慰問で戦地へ旅立つ裕一 / エール 第85回

2020年10月9日(金)第17週「歌の力」

あらすじ

報国音楽協会に足を運んだ裕一は、協会からある依頼を受けました。その依頼とは戦地に赴き慰問活動に参加するというものでした。依頼を引き受けた裕一が自宅に帰ると、裕一の帰宅を待ち受けていた鉄男が慰問活動への参加を反対しました。

鉄男は裕一に告げました。今の前線は裕一が想像している以上に危険な状態にあることを。しかし鉄男の忠告に裕一は耳を貸しませんでした。鉄男の忠告に対して裕一は言いました。そんな時だからこそ歌は力になるのだと。

その一ヶ月後。前線での慰問活動への出発の命令が裕一にくだりました。出発の日は5日後でした。しかし行き先がどこかは軍の機密事項のため裕一は知らされませんでした。帰宅した裕一はそのことを音に告げました。

そんな中、福島の実家から電報が届きました。まさが倒れたという知らせでした。裕一は出発の延期を願い出るものの聞き入られませんでした。そして迎えた出発の日。裕一は音に手紙を残すと戦地へと旅立って行くのでした。

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予習レビュー

『エール』放送再開前の特番で裕一くんが戦場で逃げまどう映像が挿入されていましたが、その場面が間も無く登場します。

裕一くんが慰問活動のために戦地に派遣されることが決まりました。

裕一くんは戦地での慰問活動の依頼を引き受けますが、その決断に対して大将は反対します。

新聞記者の大将は職業がら戦場の実態を裕一くんよりは詳しく知っていたはず。

一方の裕一くんが知っている戦場の実態は正確な状態ではないことは十分に考えられます。

しかし裕一くんの耳には大将の忠告は入ってこない・・・

この裕一くんの前のめり過ぎる姿勢は、次週の前半により鮮明に描かれます。

そしてこの前のめり姿勢がその後の裕一くんの苦悩へとつながってゆきます。

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コメントへの返信 by 朝蔵

鉄男くんは最後通告(魁光さん)
危険だから行くなという言い方は今の裕一くんの耳には入らないでしょうね。応援した結果どうなるか考えてみろ、くらい踏み込んだら少しは我に帰るのかもしれません。

歌が力になる!?(オペラ座の怪人さん)
戦略と戦術が機能していれば歌は力になるのでしょう。ほとんどの国の軍隊には音楽隊がありますからね。

裕一「音楽は力になる・・・・・・・・。」(よるは去ったさん)
中世ヨーロッパの戦争が描かれた映画では、軍隊に付属する音楽隊が太鼓を鳴らして兵士を鼓舞しながら進軍する場面がよくありますね。

戦争加担派の心理がよく描かれている(魁光さん)
反戦系ドラマや映画の大半や、悪辣な潜協力者が突然湧いて出てくるような描写ばかりで、人々がどこから間違ったのかが不明瞭でした。

本作は普通の人が自分でも気がつかないうちに道を踏み外す過程の描写が怖いくらいです。

大将の方が伝聞とは言えずっと真実に接している(たいとうみほさん)
職業柄、大将の周囲には従軍記者の経験がある人が一人や二人はいるでしょうからね。

それが来週訪れるのかと思うと…。(魁光さん)
来週、裕一くんの心はついに折れてしまいますね。そして3週間後には同じく心が折れた状態であの人も再登場します。あの人は、ここでは伏せておきます。

やっぱり、小山田先生(還暦のたつおさん)
志村けんさんが存命なら、裕一くんを慰問に向かわせるよう部下に指示する腹黒い場面が描かれていたのかもしれませんね。

または裕一くんへの伝言をニタニタしながら部下に書かせる場面とか・・・

愛妻家ならではの自戒です(丹善人さん)
預かった夢を育てて返す日。それは最終週あたりで描かれることになるのでしょうか。その日が待ち遠しいです。

学術それ自体は善でも悪でもない、使い方です(たいとうみほさん)
インターネットも軍事技術の払い下げ品みたいなものですからね。人を殺す技術のインターネットを使うのは胸が痛むと考える人はほとんどいないでしょう。

戦争に負けたら皆殺しにされる、植民地にされる(たいとうみほさん)
敗戦の経験が乏しかったということもあるかもしれませんね。ヨーロッパの歴史は戦争の歴史なので敗戦の経験が豊富なので、その点で強いですね。

お母さんはチエカジウラさん(ふー#さん:『おちょやん』)
杉咲花さんのことはよく知らなかったので興味深く拝見しました。情報提供ありがとうございます!

「お父さんのせいで弘哉くんは…」(ともあきさん)
この展開だけは避けてほしいですね。究極の父娘の確執。解決できないかもしれません。

日本の軍歌って、時代を超えて歌い継がれているものは厭戦的なものが多いです。(ふー#さん)
そうですね。一方、国によっては国家が日本の軍歌以上に好戦的なんてところもありますね。

今年は、古関裕而イヤーになる予定でしたよね(さやさん:20週)
今年の夏は、リアルの東京オリンピックと甲子園大会。そしてドラマの中の裕一くんの物語。二つの相乗効果で思い出に残る夏になるはずでした。(涙)

やはり、小山田先生だったようですね(ずんこさん)
音楽挺身隊の名簿の中に「古山」の二文字を見つけたとき、この手であの男を音楽界から排除できるかも。そう考えたのかもしれませんね。

「雲が湧く」「雲は湧き」(たいとうみほさん)
この共通点にまったく気が付きませんでした。「雲が湧く」を聴いて散った若者たちへの鎮魂のようですね。「雲は湧き」は。

GHQの検閲(知らんけどさん)
GHQの検閲は、ときに戦時中の検閲以上にたちの悪いものもあったみたいですね。手元にあるとある著書には、思い込みによる言いがかりのGHQの検閲で苦しめられらた当時の体験が記されています。

ドラマほどに戦争を引きずった様には見えない(丹善人さん)
ドラマでは一年も立ち直れないようなことになってますからね。戦後の苦悩を際立たせるための戦時中の前のめりな姿勢であったようです。

『アルキメデスの大戦』(知らんけどさん)
『アルキメデスの大戦』は映画を観ました。映画の中で「インパール作戦の責任者」のことが触れられていたかどうか記憶がありません。

弘哉くんが華に最後のドロップを手渡すシーンは(計算され過ぎだが)切ない(boxster981さん)
わかる人にはわかりやす過ぎるほどの小道具ですね。一粒だけドロップが残ったブリキの缶。あの名作アニメを思い出さずにはいられません。

愛する娘にお父さんの曲のせいで(ちーぼーさん)
華ちゃんがお父さんに対してこのような感情を抱いてしまったら、そう簡単には父と娘の関係は修復できないでしょうね。そのような展開になりませんように。

原作は「ヤングマガジン」にてまだ続いています(知らんけどさん)
『アルキメデスの大戦』には、まだ続きがあるんですか!?情報提供ありがとうございます!

死にに行ったはずなのに、なぜ自分は生きて帰ってきたのかという(丹善人さん)
亡霊になって再登場を果たした方も同じ苦悩を抱えていましたね。

音と本物の親子と見まがうくらい似てるとと思うことがある(boxster981さん)
主要キャラの子役ちゃんたちも成長後の役者さんに似た子を起用しているような気がします。

怪我で甲子園出場を断念した作詞家(mitoさん)
ブログ主も、早稲田の応援団長の高校時代の親友のことを思い出していました。

志村けんさんが生きておられたら、ひょっとしてこういう展開(還暦のたつおさん)
裕一くんと小山田先生の関係は『アマデウス』のモーツァルトとサリエリの関係にそっくりですが、小山田先生というキャラもどこかサリエリに通じるところがあります。

還暦のたつおさんのご高察のとおり『アマデウス』へのオマージュのような展開が描かれていたかもしれません。


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感想

戦争が終わったらもう一度夢の続きを始めましょう

戦争に前のめり気味だった裕一くんがこれまで口にしなかった本心が、音ちゃんへの手紙を通して初めて明かされました。

戦地で戦っている人をこの目で見て応援したい。

これまで五郎ちゃんや大将、そして音ちゃんに語り続けていた気持ちを改めて手紙を書いたのと同時に、誰にも口にしなかった本心が手紙には記されていました。

音ちゃんと二人で一緒に音楽の夢を追うはずだったのに、どうしてこんなことになってしまったのか。

裕一くん、時代の空気に染まっているように見えて、実は自分が時代に翻弄されていることに苦悩していたんですね。

あるいはその苦悩から目をそらしていたのかもしれません。

さて、次週はついに終戦を迎えます。

終戦で明るい時代の物語が展開するのかと思いきや、終戦直後は裕一くんの最も深い苦悩が描かれる見通しです。

しばらく重く苦しい物語が展開しそうです。

早く「もう一度夢の続きを始め」られますように。

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コメント

  1. 還暦のたつお より:

    裕一と、小山田先生の関係は「アマデウス」でのモーツァルトとサリエリの関係を連想させます。サリエリは、一度モーツアルトを殺そうとしますが、モーツアルトの遺作を共同で、作曲したことで、モーツァルトの才能をあらてめて認めて和解します。志村けんさんが生きておられたら、ひょっとしてこういう展開になったのではないかという気がします。
    また、「紺碧の空」と「若鷲の歌」は、曲の完成に至るプロセスがよく似ています。多分、制作側は、意図的に史実をベースにしつつ。この二つの曲を対比させたとおもわれます。両方とも、裕一の運命を変えてしまったという点で。「紺碧の空」は、裕一に成功の足掛かりをもたらし、「若鷲の歌」は裕一に苦悩と悔悟をもたらします。

  2. boxster981 より:

    本編ではテーマ「歌の力」に沿って記述しその他のエピソード、とりわけほっこりとした話に触れる余裕がなかった。サマリーではそこを補足したい。まずは五郎ちゃんと梅、7年越しの結婚おめでとう!歌にはリラックス効果があることが科学的に証明されている。薬師丸母さんと岩城さんのの演技も光っていた。三隅氏(正名僕蔵さん)も前半の古舘さんと並ぶ好演。比べて濱名中佐の印象は役の重要度に比べ弱い。五郎が裕一に抱き着いて転びそうになる時華が小さな体で五郎を支えている。また五郎はシリアスなシーンでも存在感を示した。
     
    裕一、五郎の最後の作曲を編曲して渡す。五郎、例え人と馬を守るためであっても馬具を軍に納める仕事に時どき胸が苦しくなる。先生には戦争に協力するような歌を作って欲しくない。先生には人を幸せにする音楽を作って欲しい。(僕の曲は人を幸せにしていないかな?)先生の歌を聞いて軍に志願した若者がたくさんいる。戦争に行く人が増えれば無駄に死ぬ人が増えるだけです!!五郎の訴えは現在の視点から見ても真っ当な意見だ。宗教の啓示は受けているとはいえ当時の進歩的知識人の意見と大差ない。誤解しないで欲しいが五郎は作者の分身である。作者が知識人である梅が語るより説得力を高めるために五郎というキャラクターをこのように設定し裕一に対峙させている。
     
    五郎は現状も何も考えないで「戦わなければいいんです」と言った訳ではない。作者が意図を持って五郎に言わしめているのだ。「悲しいけれどこれが戦争なのだ」と流されてはいけない、と警告しているかのようだ。軍歌と「歌の力」及び戦争協力について多数の意見が寄せられているが、多くは誤解しているか一面から見た意見と思えるのが残念だ。聴覚は視覚と同様に感覚として脳に直結し人の感情や行動を左右する。時として論理的思考や判断よりも優先する。音楽のこの点を利用する勢力は政治的にも商業的にも数多く存在している。だから表現者には利用されて欲しくないしそれを認識するものさしとして倫理観が必要なわけだが、残念ながらこの時期の裕一に倫理観があったようには描かれていない。
     
    命を無駄と言うな!!!
     
    作者はその叫びで裕一に白状させている。明確な倫理観さえあればそのものさしに照らして無駄な命とそうでない命(というか生き様)が明確になるものだ。感情が爆発するくらい裕一は解っていないという演出で描かれたこのシーンだけでとても深いドラマになっていると思う。
     
    流れであまりほっこりでもなくなってしまった。現在の華役の根本真陽ちゃん、カメラアングルによっては音と本物の親子と見まがうくらい似てるとと思うことがある。82回の膝抱っこのシーンは語られたセリフの内容と共に記憶に残る名シーンだった。サマリーとしては省略されてしまったが動画としてもスチールとしても美しいし、今週はこの時の音のセリフと最後の裕一の置手紙が見事な対をなしている。さすがに吉田さん、うまいなぁ!

  3. 丹善人 より:

    裕一は、みんなが直接戦場に行っているのに、なぜ自分は行かないのかという
    苦悩を抱えていますが、ちょうどその反対で、死にに行ったはずなのに、
    なぜ自分は生きて帰ってきたのかという、戦後の苦悩を抱える立場として
    あの人の存在理由があるんですね。ネタバレになるので誰とは言いませんが。

  4. ちーぼー より:

    今更な感想だし、他の方もおっしゃっていましたが、愛する娘にお父さんの曲のせいで自分の好きな人が予科練に入って死んでしまったと責められることを恐れています。娘の後ろには、日本中の自分を責める人々がいて、みんなが自分を憎んでいるのではないか…裕一くんがそう考えても不思議ではありません。
    「エール」の最初、裕一くんは何をそんなに苦しんでいるんだろう、大げさじゃないの、と思ったこともありましたが、その苦しみのリアルさを感じるようになっています。

  5. boxster981 より:

    今週は吉田さんの脚本らしい。一気見にも自ずと気合が入る。テーマは「歌の力」!
    人は歌を歌うと自然と元気が出る。また心をひとつに束ねる力がある。応援歌が歌われるのはそのためであり、古来より苦しい労働の時歌われる労働歌なるものもあった。CMもCF(映像)よりもコマソンの方が時に強い浸透力を持ち長く記憶に残ることがよくある。聴覚が人間が生まれる前(胎内)から息を引き取る間際まで一番長く働いている感覚だということと関係があるかもしれない。
     
    裕一は自身の徴兵を想定していなかったようだ。音は何かの間違いだと吟に相談に行くが智彦が出征中では無理だろう。まだしも廿日市氏に相談に行くのが有望だったと思うがそちらに向かわなかったのは三隅の出番をつくるためか?馬具を納める五郎には招集免除があるらしきことが描かれ、三隅は首尾よく会社のコネで裕一の即日招集解除を勝ち取ってくる。
     
    召集解除になった裕一は複雑な気持ちを持つ。映画の主題歌、若鷲のうたに普段以上に没頭する。歌詞の最後が気に入らないのも、予科練に体験入隊するのも、長調短調2曲作るのも史実通りではあるが、後ろめたい気持ちの反動であるという演出になっていて、ご丁寧にも言葉でも音に語らせている。後ろめたい気持ちが戦意高揚に向かわせるというのが、今週、来週そして戦後を繋ぐ重要な伏線でもあるから念には念が入れられているのだろう。
     
    風間という練習生の話に取材した短調の曲が練習生達の決で圧倒的に支持され、映画もレコードも大ヒットする。それが多くの若者を志願して戦場に送り出す結果に!皮肉でも何でもない、濱名中佐の言葉を待たずとも、歌には人の心を奮い立たせる力、心をひとつにする力があるのだから。そして身近な人、弘哉くんが予科練に合格しその報告に訪れる。裕一の贈ったハーモニカを携えて…。
     
    予科練は紛れもなくあの時代の少年たちの憧れだ。実際最先端の兵器を扱うのだから並外れた知力も体力も必要とする狭き門だった。華が素直に感嘆したのはガンダムやエヴァンゲリオンのパイロットを崇拝するのに近い気持ちだろう。しかし母トキコや音は複雑な思いを隠せない。
     
    弘哉くんが華に最後のドロップを手渡すシーンは(計算され過ぎだが)切ない。華が「弘哉くん元気でね」としか言えない演出もカメラワークや若鷲のうたのBGMと響き合って作者とスタッフの心血が注がれている。歌にはもう一つ忘れてはならない力があって、それは失恋歌に代表される癒しである。やや先走るが戦後は後ろめたい気持ちが戦意高揚へ向かう今週の話からある種の後悔(来週)を経て癒しへと転換する魂の浄化が描かれ、戦争歌自体も鎮魂歌へと昇華して歌い継がれていくオチなのではないだろうか!?
     
    以下は願望でしかないが、自分がシナリオ書くとしたら風間練習生と弘哉くんを同じ機体に乗せたい。2人乗り、3人乗りの特攻機も少なくなかったと聞くし、弘哉くんの経験年数から操縦はまだ難しいと思う。二人は予科練や基地で親交があり互いの家庭の事情を話している。風間は出撃はするが機体不調で引き返し不時着、その時自分は命を落とすが弘哉くんを助ける。弘哉が持っていたハーモニカを見て生きようとし、音楽で米兵と交流するのは「歌の力」の隠し玉だ。風間練習生が役名付きで登場したことと、ハーモニカが大写しになったこと、トキコも弘哉の死を実際に見てはいないことで妄想が膨らんだ。

  6. 丹善人 より:

    史実としての古関裕而氏は何度も戦地に行ってるし、戦後わずか2ヶ月で活動再開
    しているから、ドラマほどに戦争を引きずった様には見えない。なので、ドラマでは
    小山田先生を一人悪者として、裕一を追い込んでいったように脚本化したのでしょう。
    志村けんさんご存命なら、あれやこれやと裕一を邪魔する場面があったかもしれません。

  7. 知らんけど より:

    コメントに反応します

    戦後に厭戦的な曲が残っている背景に
    ・戦後GHQによる検閲の影響
    ・大戦末期には作詞家が作った歌詞を無断で軍部が書き換えたり大量生産を強要され作曲家も突貫作業になり質が落ちた
    という背景もあります
    因みにGHQの検閲は戦後の曲にもかなり影響を及ぼしていて、『長崎の鐘』は検閲通過のために敢えて原爆というワードを入れていませんし、『星の流れ』という曲は元々『こんな女に誰がした』というタイトルだったのを変更されています

    ただ、例外もあると思います
    『エール』を見ていない方に「軍歌といえば?」と聞けば「貴様とお~れと~は同期のさくら~♪」が一番多くなると思います、好戦的な曲です

    最後に宇宙戦争をアイドル歌手が曲で止めるマニメのコメントに便乗した反応致します
    その80年代に流行ったアニメ以上に流行り80年代代表作品だったイデオロギー闘争を描いた宇宙戦争アニメの名セリフ「悲しいけど、これ戦争なのよね」、この一言が戦争というものを表現していると思います、命を無駄扱いし「戦わなければいいんです」と五郎が現状も何も考えないで発したセリフとは違い過ぎます

  8. たいとうみほ より:

    「若鷲の歌」の1番の終わりは「雲が湧く」。「栄冠は君に輝く」の出だしが「雲は湧き」。共に曲の対象は10代の男子。このほぼ同じ言葉に、裕一君は(あるいは実際の)古関氏はどんな雲を思い浮かべながら作っていたのかな、そんな思いがよぎりました。片や軍国少年の決意、片や戦後の青春を謳歌。片や飛行機から見る、地上を覆い隠す雲。片や大地から見上げる青空の中の雲。雲そのものはどんな時代でも場所と気象条件が一緒なら同じようなものが出る、しかし雲を見つめる時に、人がその姿に何を託すかは大違い。この2つの歌にそんな対比を感じます。

  9. ずんこ より:

    やはり、小山田先生だったようですね。

    先週の、音楽挺身隊の名簿に音ちゃんの名前を見つけた時の、小山田先生の思わせぶりなカット。
    あれが何を意味するのだろうと、ずっと思っていました。
    あの時小山田先生の中で、音楽挺身隊…音楽による慰問と裕一くんとが結びついたのかなと思いました。

  10. ふー# より:

    日本の軍歌って、時代を超えて歌い継がれているものは厭戦的なものが多いです。「戦友」「雪の進軍」は一時、歌わないようにというお達しが出たそうですが、兵士が歌うのは止められなかった。
     
    「露営の歌」にしても、「進軍ラッパ聞く度に瞼に浮かぶ母の顔」でしょ。出だしだけです。威勢が良いのは。母の顔が思い浮かんだら死にたくないでしょ。
     
    歌を戦争の道具にしようという動きがあっても、現場ではそうでもなかったりします。
     
    ところが。1980年代に入ると日本では、アイドル歌手の歌声が宇宙戦争をやめさせるというアニメがヒットします。時代は変わる。
    面白いですね。

  11. ともあき より:

    自分の知っている裕一君の曲は『モスラの歌』と『栄冠は君に輝く』です。
    これには楽しさの記憶しかない。
    そして、神が与えた才能によって罪の意識を感じることは才能の無い自分には経験のないことです。
    素晴らしいと思った曲の為に何万人の若者の命が犠牲になる。
    戦争が終わったら「この曲のせいで息子は…。」「この歌に見送られて父は、夫は…。」
    という今までと正反対の国民の声も聞こえたのかもしれません。
    もしそんなことがあったら辛すぎます、普段が鈍感な裕一くんなのですからはっきりと面と向かって悪意をぶつけられたらどんなことになるか。
    一番自分が恐れているのは、華ちゃんです。
    華ちゃんから裕一君に「お父さんのせいで弘哉くんは…」だけは絶対にありませんように!

  12. たいとうみほ より:

    コロナでよく言われるのが「正しく怖がる」ですが、私見ですが戦時中の日本は、トップも一般庶民も、敗戦を「正しく怖がっていなかった」のではと、最近の番組感想を見て思えてきました。つまり、戦争に負けたら皆殺しにされる、植民地にされる、との、必要以上の恐怖が先に立ったから、旗色が悪くなったら降伏しようとは考えられなかった。きちんとシミュレーションするには第一次大戦を参考にすればいい、ドイツがどうなったかオスマン帝国がどうなったか、それを元に、じゃあ日本はどうすればいいのか、考えようと思えば手を打つ余地はあったのではないかと、素人考えに思います。少なくとも第一次大戦の敗戦国は、別に皆殺しにも植民地にもなっていない、との事実が、国民に共有されていれば。ただポツダム宣言の折、軍部が守ろうとしたのが、一般庶民の安全より「国体」天皇制だったというのが個人的には腹が立ちます。本土決戦一億玉砕などとの発想はまさにそこから出るのでしょうから。

  13. たいとうみほ より:

    音楽の力。今裕一君の作る戦時歌謡は、薬に例えれば、甲子園で話題になる?「痛み止めの注射」でしょうか。投げすぎでパンク寸前のエースピッチャーが、最後まで投げたいというのが本人の意志だからという名目で(本当に当人や野球界全体を考えるのなら休養と治療をさせるべきなのですが)痛み止めを与えて投げさせ、その結果投手生命を絶たれ、一般社会への就業も難しい体になってしまう。一方、同じ歌の効果が五郎ちゃんには「治療薬」となりました。肝心な時に緊張するという問題点を「好きな音楽の力を借りて無心になる」で克服し、将来を生きる糧に繋がった。音楽であれ文学であれ、あるいはノーベル賞に代表される科学技術も、学術それ自体は善でも悪でもない、使い方です。死の商人となって財を為した事で苦しんだノーベル氏が、その財を平和への報酬としようとして、できたのがノーベル賞であり、裕一君の戦後は、さながらノーベル氏の手法に通じるでしょうか。

  14. 丹善人 より:

    「どうしてこんなことになってしまったのか」
    音ちゃんの夢を預けて貰ったはずなのに、自分ばかりが売れて、
    溺愛する娘にも恵まれて、西洋音楽の技術も生かされて。
    自分だけなら最高の物が与えられているのに、それを支えて
    くれている音には何もできていない。歌う場も時代が許して
    くれていない。苦労と心配ばかりかけている。愛妻家ならではの
    自戒です。決して戦争協力での反省では無く。

    現代でも戦争賛美する人たちや、中には国際問題は戦争で解決すれば
    いい、などと言っている政治家は、現実の戦場を見に行けばいいのに。
    大本営発表を信じ切っている人たちと何の変わりもない。

    しかし、演歌では軍歌は作れなかったでしょうね。サア、ヨカレン、ヨカレン
    ではね。

  15. 還暦のたつお より:

    1、「できることをやらなくちゃ。」口に出した時点で、裕一の心の隅に、逡巡や疑念が少しずつ芽生えているのがわかります。それを裕一は、意志の力で押し殺していました。音ちゃんへの手紙には、裕一の後悔がにじみ出ていました。
    2、やっぱり、大豆珈琲。さすが保さん。
    3、やっぱり、小山田先生(他の方のご推察、ご意見でしたが。)

  16. 魁光 より:

    戦争の怖いところは負けたら今まで積み上げてきたものが無くなるどころかそれが悪物扱いされるリスクを考えられなくしてしまうこと。
    いや、考えることは許されないということ。

    鉄男くんから真実を聞かされているだけに尚更です。

    何だか今の裕一は割れる寸前のパンパンな風船みたいなもの。
    音ちゃんや鉄男くん、五郎ちゃんは心配で必死に空気を抜こうとしているけどムキになりガンガン空気を入れてしまい、何かの衝撃ですぐ割れてしまうような状態ですね。

    それが来週訪れるのかと思うと…。

  17. たいとうみほ より:

    公的なPKOであれ、民間の警察や医療活動であれ、近年「戦闘地域ではないから」という名目で赴いて、結局命を落とした方は1人や2人ではない。「自己責任」とバッシングされないような殉職者だってすでに出ているのだ、という事が頭に浮かびました。もちろん裕一君は百も承知でしょうが、大将の方が伝聞とは言えずっと真実に接している訳なんですね。裕一君も音ちゃんも、情報統制というバイアスの中でしか、実情を知らないでしょう。

  18. 魁光 より:

    裕一の手紙。
    これが紛れもない本音ですね。
    平和と戦争の間で苦しむ様子が、これでもかと伝わってきます。

    「本当はこんなことしたくなかった」「敵国の音楽が戦意高揚の音楽に役に立った」。
    戦争を好き好んでしたい人なんて誰一人いないんですよね。戦争の世に辟易している。
    戦争加担派の心理がよく描かれているのは今までのドラマでは異例で勇気あるチャレンジですね。

    色んな方や朝蔵さまが常々おっしゃっている、「戦争」の部分を「コロナ」に置き替えると今の情勢そのままになりますね。

  19. よるは去った より:

    裕一「音楽は力になる・・・・・・・・。」

    音「あなたの音楽で兵隊さんたちを勇気づけてください・・・・・・」

     竹山道雄先生の「ビルマの竪琴」が、戦地から帰還した兵隊たちの大部分は生気が失せたようだったのに、ある隊の兵隊たちだけは生気に満ちているようだったといった内容から始まっていたと思います。

  20. オペラ座の怪人 より:

    歌が力になる!?
    精神訓話ですなあ。
    戦争は、戦略・戦術だと思いまふ。

    戦争に限らず、
    知的な何かという物は、
    戦略・戦術・テクニックがまず第一。

    戦略・戦術・テクニックなしで、
    精神だけ、というのでは、
    勝てない、と思いまふ。

    (/_\;) (/_\;) (/_\;)

    (-A-) (-A-) (-A-) ← ざっくぅ

    おしまい

  21. 魁光 より:

    裕一を助けるために鉄男くんは最後通告をしましたが、もう完全に引き返せなくしてしまいましたね。

    鉄男くんの言うことを聞いていたら、戦後の裕一の傷は浅くすんでいたかもしれません。

    「曲を作ってるじゃない!」音ちゃんの精一杯の反抗も虚しく響きましたね…。