エール 第1週「初めてのエール」予習レビューとあらすじ

NHK連続テレビ小説(朝ドラ)『エール』
2020年3月30日 〜 4月3日放送

あらすじ

古山家に誕生した長男・裕一

1964年(1964年)10月10日。東京オリンピック開会式。その日はこの物語の主人公・古山裕一が作曲した行進曲が開会式を飾る日でした。しかし、当の裕一は行進曲が観衆に受け入れらない事態を恐れ、会場のトイレの中に閉じこもっていました。

妻の音が裕一を見つけてようやく会場に連れ戻していたその頃。裕一の友人・村野鉄男は墓前に花を供え、ラジオから流れるオリンピック開会式の模様を墓に眠る恩師に聞かせていました。その墓には「藤堂家之墓」と刻まれていました。

明治42年(1909年)。福島の呉服店「喜多一」の当主・古山三郎とまさの間に、家族から待ち望まれていた長男・裕一が誕生しました。裕一は内気な子供に育ちました。10歳になった裕一は、同級生からいじめられても何も言い返せないほどでした。

恩師・藤堂との出会い

運動会の練習で失敗を繰り返す裕一が体育教師に殴られそうになったそのとき。裕一を助ける者がいました。新任教師で音楽教育に熱心な藤堂でした。裕一に対して藤堂は、人との違いなど気にするなと励ましました。

裕一が大嫌いな運動会の当日。裕一は徒競走では転倒。しかし、藤堂の指揮によって奏でられるハーモニカの音色が深く落ち込む裕一の気持ちを立ち直らせました。そして、再び立ち上がりゴールインすることができた裕一は、藤堂に抱きしめられるのでした。

裕一は進級。新学期を迎え裕一の担任は藤堂になりました。藤堂はある日、裕一が黒板に書いた楽譜を見て心の底から驚かされました。その日の放課後、藤堂は裕一の家に行くと裕一には類まれな音楽の才能があることを三郎にまさに伝えました。

父・三郎の窮地

ある日裕一は、母・まさの実家がある川俣に連れて行かれました。まさが街角で立ち話をしているそのとき。どこかから聞こえてくる美しい歌声に導かれ裕一は教会の中に入りました。そして聖歌隊と一緒に歌を歌う少女・関内音に目が釘付けになりました。

その頃、三郎は、窮地に立たされていました。不況の中、家業である呉服店「喜多一」の経営状況が芳しくなかったのです。そして三郎は、喜多一を守るために、義理の兄の茂兵衛から厳しい選択を迫られます。

ある日、裕一は三郎から高価な楽譜を買ってもらいました。しかし、いじめっ子の太郎と史郎がその楽譜を奪ってしまいます。そのとき、太郎と史郎から楽譜を奪い返す者がいました。ガキ大将として知られる村野鉄男でした。

<<『エール』トップページ | 次週 第2週>>

Sponsored Link

予習レビュー

『エール』のトップシークエンスは東京オリンピック

『エール』第1回のページでは記しましたが『エール』のトップシークエンスは、東京オリンピックの開会式の場面です。

何事もなければ問題なく開催されるはずだった本年の東京オリンピックとリンクした演出であることは間違い無いでしょう。

しかし残念ながら『エール』の第一回のエピソードが発表されたその日。東京オリンピックの延期の可能性が初めて公に発表されました。

第1回からミソがついたような格好になってしまいましたが、先日『スカーレット』の後に放送された番組宣伝を見る限り、明るさと元気にあふれた作品みたいです。

これからますます明るくなる季節になる中、困難な状況におちいってしまいましたが、困難な日々を跳ね飛ばすような作品であってほしいと願うばかりです。

また、当ブログも、このブログを読んでくださる方々が『エール』から元気をいっぱいもらえるお手伝いをすることができれば幸いです。

菊池桃子さんの言葉

『エール』の放送が始まるのをブログ主はずっと楽しみにしていました。なぜなら、ブログ主はアイドル時代の菊池桃子さんの大ファンだったからです。

まだ『エール』のキャスティングが発表される前のこと。

何かの雑誌で菊池桃子さんのインタビュー記事が掲載されていました。

その中で、女優として初めてチャレンジする大仕事が最近決まったばかりだ。しかし、詳しくはまだ話すことはできないという菊池桃子さんの言葉が紹介されていました。

どうやらそれがこの『エール』だったようです。

またブログ主は『とと姉ちゃん』で、天才編集者・花山伊佐次が大好きでした。朝ドラの「変な師匠」キャラの中で、一〜二を争うほど好きなキャラです。

その「変な師匠」を演じた唐沢寿明さんによる主人公の父親役も、期待せずにはいられません。

ブログ主にとって楽しみがいっぱいの『エール』。

これから半年間。このブログと一緒に走り抜けていただければ幸いです。

<<『エール』トップページ | 次週 第2週>>

Sponsored Link
Sponsored Link

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメント

  1. 佐藤 巌 より:

    私は川俣生まれで85歳、札幌に住んでいます。古関屋の息子の歌と川俣が懐かしく期待しています。