2020年4月9日(木)
2020年7月8日(水)第2週「運命のかぐや姫」
あらすじ
音が通う小学校で、学芸会の練習が行われる中、音の父・安隆が大阪への出張中に鉄道事故で亡くなるという知らせが入りました。子供を助けるために、安隆は事故に巻き込まれてしまったのです。
安隆の葬儀が終わり一週間が経ったころ。光子は安隆の遺灰を海にまきました。それは、墓の下の狭いところで眠るのはいやだと語っていた安隆の願いをかなえるためのものでした。遺灰のまかれた海に向かって音たち家族は手を合わせました。
音たち家族が悲しみに突き落とされる中、関内家はさらなるピンチに追い込まれました。陸軍の仕事を関内家に仲介していた打越が、契約の打ち切りをちらつかせながら光子に言い寄ってきたのです。
光子は取引先を次々と訪問しました。しかし、どこの取引先も、安隆が亡くなった後の関内家との取り引きを続けることに難色を示しました。そんな中、馬具職人の岩城も、仕事がなくなってしまったことを理由に去って行くのでした。
第6週 | 第7週 | 第8週 | 第9週 | 第10週
第11週 | 第12週 | 第13週 | 第14週
復習レビュー:コメントへの返信 by 朝蔵
馬具店廃業の危機と岩城さんの進退(たいとうみほさん:9回)
さすがの推測です。
本放送の時には逃げ出したようにしか見えませんでしたが、その後の岩城さんの人柄を知れば知るほど逃げ出したということは考えられない。
今後どこかで、岩城さんが逃げ出したかに見えたその背景が回収されるかも知れませんね。
突然の死は気持ちの整理が付かず(魁光さん:9回)
ブログ主の母の死は突然のことだったので残された関内一家の気持ちが痛いほどよくわかりました。
神崎さんが「自分なら帝と結婚する、かぐや姫の気持ちなんてわからない、できない」ここです(たいとうみほさん:9回)
投げやりな発言にも聞こえますが、考えようによっては役作りに真剣に取り組んだ末の疑問とも受け取れますね。
光子さんの「とっさに体が動いた」(魁光さん:9回)
この時点で、光子さんにとっては単なる事故死でなかったことはわずかな救いになったかも知れません。
岩城も一度は逃げちゃったんだよねえ(オペラ座の怪人さん:9回)
「逃げた」理由がこれから回収されるかもしれません。たいとうみほさんの推測コメントでそのように思いました。
関内家の台所にあった空色の瓶(魁光さん:9回)
そこには気がつきませんでした。
2回目ということもあり、何かネタがしこまれてないかと、小道具ばかり目で追っているのですが。
洗礼を受けているのはパパひとりだけ(知らんけどさん:9回)
安隆さんが教会に足を運ぶ場面は二度も描かれましたが、光子さんが教会に足を運ぶ場面はこれまで一度もないですね。
知らない人が見れば音ちゃんとの差が歴然に見える、そういう演技が出来る子(丹善人さん:9回)
本当は歌唱力があるのに、新人オーディションで微妙に歌が下手な役をやり切った熊ちゃんに通じるものがありますね。
「みんなで星影のエール キックオフ」も状況次第では,中止(延期)(文月さん:9回)
新型コロナに加えて大雨。九州の某県に住む知り合いも勤務先から自宅に帰れなかったと言ってました。受難の一年ですね。
キリシタンなのに閻魔様ガーとか幽霊の着ている服ガーとか(知らんけどさん:9回)
自助努力によって自分が世の中の役に立てるところを見出し、それによって自己承認欲求を満たして欲しいものです。
コロンブスレコード新人歌手の寅田君(還暦のたつおさん:9回)
良子ちゃんも寅田家の御曹司の熊ちゃんも良家の子女ですが、育てられ方はまったく異なるようですね。
環境の違い(偽君子さん:9回)
環境の違いといえば両家の家族の着ているものが全く異なりますね。古山家の両親は基本は和装。一方の関内家の両親は基本は洋装です。
予習レビュー
関内家がピンチです。
学芸会の竹取物語で音ちゃんが出演する日までには帰ってくると言って出張に行った安隆さんが亡くなってしまいまいた。
青天の霹靂とでも言うべき悲劇ですが、作劇上はこの出来事によって父・安隆さんの言葉が音ちゃんの胸に刻み込まれることになるのでしょうか。
父・安隆さんの言葉とは、学芸会でかぐや姫に選ばれなかった音ちゃんに対して、誰もが主役になれるわけではない。
脇役がいて主役が活かされるという意味の言葉です。
これから始まる物語の中で、音ちゃんは伴侶を主役に立てるという生き方に徹します。
しかもその生き方は、いわゆる内助の功的な役割ではなく、主役を陰で仕切るマネージャー的な役割です。
そんな生き方をある時期から選ぶことになる音ちゃんの心を、安隆さんの言葉が支え続けることになるのかもしれません。
というわけで、一家の大黒柱が突然亡くなったことで、関内家のドラマが動き始めました。
感想
喜田一以上の窮地の関内家
前回、幸せの絶頂期とでもいうべき描写があった関内家が一転、悲しみのどん底に落とされました。
しかも泣きっ面に蜂とはこのこと。
関内家の取引先はどこも、安隆さんが亡くなってから手のひらを返すような態度を光子さんに対してとるように。
安隆さんが存命中には、安隆さんにいい顔を見せていた打越さんも、下心見え見えの光子さんへのアプローチ。
しかも職人さんまで去って行ってしまう。
一人や二人、光子さんや関内家に温情をかける者がいても良さそうなものですが、そのような人が登場すると物語が複雑になってしまうので、ドラマの中では作劇上の都合から省略したものと思いたいです。
ところで、裕一くんの実家の喜多一も、経営難におちいっていますが、茂兵衛さんという切り札がある。
もちろん、その切り札は養子を出さなければならないという見返りが求められますが。
しかし、関内家には茂兵衛さんみたいな切り札がどうやらないらしい。なのでピンチの度合いは喜多一以上であるはず。
そんな中、平常心を保ち、気丈に振る舞う光子さんの姿に勇気づけられました。
追伸:今にして思えば、打越さんが安隆さんに対して、光子さんのことをほめる場面。あれは今回のフラグだったわけですね。
コメントへの返信 by 朝蔵
なんかこの週は音が主役ですね(アーモンドさん:10回)
前作『スカーレット』では、主人公の相手役の少年時代はセリフで説明されるだけで映像化はされませんでした。
本作は、主人公もその相手役も、子供時代をとても丁寧に描いてますね。
とりわけ朝ドラでの少年の友情の描写は、ブログ主にとってはこれがはじめての経験。なので、毎朝がとっても新鮮です。
裕一くんはじめ、福島の少年時代をいつまでも観ていたいくらいです。
音ちゃん自身だけでなく未来の夫を支える言葉(よるは去ったさん:8回)
脇役の努力が主役を活かすというお父さんの言葉とともに、音ちゃんと音ちゃんの未来のご主人の心を支える言葉になりそうですね。
音ちゃんのお父さん。そして、裕一くんの恩師の藤堂先生。この二人の珠玉の言葉の数々は、後に名言集として出版してほしいレベルです。
めでたし、めでたし(オペラ座の怪人さん:8回)
本作『エール』は、オペラ座の怪人さんが楽しんでおられる様子が伝わってきて、ブログ主にとってはそれが「めでたし、めでたし」です。
「スカーレット」を観た後(偽君子さん:4週)
『スカーレット』とは対照的に、ドラマの演出のメリハリの付け方が鮮明ですね。
また『スカーレット』では、描写が極限まで簡略化されるか省略された人生のビッグイベントをこれでもかというくらい力を込めた演出で描いているところも対照的です。
主役をやっていた人がしっかりと脇役を演じきれる人は素晴らしい(丹善人さん:8回)
朝ドラのドラマの世界が豊かなのは、他のドラマや映画で主役をつとめられるレベルの名優たちが脇役を演じきり主役を輝かせるところに理由の一つがあるのかもしれない。
丹善人さんのコメントを拝読しながら、そんなことを考えました。
ダブル主人公(ふーさん:8回)
ダブル主人公で思い出すのは『マッサン』ですが、主人公は家族関係まで丁寧に描かれたのに対してヒロインの家族はそれほど詳しく描かれることはありませんでした。
その点で本作『エール』はヒロインの家族や子供時代まで、主人公と同じくらい丁寧に描かれていて、名実ともにダブル主人公の朝ドラですね。
「パプリカ」はNHKのいろんなキッズ番組毎のバージョン(よるは去ったさん:7回)
キッズ番組にお詳しいですね!キッズ番組はほとんど観ないので、ブログ主は話についてゆけません(苦笑)
いよいよ「赤坂編」(ひるたまさん:『ひよっこ』)
もうそこまで進んでいるんですか!?
赤坂のあかね荘の人々、なつかしいですね。あかね荘の住人たちの中でも、ブログ主はとりわけ「永遠の25歳」早苗さんが大好きでした。
そして何と言っても、途中からあかね荘の住人になった愛子さんです。
当時としてはハイカラなメニューじゃないか!?(ひるたまさん:8回)
明治生まれ。しかも、東京のもっともにぎやかなエリアで生まれ育った祖父に聞かされました。大正から昭和のはじめにかけては、食生活も含めてとても豊かで明るい時代だったと。
なんか痛いところをつかれたような気分になるのかも(偽君子さん:4週)
この週は、プレッシャーの中での男性特有の心の動きがこれでもかというくらいに描かれますね。
第6週 | 第7週 | 第8週 | 第9週 | 第10週
第11週 | 第12週 | 第13週 | 第14週
神崎さんとのやり取り。「お父さんが亡くなっても平気で芝居ができるのか」「泣いていても仕方がない」これも後々を考えるとちょっとツボだな、と思いました。環先生が「子供が死にそうでも舞台に立てるのがプロ」と言ったのと幾分通じます。プライベートな事情に、仕事の場で左右されないのが舞台人なのだと。もちろん、学芸会での音ちゃんはプロじゃないし、学芸会は亡くなった当日ではないとの違いはありますが。身内の悲しみを舞台で乗り越える、という経験を、幼くしてしていたという事にもなりかもしれません。歌っている最中に涙を浮かべたのは、さすがに、環先生的にはNGでしょうが。
小学生や女学生が(吟ちゃんはそうでしょう)即座に契約書の存在など、普通は思いつかないでしょう。となると、考えられることはただ1つ。安隆パパが、娘達に対して「女子供には関係ない」「子供に言ってもわからない」などと言わずに、仕事内容やら契約の方法などを教えていたんでしょう。今は総サラリーマン化も相まって、親の仕事について子供に教えるなんて事はまずなくなったでしょう。だからこそ「職場見学」のようなテレビ番組やイベントが受けるんだなあ、と、妙な所で安隆パパの凄さを思いました。
岩城さんに関しての推測。
おそらくはお金を貯めて関内家に仕送りしようという
つもりだったのでは。匿名で。
緊急にお金が必要となるはずだから、すぐに行動に
移したように思えます。
「魔界転生」見ましたよ。沢田研二が天草四郎やっているのを
リアルタイムで。まあB級小説のB級映画って感想ですね。
別キャストで何度かドラマ化されてますが、もう見る気はまったく
起こらない。無知な作家と無知な監督が作った物としか
理解してませんが。それがどうしたのかな。どんな感想を
期待されてるのか。
古山家と関内家、どこで差がついた?とふと思ったのですが・・・まぁ環境の違いですかね(笑)。関内家の場合、軍隊にも縁のあるような比較的開けたところだったから、考えがアップデートされた感じだった。片や古山家は、どちらかといえば田舎町で(福島の方はお許しください)、保守的な空気が濃く、どうしても自己肯定感が上がらない人が多かった。まぁ、こんな感じですかね。
「あなたが、休んでいる間の私は練習したの。」この良子ちゃんの言葉に、音ちゃんが父親を亡くして、その忌引きで休んでいた事を知っているクラスメートたちは、憤慨しますが、良子ちゃんが言いたかったのは、音ちゃんが休んでいる間に必死になって練習しても、全然、音ちゃんとの差が縮まらない事への焦りと、練習すればするほど音ちゃんとの、才能、実力の差を思い知らされしまう絶望感でした。良子ちゃんは、良子ちゃんで、芝居とは別に、藤堂先生言うところの、人よりほんの少し努力するのがつらくなくて、ほんの少し簡単にできることを、芝居とは別に持っていたのかもしれません。ただ母親はそれを理解していなかったのかも。でも、小学生の女の子でさえ葛藤してた事をコロンブスレコード新人歌手の寅田君は、まったく理解することなく成人しちゃったのですね。愚かですね。
キリシタンなのに閻魔様ガーとか幽霊の着ている服ガーとか今だに呟いている方々って映画「魔界転生」観たらどんな感想を呟くんろね?
天草四郎も細川ガラシャもキリシタンなんだけど
先日の書き込みは,ちょっと,書き込みたいところと別のところに書き込んでしましました。失礼しました。
ここのところ,九州等の大雨で,NHKの予定の番組は,次々と中止され,ニュース・気象情報になっています。
7日の東北ローカルで流れる予定だった「星影のエール 福島colers ver.」は中止になりましたし,
8日からの「純情きらり」の再放送も延期になりそうな気配
9日のあさイチの番組企画や,夜の特番「みんなで星影のエール キックオフ」も状況次第では,中止(延期)になるんでしょうね
はやく,皆さんが,こころ安く,「エール」の話題を語らえるようになれば,,と願っています。
学芸会で最初のかぐや姫役の子、本当は主演ができるベテラン子役なのに、
劇練習でやる気が感じられないボソボソとした演技。知らない人が見れば
音ちゃんとの差が歴然に見える、そういう演技が出来る子だからの
抜擢なんでしょうね。この子の演技を朝ドラでもっと見たくなりました。
(春に公開予定だった映画「ステップ」も延期になってるし)
再放送で気づくこと
洗礼を受けているのはパパひとりだけ、ママと娘三人は無宗教派
根拠
①音楽を披露したり聴いたり目的で教会に音ちゃんは同行してるがあとは誰も同行していない
②散骨はキリスト教では推奨されていない
③パパの飲酒シーンがあったがキリスト教の教えに準じ酔っぱらってまではいない、音ちゃんはカフェ勤務時に酔っぱらって帰宅している
以上が根拠、食事前のお祈りはあくまでも家長のスタイルに合わせているだけ
かなり細かいネタですが…。
今日の後半の関内家の台所にあった空色の瓶ですが、スカーレットの序盤の常治さんが闇市で仕入れてきたお酒の瓶と全く同じものじゃないかと…。
1周目では全く気づきませんでした…。
経済状況が真逆な家庭で同じ小道具が使われるのは不思議な感覚になりましたね(笑)
岩城も一度は逃げちゃったんだよねえ。
ずっといれば、
ずっと薬師丸さんを支えていれば、
もっと良かったんだけど。
(/_\;) (/_\;) (/_\;)
おしまい
「父さんはなんで私たちを残して、人の子を助けたの?」
56話では10年を経て「今は誇らしいよ!」に変わった音ちゃんの晴れ晴れとした表情が忘れられません。
光子さんの「とっさに体が動いた」も長く一緒いたからこそ大事な夫の気持ちがよく分かっていたことがしっかり伝わってきました!
些細なシーンではありますが「お?」と注目したのが、神崎さんが「自分なら帝と結婚する、かぐや姫の気持ちなんてわからない、できない」ここです。大人になった音ちゃんは「椿姫の気持ちがイマイチピンと来ない」と考えた挙句に、役作りにカフェーでバイト始めるんでした。
突然の死は気持ちの整理が付かず、その実感が全くないのはよくわかります。
3月の志村さんの急死も家族ではありませんが、まさにそういう気持ちになりました。
志村どうぶつ園でのパンくん、プリンちゃんとの蔵出し映像を見るとまだ生きているような気分になります。
死去直後のドリフ特番で口数の少ない高木ブーさんが「志村は死なないの。ずっと生きてる」という発言が話題になりました。
今日の光子さんの「お父さんはいる。目には見えないけど、ずっとあなたたちのそばにいる」、なつぞらでの泰樹さんも「わしが死んでも悲しむな。天陽と同じじゃ。わしの魂もこの大地に染み込ませておる。寂しくなったらいつでも帰ってこい」
存在がなくてもその人との思い出は無くならず、生き続けているという発言はブーさん、光子さん、泰樹さんの言い方は違えど意味は全て一緒ですね。
安隆さん、泰樹さん、天陽くん、志村さん。いずれも偉大な人物はそれぞれの世の中でいつまでも語り継がれる存在になるでしょうね。
馬具店廃業の危機と岩城さんの進退。こんな所かなと見当をつけています。まず昨日の時点で「契約は済みました」と安隆さんが言っている、これは「来年度の契約」の話でしょう。そしてただの仲介者に過ぎない打越は調印現場に立ち会っていない。だから後で違約金云々が生きてくる。職人がやめたのは、まだ決定していない軍との解約を匂わせて打越氏が引き抜いたんでしょう。岩城さんは乗らなかったが、安隆さんと築いた城が第三者に荒らされ、憧れの奥さんがあのエロオヤジの囲い者にされると思い、自分の無力を詫びながら関内家を去った。その後、契約が有効であることがわかって、奥さんを守るべく岩城は真っ先にはせ参じた。契約が有効な1年(多分。官公庁は1年会計でしょう)で事業を立て直せれば関内家は大丈夫。他の職人は、岩城が「敵にしっぽ振った裏切り者」と追い返したんだろうと思っています。
本作、けっして悪くはないと思うんですが、やっぱりakによくある勢い任せというか「こまけぇこたぁいいんだよ!」な感じになってるのが、評価が分かれるでしょうね。身の回りに引き当てて、考えながら観るのが好きな人には引っかかりが結構あるかも。
スケベ心を露骨に出してきたヤス、家事が得意で男につくすブシムス小夏も怒ってるはず。今こそ出番だ、川俣銀行頭取の銀ちゃん!38年振りにヤスを階段から叩き落とせ!!
ひるたまさん
誕生日のメニューに関するアンサーです。
「きんぴらごぼう」「ちらし寿司」は武士の時代からございました。諸説ございますが、東郷平八郎がビーフシチューを食べたいとビーフシチュー自体を知らない料理人に説明した結果「全く違うものだか、これはこれで美味い」と定着したのが「肉ジャガ」ということですので明治時代には既にあったと思われます。「コロッケ」ですが、今作の現在は大正9年頃で『おしん』にておしんや源じいが当時流行っていた『コロッケの唄』を口ずさんでいた頃であり『ごちそうさん』に「スコッチエッグ」が出てきた頃ですので既にあったと思われます。
違和感があるのが、「オレンジジュース」です。オレンジジュースはまだ流通はされていない時代です。みかんを絞ったとも考えられますが、国産のみかんは黄色く海外産のような橙色にはならないと思われます。あの場面でオレンジジュースが出てきたのは、豊橋市に日本最大のオレンジ輸入加工会社があるからかもしれませんが、それは第二次世界大戦後の話になります。
いまのところ,出てくる子役,出てくる俳優を際立たせた気持ちいい展開に思います。
今のところ,タイトルクレジットは脚本について「原作 林宏司」となっていますが,彼のいいところがでてるのかな?ともおもいます。
再来週には,林さんが脚本から抜けるともきいていますので,この気持ちいい展開がどうなるのか少し不安なところもあります。
エールの劇伴。
控えめに思わさせておいて、盛り上げるところは徐々に音量を上げていくなど、うまく
使われているように思います。
ちょっと前に戻りますが、4話の最後で裕一少年が初めての曲をひらめくまでのシーン。
ゆったりとした伴奏で回想シーンが始まり、教会で聴いた音ちゃんの歌、川俣の町の音、
蓄音機で聴いた西洋音楽、ハーモニカの音色と融合しって盛り上げ、最後のひらめきに
結び付けたところ、こういったシーンではたびたび使われる手法ではありますが、
うまいと思いました。
なつぞらでは、劇伴に詞が付いて劇中(ソラの主題歌)に飛び込んだことに驚きましたが、
エールでは、劇中で裕一くんが聴いたり作ったりする曲が、印象的に使われていくのかな
と思いました。
コロナの影響で今日から在宅勤務です。
朝ドラを朝観られるのは良いですが、早く終息してもらいたいですね。
余談ながら、このかぐや姫の子。シングルファーザーの映画「ステップ」で、
小学校低学年を演じる白鳥玉季の後を継いで小学校卒業までを演じている
らしいです。
お父さんの遺骨は千の風になって散っていきました。逆にいつでもそばに
いるというメッセージかも。
経営者が亡くなって社内には誰も引き継ぐ者がいない。誰か片腕となって
一緒に動いている人がいれば違ったのでしょうが。ああいう仕事内容だと
そこまでまわれなかったのでしょうね。今までまったく関わっていなかった
奥さんが引き継がざるを得ないというのは、取引先でも不安材料でしょう。
やりたかったのに主役を出来なかった子も入れば、やりたくなかったのに
主役にさせられた子もいる。服装からして当時の身分差別がはっきりして
いますが、現代のモンペと内容的には少しも変わっていない。
この子がその後どうなるのか、まったく知りませんが。
あちゃ~
お父様、死んじゃったかあ。
嫌な予感はしたんだよな。
光石さんは、私としては、
皮肉・嫌みを言う役が多かったような気がしますが、
エールでは、とっても良いお父様、だったのに、
残念です。
(/_\;) (/_\;) (/_\;)
で、職人さんが女将さんを盛り立てて、
な~んてこともなく、去っていく。
( ̄▽ ̄;) ( ̄~ ̄;) ( ̄□ ̄;)!!
恩人さんも薬師丸さんに色目を使っていたけど、
職人さんのいない会社には興味がない?
あるいは、薬師丸さんをお妾さんにしよう、なんて、
企んでいるのかしら?
ι(`ロ´)ノ ι(`ロ´)ノ ι(`ロ´)ノ
どうなる、音!?
おしまい
金助「女子供に出来るほど・・・・・・商売は甘くないに・・・・・・・。」
吟「職人さんが辞めた・・・・みんな・・・・・・。
新平「職人は仕事がなければ食って行かれん・・・・・・。」
この現実に一家はどう立ち向かって行くかが明日以降の展開なんでしょうね。
光子「かなり・・・・・まず・・・・・い・・・・・。」
光子母さんが見せた「笑顔」は娘の手前深刻な顔は見せまいという想いからでしょうか、それともどんなに辛い現実にあってもこの娘たちそばにいる限り笑顔は絶やすことはあるまいという想いからでしょうか。
光子「あの娘たちを守ります・・・・・・。」
と夫の遺影に誓ったように。