泰樹がなつの居所を発見 / なつぞら 第9話

2019年4月10日(水)第2週「なつよ、夢の扉を開け」

あらすじ

家出をしたなつの姿を探し歩く中、富士子は自分の気持ちを打ち明けました。なつを引き取ったままでは、なつは家族がいないことの寂しさを募らせることになる。自分は、そんななつを預かり続けることに自信がないと。

一方、帯広警察署からも逃げ出したなつが、たった一人でやってきたのは十勝川のほとりでした。十勝川のほとりで一人ぼっちになってしまったなつは、亡き父からの手紙を読みながら、家族が揃っていた頃のことを思い出していました。

そのとき、泰樹たちがやってきました。なつははじめて自分の本当の気持ちを泰樹たちにぶつけました。家族をなくしてしまった怒りを。自分に家族がいないことの怒りをぶつけ、泰樹はなつのその気持ちを受け止めました。

なつを見つけた泰樹たちは、ふたたび帯広の菓子屋・雪月に足を運びました。面々は、アイスクリームに舌鼓を打ち、、なつもようやく笑顔を取り戻しました。そして家に戻った泰樹は、バターづくりの夢を、なつに披露するのでした。

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予習レビュー

家出をして行方がわからなくなったなっちゃんの姿を、泰樹さんがようやく見つける場面が描かれます。

帯広警察署を逃げ出して以降、まったく手がかりがつかめなくなってしまったなっちゃんは、十勝川に行ったに違いない。

泰樹さんは、そのようになっちゃんの行動を読むのだそうですが、どうしてそのような読みが働いたのか。

泰樹さんも苦労人です。富士子さんの言葉を借りるなら、苦労に麻痺しているほど苦労を重ねてきた人です。

たった一人、十勝にやってきて、開拓をしながらここまで来た人です。

泰樹さんの若かりし頃、何かに行き詰って十勝川のほとりに行った経験があるのでしょうか。

さて、なっちゃんの行動を読むことで、泰樹さんはなっちゃんへの理解を深めたかと。

さらに、なっちゃんがはじめて自分の感情を泰樹さんにぶつけることで、泰樹さんのなっちゃんへの理解は、さらに深まったかと。

なっちゃんと泰樹さんの絆が確かなものになる重要な場面、今週の最大の見所かもです。

感想

「怒ればいい!」

悲しさや寂しさからの泣き声とはまったく異なる、怒りをしぼり出すようななっちゃんの泣き声が心に突き刺さってきました。

前作『まんぷく』の戦争末期の場面。疎開先の畑で米軍の戦闘機に銃撃された直後の、自分が何の役にも立っていないことを嘆く萬平さん。

あのときの萬平さんの慟哭は怖いほどでした。

そして、あのときの萬平さんの慟哭に通じるものがあった。否、もっと心に突き刺さってくる慟哭でした。なっちゃんの慟哭は。

とても子供の泣き声とは思えませんでした。さりとて大人の泣き声でもない。あんな泣き方、はじめてみました。

そんな、なっちゃんの小さなカラダがこわれてしまうのではないかというくらいの激しい怒り。それを全身で受け止めてくれた泰樹さんの姿に、涙腺崩壊です。

柴田家に泰樹さんがいてよかった。

もし柴田家に泰樹さんがいなければ、富士子さんが打ち明けたように、なっちゃんは、家族がいない寂しさを募らせるだけだったかもしれません。

そして、その寂しさによって生じた心のひずみが、大人になってからなっちゃんの人生を振りまわすことになっていたような気がします。

なっちゃん、泰樹さんとめぐり合えて良かったね。

コメントへの返信 by 朝蔵

まだ小さいからわかんないけど優しくしてもらってるのは分かるだろうからこれからでしょうね(ゆきこさん:8話)
見ず知らずの人たちが優しくしてくれるのを頭で理解するには、なっちゃんはまだ幼すぎますからね。

家族がいなくなってしまった。お兄ちゃんや妹と離ればなれになってしまった。その寂しい感情には、まだまだ勝てないかと思います。

兄妹一緒に過ごせてひょっとしたら3人揃って北海道だったかもしれませんし(ゆきこさん:『なつぞら』トップページ)
ちょっとしたタイミングのズレが人の人生を狂わせてしまうものなんですね。

施設に収容されていなければ、なっちゃんたちはお兄ちゃんと妹と、三人で暮らせて行けたかもしれない。でも、施設に入ったから剛男さんと会うことができた。

でも、剛男さんが施設にやってくるタイミングがちょっとだけ遅かったために、妹の千遥ちゃんは親戚に引き取られてしまった。

だから、咲太郎くんは北海道には来れませんでした。

東京の下町界隈~浅草と神田の途中辺り?~かな?と推測出来ます(ひるたまさん:8話)
「一緒にまた浅草に行かう」、「また」というささやかな決意のもと一緒に行くくらいなので、浅草からはある程度の距離があるかもしれません。

「一緒に神田祭」、東京の下町ではお祭りといえば地元。なので、住まいは神田かその周辺かもしれません。

「うちは商売(賣)をしてゐたから、お祭にみんな(で?)行くなんてなかったものな」、お祭りの日は飲食店はおおにぎわいなので、お祭りに行くヒマなんてなかったのでしょう。

お祭りで店がにぎわって一緒に行けない、ということは、そのお祭りは地元のお祭り。なっちゃん一家は、神田あたりに住んでいたものと思われます。

なっちゃんのお父さんは絵が上手で文化的な素養ある人。しかも、咲太郎くん情報によれば、なっちゃんのお父さんのお店は人気店だったとか。

神田界隈で、昔から質の高い飲食店が軒を連ね、しかも文化的な素養ある人が好む街といえば神田神保町。

なっちゃん一家が暮らしていたのは、神田神保町。というのがブログ主の推測です。

「鮭を加えた」⇒「咥えた」(ひるたまさん:7話)
訂正しておきました!

「もっと怒れ!」と言ってくれる人がいる分恵まれている(よるは去ったさん:8話)
感情を受け止めてくれる人がいることは幸福です。なっちゃんは素晴らしい人とめぐり会うことができましたね。

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コメント

  1. ひるたま より:

    あの手紙ですが…今回の放送分でやっと音読されましたね。しかも途中からはなっちゃん⇒亡くなった父親:‘ウッチャン’内村光良さんの声が被さって。ネット上ではナレーションは誰目線なのか?という憶測が広がっていた様子でした。(牛目線か?という見方も少なからずあり、白状すると私もこの説(?)を一瞬考えた1人ですf^^;)
    録画を止め、目を皿のようにしなくてもここで音読されるとは…(;^_^A。

    そして、これまたTL検索していたところ、第一話でヒロイン:なっちゃんの父親に関して「父親は日本橋で料理店をしていた」という剛男さんのセリフがあると知り、録画で確認したら…確かにありました。朝蔵さんにも推理して頂いたにも関わらず(朝蔵さん、本当にありがとうございます)、さりげなくセリフの中に正解が隠されていたとは…はぁ…(;^_^A
    ドラマの中からヒントを汲取って人物達の背景等を推測&想像し、広げる事が楽しくて、つい嵌ってしまうのですよね…これが。

    神田と日本橋、そして浅草…私は観光等で歩いてみた経験がある程度です。観光や仕事で行き来しているだけでは見えない物が、毎日生活している地元の人達には見える筈。
    現在ではビジネス街のイメージが強い神田も日本橋も、幼いなっちゃんにとっては自分の‘庭’だった事でしょう。(言い換えれば、神田も日本橋も東京大空襲で爆撃された場所の一部という事で…)

    空襲で焼け出される前の東京で、バターを食べた経験があるなっちゃんですが…漫画映画は見た事が無かった事がこの次の回(第10話)で語られました。当時の東京には間違いなくあった筈でしょうけれども、見る機会が無かった…おそらくあまり近くにあり過ぎて「いつでも見に行ける」と家族の誰もが思っていたのかもしれない…などとふと想像しました。これも大空襲で一変してしまった訳ですが。
    で、なっちゃんが知らなくて何故天陽くんが知っているのか?…と思ったら、公式サイトの人物紹介に天陽くんの母親:タミさん(演:小林綾子さん)が東京育ち、と説明されていました。なるほど…母方のルートで知っていた可能性大という事でしょうね。

  2. Amo より:

    朝蔵さん 訂正ありがとうございました‼︎

  3. よるは去った より:

    現在は家庭でのバターの作り方はネットや本で多く紹介されてますね。今日はプロがどうやってバターを作るか興味持って見てました。作り立て30分以内のバターは格別旨いそうですなあ。

  4. Amo より:

    すみません 訂正箇所がありました
    それぞれの時代背景〜終戦後)の箇所を削除して
    それぞれの背景の違いがあります にお願いします
    たびたび 申し訳ございません

  5. ちゃーちゃん より:

    あぁ、やっぱりウッチャンがお父さんだったんだという気持ちとあの絵のお父さんがウッチャン?という思い
    これでなっちゃんは一人のようでお父さんと一緒で柴田家の優しい家族と一緒で少しは寂しさも和らぐかな?
    頑張れウッチャンなっちゃん!

  6. キヨコ より:

    何故、語りがウッチャンだったのか
    今日その理由がやっとわかりました。

    個人的には、ニッセイのCMが脳裏に浮かびました。
    清原果耶さんが桜吹雪の下で天を仰ぎ、空の上のお父さんに語りかけるシーンです。
    YouTubeの日本生命チャンネル「見守るということ。」で閲覧できます。
    何度見ても涙腺がやられます。

    照男君がおじいちゃんに搾乳を教えて欲しいと懇願。
    泰樹さんはこの時を待っていたんですね。
    そして泰樹さんのバターにかける思い。
    柴田家にも新しい風が吹いてきました。

  7. Amo より:

    泰樹さんだけが「なつ〜」と呼んでいたことで 二人の 内なる心の距離感が とても近いことが判ります
    河原で手紙を読むなっちゃん 内村さんのナレは やはり父親目線でしたね 添えられていた家族みんなで 出かける 祭の夕べ のイラストは お父さんの 願望 という名の 夢 でした
    手紙の末尾 「咲太郎、なつ、千遥、お母さんを悲しませないやうに お前たちは元気に笑ってゐなさい。
    お母さんのことを頼む、咲太郎、なつ、千遥。父より」そのお母さんも 戦火で亡くなってしまいました
    添えられた絵から お父さんの夢が なっちゃんの 懐かしい憧憬にも似た儚い夢を見 夢の中で家族と共に笑い合ってる「私」が居ました
    みんなで合唱したのは エノケンさんの「私の青空」
    もともとは アメリカの地方巡業の劇団のための歌で
    原題「My Blue Heaven」 青空でないところに それぞれの背景の違いがあります
    と同時に 私は「アンデルセン物語 マッチ売りの少女」を思い出していました そんななっちゃんが泰樹さんの「なつ〜」で現実に戻され 思いの丈を涙に変え泰樹さんに ぶつけ 初めて「おじいさん おじいさん‥」と言えたのには 感涙いたしましました

  8. ともあき より:

    ナレーションの内村光良がなっちゃんの亡くなったお父さんだったんですね!
    それがわかっただけで涙腺が決壊どころか形もなく崩壊しそうなので、ストップ。
    仕事から帰ってから見ることにしました、会社で目が土偶になるのはまずいです。
    しかし今回は東京のお天気も雨ですが、内容も視聴者大泣きの回のようでした。