勇助が初高座を辞退する /『ちりとてちん』131話

連続テレビ小説(朝ドラ)『ちりとてちん』
初回放送:2008年3月6日(木)放送
再々放送:2014年3月13日(木)放送
第23週 第131話 「終わりよければ滑ってよし」

『ちりとてちん』第23週 第131回
「終わりよければ滑ってよし」あらすじ

大阪に出て来た正平が自分の気持ちを小次郎に打ち明けました。秀臣の塗箸への思いを聞かされた正平はいい加減な気持ちで塗箸づくりを続ける訳にはゆかないと考えたのです。話を聞いた小次郎は正平の味方になると約束しました。

一方、小草若の『はてなの茶碗』の稽古をかされた四草が言いました。小草若が『はてなの茶碗』にこだわるのは、草々が手を出していないネタのため比べられずに済むとからではないか。そんな算段をしているうちは小さな草若のままだと。

その頃、小浜の喜代美の実家では、正典が塗箸をつくっているところにA子が訪ねてきました。正典はA子に塗り箸と人の生き様の言葉を語って聞かせました。悩んだことも奇麗な模様になって出て来ると。その言葉にA子は心を動かされました。

居酒屋・寝床で磯七は徒然亭一門に尋ねました。勇助の芸名をどうするつもりなのかと。喜代美が勇助にどんな名前がいいのか尋ねると、勇助は突然、高座には上がるのが怖いと言いだすのでした。

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『ちりとてちん』第23週 第131回
「終わりよければ滑ってよし」感想

正平が塗箸づくりを継げないと何故いきなり言いだしたのかその理由がわかりました。秀臣が語った塗箸への真剣な思いを聞かされ、いい加減な気持ちで続けることはできないと考えていたんですね。これも父親の気持ちを想った末に決断でしょう。

その気がなくても生来の器用な手先で正典を驚かすような塗箸をつくれてしまう正平に、小次郎が言った一言はなかなか鋭いものでした。「正平が何でもできて羨ましい、でも何でも出来るのは不自由なことがあるかも知れない」

誰に似たのかフウテンの小次郎ですが、鋭い洞察力は両親から受け継いでいるようです。自分はいつも正平の味方、宝くじをあてて留学でも何でもさせてやると頼もしい叔父さんではありますが、未だに「どねえかして、正平の塗箸で千両の大儲けできないものか」

小次郎が夢見る千両の大儲けへの更なる展開の元ネタとなる落語『はてなの茶碗』の稽古をしている小草若。四草があいかわらず本質を突いた言葉をオブラートで包まず、鋭利な言葉のまま小草若に投げかけました。

「『はてなの茶碗』を今の小草若が演じたところで一文の値打ちもない。『はてなの茶碗』にこだわっているのは、草々が手を出していない大ネタだから。『愛宕山』なら比べられてしまう。そんなせこい算段ばかりしているから、いつまで経っても小さい草若のまま」

一方の小浜の実家では、塗箸工房で働く正典のもとにA子が訪ねてきました。先日の秀臣のお礼を言いに来たようですが、そこで思いがけず聞かされることになった塗箸哲学。すべての経験は奇麗な模様になっていつか出て来る。

繰り返し物語に登場し続けた「人間は箸と同じ・・・」ではじまる塗箸哲学ですが、思えばA子がこの哲学に触れるのはこれが初めてですね。正太郎から受け継がれた哲学、そして喜代美が勇助の初高座祝いに贈る箸に込めた願い。

「厳しい修行も緊張して望んだ初高座も、みんないい落語家になるための経験やいうこと、この塗箸を見る度に思い出してほしい」これらの言葉をA子は神妙な面持ちで聞いていましたが、自分の挫折の経験を塗箸哲学に重ね合わせていたのでしょうか。

A子の再生を願ってやみません。

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