なつぞら 第17週「なつよ、テレビ漫画の幕開けだ」予習レビューとあらすじ

NHK連続テレビ小説(朝ドラ)『なつぞら』
2019年7月22日 〜 7月27日放送

『なつぞら』第17週 あらすじ

なつに異動命令

昭和38年(1963年)。テレビ漫画『鉄腕アトム』が大ヒットを受け、東洋動画もテレビ漫画の分野に進出。26歳のなつは、坂場や茜とともにテレビ班に異動しました。

しかし、テレビ漫画の仕事の仕方に坂場は不満を募らせ、新作テレビ漫画『百獣の王子サム』の制作に取り掛かるなつも、漫画映画とは異なるやり方に困惑します。

雪次郎と蘭子の仲

同じ頃、雪次郎が、劇団赤い星座の舞台の主役に起用されることが決定。しかし、雪次郎と蘭子の仲が噂になっており、劇団員たちが猛反発。ボイコットまでちらつかせる事態に。

そんな騒動にもかかわらず、雪次郎が主役をつとめた舞台は大成功しました。蘭子は雪次郎を自宅に招き、二人きりで祝杯をあげ、あることを語り合いまた。

雪次郎がなつにあることを告げる

蘭子と祝杯をあげた雪次郎は、蘭子の家を出るとその足で風車を訪ねました。そして、雪次郎はなつにあることを告げます。

そんな中『百獣の王子サム』の放送が開始。テレビ漫画の仕事のスタイルを柔軟に身につけるなつの姿に、坂場は次第に感化されるのでした。

<<前週 第16週 | 次週 第18週>>

Sponsored Link

予習レビュー

なっちゃんがテレビアニメの世界へ

ドラマの中の時代がスキップして昭和38年(1963年)。なっちゃんの東洋動画への入社年の昭和31年(1956年)から7年が経ちました。

麻子さんがいち早く見抜いたなっちゃんの才能は、本物だったようです。なっちゃんはすでに高い評価を受けているアニメーターになっています。

ベテランとなったなっちゃんが、今週から新しい第一歩を踏み出します。

新しい第一歩とはテレビの世界。『鉄腕アトム』の大ヒットによって、東洋動画もテレビの分野に進出。

東洋動画によるテレビアニメ開拓の先頭に立つのがなっちゃんです。

また、テレビ分野に進出する第一号スタッフには、なっちゃんと同時に坂場くんの起用も決定します。

『鉄腕アトム』

『鉄腕アトム』のテレビ放映がはじまったのは昭和38年(1963年)。

同年の元旦から、昭和41年(1966年)の大晦日まで、全193話が丸4年にわたって放映されました。製作したのは「虫プロダクション」です。

ちなみに『鉄腕アトム』の放映初年度の翌年・昭和39年(1964年)は東京オリンピックの開催年。

東京大空襲からはじまった『なつぞら』は、日本の復興期を経て、これからますます豊かになってゆく時代に突入しました。

また、昭和39年(1964年)といえば『ひよっこ』の物語がはじまった年でもあります。

そろそろ、ブログ主の記憶にも残る、アニメやアイテムが登場する時代。ワクワクが止まりません。

<<前週 第16週 | 次週 第18週>>

Sponsored Link
Sponsored Link

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメント

  1. どんギツネ。 より:

    ひよっこの時代になって近付いてきましたねー。
    東洋動画の皆さん御用達?の喫茶店「リボン」のセットが、すずふり亭のセットに似てるので、リボンの場面になるたびに、ひよっこを思い出します。
    (なつの部屋も、あかね荘のミネコの部屋に似てますよね)。
    歴代ヒロインの出演が話題になってますが、有村架純さんがもし出演されるなら、「すずふり亭のみね子」として、すずふり亭やヒデさんとともに出演してくださらないかなー?なんて淡い期待を抱いています。

  2. のらくろ より:

    ブログ主様のご発言「ドラマの中に月岡貞夫さんに該当する人物が出てくるのかどうか、たのしみです。」ですが・・・、一個人としては出てこないでしょう。
    しいて言えば、このドラマのテレビアニメのエピソードに限っては、なっちゃんと坂場君が、史実の月岡貞夫さんの役割を担うのでしょうね。
    天才アニメータと天才演出家が、テレビアニメのノウハウ(一秒間12コマを4コマ位まで落としたり、絵を一切動かさない止め絵を多用したり、同じ動画を使いまわしたり・・・等)を独自に発見するか、
    先に「鉄腕アトム」の虫プロに移籍されているであろう先輩の麻子さんに「動かしちゃだめなの!!」と教えを請うのか解りませんが。(この台詞は史実で、下山さんのモデル大塚康夫さんが麻子さんのモデル中村和子さんから直接言われたそうです)
    それとも、アニメに関心が薄い朝ドラ一般視聴者には不向きなのでテレビアニメの技術的な話はオールスルーになる確率が大って所でしょうか・・・。

  3. のらくろ より:

    史実では、手塚治虫さんの元アシスタントで東映動画三作目「西遊記(原作・手塚治虫:ぼくのそんごくう)」から移籍された天才アニメーター月岡貞夫さんが、
    フルアニメでないテレビアニメを毛嫌いする東映動画側を無理やり説得し、東映動画初のテレビアニメ「狼少年ケン(企画・演出・原画:月岡貞夫)」を始められ大ヒットさせます。
    月岡貞夫さんは手塚治虫さんの元アシスタントですから、当時は誰も知らなかった虫プロのテレビアニメ「鉄腕アトム」の製作ノウハウ(バンクシステム等・・・)に精通された限られたお一人でした。
    しかし月岡貞夫さんは、週一回ごとのスタッフによる作品の不統一性に耐えきれなくなり放映中の1964年2月初めに東映動画を退社され、急遽 高畑勲(坂場くん)さんらが演出を引き継ぎ、
    後に奥山玲子(なっちゃん)さんが、会社との大人の事情で作画監督を引き受けられます。