朝ドラ ちりとてちん あらすじ,感想 87話【再放送】

連続テレビ小説(朝ドラ)『ちりとてちん』
初回放送:2008年1月15日(火)放送
再々放送:2014年1月21日(火)放送
第16週 第87話 「人のふり見て我が塗り直せ」

『ちりとてちん』第16週 第87回

小浜の実家までやって来た喜代美が一緒に大阪に帰ってほしいと頭を下げても、草々は首をタテに振ろうとはしません。喜代美の故郷で喜代美のことをもっとわかりたい。喜代美が自分の思うような女性でないとわかったらその時は別れると草々は告げました。

一方で草々と正典は心を通い合わせていました。草々は正典から塗り箸を教わり、塗り箸は落語に通じるものがあると正典に言いました。一方の正典は、自分は正太郎のような塗り箸職人になれるか不安だと草々に打ち明けました。

そんな中で正平は、喜代美に草々との小浜観光を勧めました。故郷を一緒に歩くだけで草々と仲直りできるかも知れない。そんな期待を胸に、草々とピクニックに出かける朝、順子がいつになく思い詰めた顔をして喜代美を訪ねてきました。

順子は喜代美に何か言いたげでした。しかし喜代美が草々と出かけると知って順子は帰ってしまいました。寂しそうな順子の後ろ姿に何かを察した喜代美は、ピクニックを中止にすると順子を追って走って行くのでした。

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『ちりとてちん』第16週 第87回
「人のふり見て我が塗り直せ」感想

塗箸と落語、分野は異なりますがそれぞれ「道」を追求する正典と草々には共有できる価値があるんですね。二人の求道者が共有している価値、草々が今回語った言葉をまとめてみました。

 塗り箸は塗り重ねたものしか出てこないから、落語の良い修行になる 
 どれだけ稽古を積んだのか、どんな稽古を積んだのか 
 そして、何を考えて毎日を生きてるのか
 そういうものが落語に出る 
 故に毎日一所懸命生きていかなければならない
 一所懸命生きてさえいたら、
 この塗り箸みたいに綺麗な人の心を打つ落語ができる

塗箸がつくられる工程は、「塗る」ことと「研ぐ」こと、大きく分けて二つの工程に分けられるんじゃないでしょうか。

草々の語った落語哲学の言葉を、この「塗る」と「研ぐ」に分けてみると、

 「塗る」何を考えて毎日を生きてるのか
 「研ぐ」稽古、一所懸命生きる

ひらたく言えば、

 「塗る」経験
 「研ぐ」努力

こうなるかと。努力しなくても経験はできる。経験の蓄積のない努力は浅い。経験と努力、「塗る」と「研ぐ」は車の両輪。

正典がかつて「塗る」工程と「研ぐ」工程を、お互いに関連を持たないそれぞれ独立した工程と捉え、外注化を正太郎おじいちゃんに勧めてましたね。

今回の、秀臣のもとで塗箸の修行をしていた頃の正典の回想場面でも「なんで親父は、塗りから研ぎまで一人でやることにこだわったのか」と疑問を口にしていました。

実は僕も『ちりとてちん』を見始めた頃は、正典の外注化の提案こそが最もな考え方で、それに反対する正太郎おじいちゃんを頭の固い人だと思ってました。

そんな外注化を否定する考え方について、正太郎おじいちゃんのそばにずっといた秀臣が「塗った者にしか中身がわからないからですよ」と説明してくれましたが、やっと外注化が不可であることが、この期に及んで僕も理解できました。

工芸品など見ていて感心はすれども感動はしない作品が時折ありますが、そういうのって何が塗込められているのはわからないまま研いだ人の作ったものだったのかも知れません。

研ぐ技術も稽古を積めばいっぱしの技術は身に付くでしょうが、何が塗込められているのかがわからなければ、それを一番奇麗に研ぎだすことは無理ですからね。

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