喜代美最後の高座を宣言 /『ちりとてちん』150話

連続テレビ小説(朝ドラ)『ちりとてちん』
初回放送:2008年3月28日(金)放送
再々放送:2014年4月4日(金)放送
第26週 第150話 「笑う一門には福来る」

『ちりとてちん』第26週 第150回
「笑う一門には福来る」あらすじ

体調が回復した喜代美の高座への出番が決まりました。奇しくもその日は正太郎の命日でした。喜代美の家族や秀臣とA子らも見守る中、祖父の言葉「悩んだことも落ち込んだことも綺麗な模様になって出てくる」を胸に、喜代美は高座に上がりました。

子供の頃から何度も聞いた落語『愛宕山』を演じながら思い出すのは子供の頃の母との思い出の日々でした。落ち込んだ喜代美にいつも笑いで励ましてくれた母の姿が『愛宕山』の話しと重なってゆきます。

高座で拍手を浴びる喜代美は突然、これが最後の高座になることを宣言し、集まった観客を驚かせました。その日の演目が全て終わり、楽屋には喜代美の突然の宣言が理解できない徒然亭一門や家族が顔を揃えていました。

喜代美は面々に本心を説明しました。自分のなりたいものが見つかったのだ、と。そして、それが何なのかを糸子に向かって語り始めました。「お腹にいる時から大事に大事にしてくれてありがとう。私、お母ちゃんみたいになりたい。」

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『ちりとてちん』第26週 第150回
「笑う一門には福来る」感想

「お母ちゃん、ごめんな」

喜代美、というか「B子」の心の中にずっとあった重荷は学園祭での失敗ではなく、家を飛び出して行く直前に母・糸子に放った一言「お母ちゃんみたいになりたくないの」だったとは・・・。

劇中で学園祭の悔しい過去は何度も出て来たものの「お母ちゃんみたいになりたくないの」は僕の記憶している限り一回しか回想されなかったような。

もしかすると、喜代美も自分ではっきり自覚していなかった。だから「違和感」を感じてもそれを言葉に出来なかったんでしょうか。

その「違和感」がはっきりした瞬間、今から考えると劇中の演出でそれとはっきりわかるのは「ひぐらし亭」オープン初日で口上を述べる一門に照明を当てる場面。

学園祭の悔しい過去がこの時も出て来ますが、それは打ち消され「お母ちゃん」の大写しカットがスローモーションとなる時、あのスローモーションが喜代美の違和感が「なりたいもの」にはっきりした瞬間だったんですね。

また、これは『ちりとてちん』の話しではないのですが、ソフィア・コッポラ監督作品のどの映画だったか失念しましたが、主演男優がヒロインに語るある言葉を思い出しました。

かつて男に初の子供が出来た時のことを「自分の人生で初めて自分より大切な存在が出来た瞬間」という意味の言葉を口にしたのですが、喜代美も妊娠で似たような気持ちになったのかもですね。

自分より存在が出来たという経験した時、母の糸子がお腹の中の喜代美を母の糸子自身よりも「大事に大事にしてくれていた」ことをはっきり覚ったんでしょうね。

「あの頃、私、「お母ちゃん」という仕事はしょうもないと思っていた、なんてつまらん脇役人生だと。けど、ほやなかったんやね、お母ちゃんが太陽みたいに毎日毎日周りを照らす、それだどれだけ素敵かわかった、どれだけ豊かな人生かわかった」

「お母ちゃん、ありがとう。ずっとずっと、お腹にいる時から大事に大事にしてくれてありがとう。私、お母ちゃんみたいになりたい。私、お母ちゃんみたいになりたいんや」

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