武志の皿が「生きている」 / スカーレット 第146話

2020年3月24日(火)最終週/第25週「炎は消えない」

あらすじ

ある日喜美子は、静まりかえった夜の工房で武志が完成した大皿が小さな音を発していることに気が付きました。それは陶器の表面に微細なひびが入るときの現象でした。その音を聞いた武志は、自分のつくった作品が「生きている」ことを喜びました。

しかし、その一方で武志の食欲は落ちる一方で、体力も衰えはじめていました。味覚を失ったため何も食べようとしない武志のことが喜美子は心配でした。喜美子の気持ちを受け取った武志は、食べることと向き合いました。

そんな中、信作と二人の部下がかわはら工房にやってきました。信作の市役所での部下が、誰でも出品できる「みんなの陶芸展」を企画。喜美子の陶芸教室からも出品してほしいと喜美子に頼みに来たのです。

喜美子はその頼みを快く引き受け、穴窯を焚いて焼いた作品を出品することを決めました。そして、武志にもそのことを伝えました。武志もその展覧会に出品することを決意。出品するための作品づくりをはじめるのでした。

<<前回146話 | 次回147話>>

最終週/第25週

Sponsored Link

予習レビュー

武志くんの完成した皿が音を立てる。この現象のことをたまたまブログ主は知っていたので、補足します。

上のストーリー欄ではわかりやすく「ひび」と表記しましたが、正確には「ひび」ではなく「貫入(かんにゅう)」と言います。

欧米では「ヘアライン」などと呼ばれています。

焼き上がった陶器を冷やす間に、釉薬の表面に微細なひびが入り網目状の模様ができるのですが、このときに小さな音を立てるのだとか。

残念ながらブログ主はその音を聞いたことはありません。

さて、武志くんが焼き上げた皿を冷やすとき、どうやらこの貫入が入り、音を立てるようです。

そして、この音に「皿が生きている」ことを感じ取った武志くんはそのことに勇気をもらう。

こんな微細な音に勇気をもらうほどに武志くんの衰弱が進んでいる、ということでもあるのでしょう。

そう考えるとあまりにも切なく悲しい貫入の音色です。

『スカーレット』、残り4回です。

感想

生きることに向き合うエピソード3つ

焼き上げたばかりのお皿が音を立てて生きていることに励まされる。

味覚障害で食べたくはないが生きてほしいと願うお母ちゃんの気持ちを受け取り、食べることを「仕事」にする。

そして、みんなの陶芸展に出品する決意を固めて、作品づくりを始める。

今回の武志くんの、生きることに真剣に向き合う姿がさわやかでした。体調は悪いながらも表情はほがらか。

昨日、お父ちゃんに感情を爆発させたことで吹っ切れることができたんでしょうか。

武志くんから全力でやっつけられてしまった八郎くんも、相変わらずのギャグのすべりっぷり。心に余裕があるということでもあるのでしょう。

いろいろと安心できる回でした。

コメントへの返信 by 朝蔵

朝ドラ史上最悪の結末となった「純と愛」の二の舞は回避できそうですが(丹善人さん:最終週)
『純と愛』。残念なウワサがたくさん聞いていましたが「朝ドラ史上最悪の結末」というレベルのものだったんですか!?

良い意味でも悪い意味でも大阪はチャレンジ精神が旺盛ですね。

というかチャレンジ精神そのものは良いことですが、チャレンジの結果が激しくすべる場合があると言った方が適切かもしれません。

最後、泣く武志を見て、ああ、生きていたいんだな、自分だけではなくて、全ての人に生きていて欲しいんだな(オペラ座の怪人さん:145話)
「おれは」で止まっている手紙を読んで、死ぬことをリアルに感じてしまったんでしょうね。でも、考えてみればこれまでよくぞ不安に耐え抜いていました。

苦しい気持ち。つらい気持ちを噛み殺してきたんでしょうね。家族や友人たちに心配をかけないように。

喜美ちゃんが何を思い付いたかが明日の回の始まりなんですかね(よるは去ったさん:145話)
数年先に迫っている最期でなく、今、目の前で生きていることだけを受け止めようとするんでしょうか。喜美子ちゃんは。

抽象度の高い最終週となりそうですね。

あれもしたかった、これもしたかった、まとめきれない気持ちでしょうか(丹善人さん:145話)
まとめきれずに手紙の文章が途絶えてしまったのか。それとも「おれは」と書いたところまできて容態が悪化して、それ以上のことを書けなくなったか。

前者でも後者でも、あまりにも悲しすぎます。

本作を観てると叱られてるような気分になるんですよね(偽君子さん:145話)
ブログ主の場合、武志くんの姿を見ながら、自分があの年齢のときにあのような振る舞いはとても出来なかったなと、そればかり考えています。

もっとも、他の朝ドラ作品の登場人物たちの多くにも同じような感情を抱いています。あまりにも出来の悪い若者でしたので。ブログ主は。

朝蔵さんがブログを展開していない朝ドラについてのコメント(CSRさん:全作品リスト)
『おしん』のレビュー、ありがとうございます。朝ドラの名作中の名作なので、、このブログでレビューしたかったのですが、その時間帯は観れる日と観れない日があり、レビューは断念しました。

武志のドナー探しの動きが骨髄バンクの設立へとつながった様に取り上げていないことです(みいちゃん命(欅の)さん:145話)
『スカーレット』はこれまで、登場人物たちの人生のビッグイベント=結婚や最期など、視聴者を手軽に泣かせることができる描写を大胆に省略してきました。

一方で、人によっては冗長にさえ感じる日常の平凡な日々を丹念に描いてきました。

日常の平凡な日々。すなわち、当たり前の日々がどれほど価値あることかということと真剣に向き合うためのドラマだったのかなと。

骨髄バンクのエピソードを描くことで、当たり前の日々が特殊な日々になってしまう。それを避けたかったのかなと思います。

武志くんが救われるかどうかわからない未来に喜美子ちゃんの気持ちを注ぐのではなく、今、目の前で生きている武志くんに対して喜美子ちゃんが気持ちを注ぐ展開を選んだ。というのがブログ主の解釈です。

感情の爆発は大切なこと(妖怪おばばさん:145話)
武志くん、これまでずっと好青年であり続けてきましたが、多分に無理しているところはあったかと思います。

だから、感情を爆発させて吹っ切れてくれるといいのですか。あまりにため込まないでほしいです。

コロナで暗い世の中、そんなプレゼントがほしいです!(べにさん:最終回)
次回作の第1回の舞台が皮肉なことに東京オリンピックの開会式。のっけから複雑な気持ちになりそうな中、『スカーレット』の最後に救いがほしいですね。

圭介さんが喜美子さんに言った「医学は進歩している」という台詞は決して気休めだけの台詞ではない(名乗るほどの者ではございませんさん:145話)
白血病治療についての詳細な情報をありがとうございます。圭介くんが「医学は進歩している」と口にした背景では、間違いなく進歩があったんですね。

お茶の間が地雷原になる、という典型的な事例(つい しょうこさん:145話)
お茶の間が地雷原になるということを、ちょうだいしたコメントで初めて知りました。考えてみるとブログ主の身内は、急死が相次ぎました。

予定通り名前は武(たけし)にさしてもらいます(つい しょうこさん:最終回)
名前の中で思い出としていつまでも生き続けるという設定ですね。今は世間がこんなだけに明るい救いがほしいところです。

八郎お父ちゃんに対して、感情をぶつける武志くん。見ていて、ちょっと安心しました。(ずんこさん:145話)
武志くんはこれまであまりにも頑張りすぎました。お父ちゃんに対して怒りをぶつけたことで少しでも吹っ切れるといいですね。

<<前回146話 | 次回147話>>

最終週/第25週

Sponsored Link
Sponsored Link

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメント

  1. つい しょうこ より:

    あ、これかー
    今、お茶飲みながらコメントを書いているんですが、私の湯吞みも貫入がありました。場所によって貫入が茶色く変色しているんですが、これって茶渋とかが沁みていくものなんですか?

     ギムネマの葉(ショ糖の甘味を阻害する成分があるらしい)を噛んだ後に飴玉を舐めると「ビー玉を舐めているような感覚」になるそうで、多分武志君も、まずは栄養補給だと思って食べ物を口に運ぶけど、口に入れた途端あまりの味気無さに手が止まるんじゃないかと思います。
     食が落ちた病気の家族に食べてもらう苦労は経験したことがありますが、味覚障害だったら、きっと気持ちが萎えたかもしれません。
     ここで食事そのものより息子のモチベーションを刺激する作戦に出たお母ちゃん、さすがです。
     

  2. 名乗るほどの者ではございません より:

    実力があり「知る人ぞ知る」ベテラン俳優さんが朝ドラ出演で「誰もが知る」という形容詞に変わるのは嬉しいものですね。「純と愛」の吉田羊さん、「ごちそうさん」のキムラ緑子さん、「花子とアン」の吉田鋼太郎さんが最近の代表例かなと個人的には思います。これらの方々が演じた役に共通するのは、初見では威圧感がありどこか近寄りがたい印象ですが回を重ねるにより案外人情味があり愛嬌があるキャラだったということでしょうか?「スカーレット」ではまさに本田大輔さんですね、初見時には頭の回転が早くプライドが高い人という印象でしたが、照子の前ではどこかポンコツで、息子の改心や娘の嫁入りだけでなく武志くんの病気に涙を流す人情味がある役でしたね。お父さんの博太郎さんも悪役もひょうきんなお父さん役も蜷川舞台の主役、あげくの果てに「北京原人」と幅広く演じれる方ですね、「あまちゃん」の松田龍平さんもそうでしたが良い遺伝子を父親から引き継がれたなあと感じます。

  3. 妖怪おばば より:

    母と息子の大切な時間。
    言葉は少なくても心が通じ合ってる大切な時間。
    静かで大切な時間ですね。

  4. あきら より:

    武志くんにも八郎さんにも、喜美ちゃんにも
    それぞれに息抜きできる心オープンにできる人がいる。
    だから支えられて、家族で向き合うことができる。
    武志くんの今回の感情爆発は、お母ちゃんではなくお父ちゃんに向けている。
    逡巡と嘆きは、お母ちゃんに向けられている。
    このデリケートな表現が、武志の新しい作品の中に「繊細さ」として生きている。
    朝蔵さんのブログも、そんなたおやかな繊細さに溢れています。

    日本の文化での「晴(ハレ)と褻(ケ)」でいうと「晴(ハレ)」を飛ばして
    スカーレットでは「褻(ケ)」を丁寧に描かれていることの素晴らしさを感じます。

    埋もれてしまう平凡な日常の中にこそ、生きていく美しさが隠れている

  5. オペラ座の怪人 より:

    喫茶店サニーのマスターである「マギー」さんが
    いい味を出していました。
    この人は「あまちゃん」で
    (主役あき曰く)「小さい方の何とかさん」を演じていて、
    (マギーさんは)「大きい方はいなんだけどね」

    「スカーレット」では、そもそも、
    きみ子一家が信楽にやってきたのは、

    (演技はなく、語りだけですが)
    負傷したマギーさんを、
    お父さん(北村さん)が、
    何十キロも背負って、
    救出してくれた命の恩人で、

    その恩に報いるため、マギーさんが北村さんを
    信楽に招いた、から、だったと思います。
    いいお話です。

    !( ̄- ̄)ゞ (ロ_ロ)ゞ (`◇´)ゞ

    おしまい

  6. 丹善人 より:

    お皿を最初に取り出した時からすでに貫入は入っていたんですけれど、
    そういうことには気がつかなかったんでしょうかね。
    気温の変化で入っていくので、朝方とかに入ります。
    夏より冬の方が入りやすかったかな?

  7. よるは去った より:

    喜美子「『みんなの陶芸展』いうのがあるんや・・・・誰でも参加出来んねん・・・・・・。」
    武志「参加しよかな・・・・・・・・お母ちゃんの作品の横に俺の作品並べてええ・・・・・・?」
    喜美子「あかん・・・・・親の力借りて出品するんか・・・・・自分で頭下げなさい・・・・・・・・。」
    武志「年明けか・・・・・・それやったら・・・・・それまでに・・・・作品の一つや二つ作れるな・・・・・・。」
     味覚障害が始まり更に絶望的なっていた息子へ必要に応じて鞭をもふるって「生きる目標」を与えようとする母親の想いがしっかり伝わって来ました。
     武志「終わってなかったんや・・・・・・生きてるんやな・・・・・・・。」と甦った活力が最後まで失われませんように!!!

  8. 丹善人 より:

    貫入の音、聞いたことあります。というか、しょっちゅう聞いてました。
    何度も書いていますが、義父の家で土練りから素焼き、釉薬をかけて
    本焼きまで全部やっていたので、茶碗などで見事な貫入が入っていきました。