる台湾で、日本円にして約千円もするラグジュアリーな即席カップラーメンが販売されていたことを記憶しています。

無意識の先入観が棒ラーメンが目に入っていても解らなくさせている(ぱぽりんさん:127話)
棒ラーメン、関東にもあるんですか!?

今は関東から遠く離れたところにいるため確認することができませんが、いつか、商品陳列棚を隅々まで観察してみようと思います。

ソーメンと思い込んでいたものが、実はラーメンだったのかもしれませんね。

商標権の問題(Amoさん:128話)
情報をここまで詳しくまとめてくださりありがとうございます!

それにしても、泥沼化のレベルがここまですごかったとは、想像を超えてました。萬平さんみたいな人では太刀打ちできないレベルです。

世良さんみたいな人でなければ、とても生き抜けない修羅場ですね。世良さんというキャラは百福さんの分身。萬平さんと世良さんは、実は、二人とも百福さんがモデルなんだと、あらためて思いました。

商標権の問題、続きです(Amoさん:128話)
商品を改良し続ける苦労。その商品の販売量を増やし続ける苦労。商売にはただでさえ苦労が多いというのに、長年にわたる裁判まで加わって、百福さんの心労。想像を超えてます。

そんな半生でありながらも天寿を全うされるとは。商売と発明の才能だけでなく、神経の太さと身体の頑強さも人並みはずれていたんですね。

予告のカオス具合といったら(笑)(ぷーさん☆:127話)
萬平さんが脱税容疑で進駐軍に捕まった際、複数の占い師が、萬平さんは大器晩成だと言いました。大器晩成だから、若いうちは波乱に富んだ人生を送るのだと。

萬平さんはもうすでに50歳。

そろそろ晩成する頃なのかなと思っていましたが、萬平さん自信が「まだ50歳」と言い切りました。「まだ」ということは晩成はまだ先ということです。

ということは、まだまだしばらくカオスな人生が続くのかもしれませんね。

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コメント

  1. きりあす より:

    いつもあらすじ楽しみにしています!ありがとうございます。
    11年飛んだけど、吉乃ちゃんは岡さんと森本さんとどうなったのかまだ分からないですねぇ。
    キャスト的に中尾君の岡さんが旦那さんになるのかなーと思いつつ、
    今日は岡さんと森本さんは出て来たけど、吉乃ちゃんは出てこなかったので、
    気になってコメントしてしまいました(^_^;)

  2. marmite より:

    ラーメンの歴史、朝蔵さんが呼び掛けて頂いたお陰で、皆さんから情報が集まって感謝してます。私も協会のHPは見てみたのですが、どなたかがおっしゃっていた通り、あえて語っていないなと感じました。

    まだ50歳、その通りですよ!伊能忠敬が日本地図作成のため自分の足で歩き始めたのは54歳だったと記憶してます。「はじめた」のが、ですよ、そのころの寿命を考えれば現代の50代なんて何のその。

    といいつつ私は60歳を感じ始めてます。朝蔵さん、これからも頑張って下さいね。

  3. ぱぽりん より:

    Amoさんの整理された書き込み、インスタントラーメン黎明期の泥沼の状態が大変よくわかりました。
    ありがとうございます。

    それにしても、チキンとラーメンを組み合わせただけの<チキンラーメン>の商標登録が認められたのは、「それまでになかったコンセプト」の商品であったことが理由だったのではないかと想像します。
    記憶にある、サントリーが発売し大ヒットとなった<はちみつレモン>の商標登録が認められず各社から売り出された事例。はちみつレモンの場合はきっと、すでにそうした飲み物(レモネード)があったからなのでしょう。チキンラーメンでの紛争が生かされたのかもしれませんね。

  4. ちーぼー より:

    吉乃ちゃんの名字が変わって結婚相手が判るかな、とオープニングを見つめていましたが、今日の登場はありませんでしたね。結婚相手は、ほんとにあの二人のうちのどちらなのかなぁ。えっ!この人だったの?!というような人が相手だったら面白いのに。お二人には申し訳ないけど、似ている二人でどちらかと選びにくいような気がします。

  5. よるは去った より:

    マンカイ食品の倒産。故・牧野昇先生が「一日3杯の飯を食っていた人が経済が20倍に伸びたからって一日60杯もめしを食いますか(笑)。」と某若い人向けの雑誌で言っていたのを思い出しました。ドラマもそれを乗り越えなければならない時代まで進んだわけですね。

  6. Amo より:

    続きです

    日清食品より訴えられてた日華食品が先にチキンラーメンの商標を申請していたことが判明する
    このため1960年11月28日日華食品に商標使用禁止の仮処分を停止された そこから日華食品は協会の応援を受け 安藤百福氏を名誉毀損 営業妨害などで訴えました
    1961年5月 全国チキンラーメン協会の異議申し立てを再度棄却 7月には日華食品も敗訴する
    協会はこれを不服とし無効審判の申し立ての準備を進めている最中
    1961年9月20日特許庁は日清食品のチキンラーメンを商標として認め公告決定をする
    ただし チキン と ラーメン を組み合わせただけで商標になるかどうかの問題は残り この後11年間争う事になるのだそうです
    一方で明星食品は味付け麺とスープ別添の即席ラーメンの両方を製造していましたが 商標権 特許権 共に混迷をきたしてましたので 味付け麺の製造を停止し 別添スープ式の即席ラーメンの製造に切り替えて回避されています

  7. Amo より:

    前回からの続きになります 次に商標権の問題です

    チキンラーメンが売れ出すと次々と各メーカーが参入して来ます
    1959年 福岡の泰明堂(マルタイ)の棒ラーメン(即席マルタイラーメン)
    大阪の梅新製菓(エースコック)のエースコック味付ラーメン
    1960年1月 明星食品(明星味付ラーメン)
    1961年4月 サンヨー食品 東洋水産が新たに参入
    1959年 秋には 模造品 類似品は多岐にわたり結果1000社を超える数になる
    1960年1月 業界紙 小売店に対して偽チキンラーメンを扱わないよう警告文を掲載 (この時点では商標化されていない)
    袋デザインだけは画家で友人の竹内仙之助が描いたもので意匠権があり 模造品業社に対して訴え 同年3月 仮処分申請が認められ 同年9月30日 特許庁より商標の公告が決定される そこから模造品業社を訴え
    大阪地裁が日成食品 日華食品に商標使用禁止の仮処分を執行 百福氏が模造品業者12社を不正競争防止法違反で訴える
    1960年11月 模造品業者12社(後5社加盟)が全国チキンラーメン協会を発足 チキンラーメンは普通名詞という理由で特許庁に異議申し立てをする
    しかしながら日清食品のチキンラーメンは未だ商標公告されていなかったので この異議申し立てを退けられた そこで協会側はチキンラーメンの商標公告が決定になってから再度 異議申し立てを行う

    続きます

  8. つまぴょん より:

    こんにちは。コメントはお久しぶりです。あらすじの8行目、致命的が地名的になってます。