エール 第11週「故郷の歌」予習レビューとあらすじ

NHK連続テレビ小説(朝ドラ)『エール』
2020年6月8日 〜 6月12日放送

あらすじ

裕一が福島に帰郷する

長女の華の誕生から4ヶ月経った昭和8年(1933年)1月。裕一は作曲の仕事が手に付かないほど華に夢中になっていました。そんなある日、福島の恩師・藤堂から思いがけない手紙が来ました。福島の小学校の校歌を作曲をして欲しい。それが手紙の内容でした。

裕一は徹夜で曲を仕上げると譜面を藤堂に送りました。その数日後。校歌完成披露会を開くので家族揃って福島に来て欲しいとの返事がきました。藤堂からの返事には、母・まさからの手紙も添えられていました。まさも、裕一の帰郷を望んでいました。

しかし、裕一は福島に帰ることを躊躇していました。自分は故郷の福島を捨てた身だ。そんな自分が帰郷していいのかと裕一は考えていたのです。しかし、成長した華に自分の生まれ故郷のことを堂々と語りたい。そんな気持ちがはたらいた裕一は帰郷を決意しました。

両親との再会

福島に到着した裕一たちは、真っ先に旅館で開かれた校歌完成披露会に出席。披露会に出席した子供たちに藤堂は裕一を紹介。裕一は小学校時代の思い出を子供たちに語って聞かせました。披露会が終わり、裕一たちは喜多一に向かいました。

喜多一は前の年に廃業し、店の中は空っぽでした。そして廃業後、浩二は役場の農業推進課で働いていました。裕一の帰郷を心から喜んだ三郎は、大勢の客を集めて凱旋祝いを催しました。しかし裕一の帰郷を歓迎しない者が一人だけいました。浩二です。

喜多一が廃業に追い込まれるまで苦労に苦労を重ねた浩二は、故郷と実家を捨てた裕一に対して強い反感を持っていました。そんな中で、音がある異変に気がつきました。三郎が胃のあたりを手で押さえ苦痛に顔をゆがめていることに気がついたのです。

三郎との別れ

三郎は胃がんを患っていました。しかも助かる見込みはありませんでした。そして、まさと浩二はそのことを本人には隠していました。三郎の病気を知らされた裕一は、まさにお金を渡そうとするものの、浩二が受け取ることを拒みました。

次の日の夜。三郎は裕一を神社に連れ出しました。そして、家と土地のすべてを浩二に継がさせることへの理解を求めました。そんな中、三郎の容態が急変しました。三日間眠り続けて目を覚ました三郎は、浩二への思いを打ち明け、浩二の頭をなでると・・・

三郎の葬儀が終わり、東京に帰る裕一は浩二と和解することができました。東京へ帰る前、裕一は茂兵衛を訪ねました。隠居した茂兵衛は陶芸に夢中になり、心穏やかに暮らしていました。茂兵衛から自作の夫婦茶碗をもらった裕一は、東京に出発するのでした。

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予習レビュー

号泣の一週間x

今週の特に後半は号泣場面が続出かもしれません。『スカーレット』以前とは異なり放送日はすべて平日です。出かけに大変なことになりそうです。

さて、裕一くんの上京と結婚という新しい旅立ちは、誰からも祝福されないものでした。

裕一くんが上京することや音ちゃんと結婚することを、母のまささんは反対していました。弟の浩二くんは裕一くんの上京を故郷と実家を見捨てる行いくらいに考えていました。

また裕一くんの上京は、養父の茂兵衛さんを裏切ることにもなりました。

だから裕一くんは、これまでずっと故郷の福島に帰ることができませんでした。娘の華ちゃんが生まれても、孫の顔を故郷の両親に見せてあげることなど考えもしませんでした。

しかし、実にいいタイミングで恩師である藤堂先生から手紙がきました。いいタイミングとは娘の華ちゃんが誕生したタイミングということです。

そして、もうひとつ。

三郎さんの死に目に遭えるというタイミングだったことです。

こんなタイミングで福島に帰るきっかけができてご都合主義だというありがちな声も湧き上がりそうですが、そこは大人の受け止め方をしましょう。

ご都合主義という言葉。あまりにも無粋です。

音ちゃんが主役に立つはずだった『椿姫』もそうですが、愛する者たちの再会が永遠の別れになってしまうという展開は物語の表現の定石なのですから。

ドラマの中の裕一くんとリアル裕一くん

ドラマの中で描かれる裕一くんとリアル裕一くんの、これまでの作曲の作曲年にズレがありますので整理してみました。

ドラマの中の裕一くんの作曲
昭和6年(1931年)『紺碧の空』
昭和7年(1932年)『福島行進曲』
昭和7年(1932年)『船頭可愛や』
昭和8年(1933年)校歌完成披露回で福島へ

リアル裕一くんの作曲
昭和6年(1931年)『紺碧の空』
昭和6年(1931年)『福島行進曲』
昭和6年(1931年)レコードデビューを祝う会で福島へ
昭和10年(1935年)『船頭可愛や』

またリアル裕一くんは『紺碧の空』以前の昭和5年(1930年)に母校の福島商業高校のために『福商青春歌』を作曲。

福島商業高校には、同曲の他に校歌をはじめリアル裕一くんが作曲した曲がいくつかあるのだとか。なんともぜいたくな高校です。

福商古関裕而音楽祭
https://fukushima-ch.fcs.ed.jp/page_20190708092304

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コメント

  1. 偽君子 より:

    (承前)けっきょくのところ、裕一くんは自分が大事にしてきたものの力を信じて疑わない上に、誰もがその力をわかってくれると信じ込んでるんですよ。でもそれはわかる人にしかわからないわけで、そういう人(音さんはその最たるものですよね)ならば助けてやりたい、守ってやりたいという気持ちが湧いてくるんでしょうけど、そうでない人(浩二くんの他には廿日市のおっさんとか小山田御大もそうですかね)には単なる脳内お花畑にしか見えないから、はた迷惑以外の何物でもありませんな。
    まぁそういうズレた行動をとった場合、すぐにそれが彼自身に返ってきて、そのたびに「僕が悪かったー」と猛省するわけですから、その点がまた助けてやりたくなるのかもしれませんね。いずれにしろその良くも悪くもKYなところが裕一くんを裕一くんたらしめてるとも言えますけど、そうわかっているから、よけい歯がゆくてジリジリさせられる一場面になりそうです。(以上ネタバレご容赦ください)

  2. 偽君子 より:

    本放送前から、ノベライズをザザッと見ただけでこんなことを書くのもどうかと思うんですが・・・。
    うーん、このお金を渡すシーン、裕一くんやっちまったなぁと。浩二くんがマジギレするのも無理はありませんよ。いくら家族だって、こういうときに助け合おうというなら、やっぱり十分な信頼、相互理解(おっかさんはともかく、浩二くんとの間には相互誤解しか生じていませんよね?)というものが不可欠であり、それは断じて「優しさ」でカバーできるものではないでしょう。どういう状態であっても、それはその人が「そうしたい」と思っているわけで、そこに割って入ったら逆効果にしかならないでしょうし、そこでなまじっか「優しさ」などというものを振りかざせば、神経を逆なでするのが落ちだと思います。言ってみればこれは「両刃の剣」というやつですよね。

  3. 偽君子 より:

    ここらあたり、「花アン」ワールドに置き換えたら、さしづめ浩二くん→吉太郎兄さん、まさママ→ふじママということになるでしょうか。で、裕一くんが吉平パパのポジションにあると。三郎パパは性格的に吉平パパに似ていなくもありませんが、立ち位置は全然違いますな。

  4. 偽君子 より:

    なんだ、けっきょくご兄弟和解するんじゃないですか!良かったよかった・・・と言いたいところですが、いかんせんまだ始まったばかりなんですよね。そこまでさらに幾年月を要するのかと思うと、なんというか。

  5. ひるたま より:

    「三日間眠り続けて目を覚ました三郎は、…浩二の頭をなでると…」「隠居した茂兵衛は陶芸に夢中になり、…」
    これって…前作(現時点では放送中ですが)『スカーレット』を彷彿とさせる場面ですね。(^^;)