慰問先で敵の襲撃に遭う / エール 第88回

2020年10月14日(水)第18週「戦場の歌」

あらすじ

裕一はビルマで藤堂との再会を果たすことができました。藤堂の助けによって裕一は楽器を演奏できる兵士たちを集めると、音楽隊を結成して練習を開始。その日の夜、裕一は兵士たちと語り合い心を通いあわせました。

翌日の朝。藤堂は家族に宛てた手紙を裕一に託しました。自分が死んだらこの手紙を渡して欲しいと。一方で、裕一の来訪を心から喜んだ兵士の一人は裕一のお礼の食料を贈りました。その時、銃声が響き渡りました。

敵の襲撃が始まりました。銃弾を浴びた兵士が次々と倒れる中、藤堂は裕一を車の下に押し込み裕一の身を守りました。しかし藤堂は裕一の目の前で敵の銃弾に倒れました。そして藤堂は裕一の腕の中で息を引き取りました。

敵の攻撃が終わりました。藤堂、そして多くの兵士たちが命を落とす現場に遭遇した裕一はパニックに陥りました。裕一の音楽によって多くの若者たちが駆り立てたられた戦場の現実を、裕一が知った瞬間でした。

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予習レビュー

『エール』の放送再開前の特番で披露された裕一くんが戦場で逃げ惑う場面。

朝ドラでは珍しい戦場の場面が今回描かれます。

前線の惨状を慰問に同行した画家の中川から聞かされた裕一くんは、前線に行くことを躊躇していました。

しかし、裕一くんが滞在していたラングーンの近くに藤堂先生がいることを聞かされたことで、そこで慰問活動を行うことを裕一くんは決意。

今回、裕一くんと藤堂先生は再会を果たします。

ここまでは良かった・・・

今回、藤堂先生が戦死します。

これまで朝ドラの中で登場人物の死は繰り返し描かれてきました。

登場人物の戦死も、戦死を告げる電報などを通じて描かれてきました。

しかし戦死の瞬間が朝ドラの中で描かれるのは、当ブログがフォローした朝ドラの中では初めてです。

異例中の異例の場面が描かれる今回。

ブログ主が大好きな藤堂先生の戦死が描かれ、あまりにもつらい回になりそうです。

コメントへの返信 by 朝蔵

間違いなく「藤堂先生」ロスが起きます(還暦のたつおさん)
ですね。しかも衝撃的な最期だったのでロスの深さもこれまで以上のものになるかもしれません。少なくともブログ主はトラウマに近いロスになりそうです。

もし中井さんや鉄男くんの警告を聞き入れていたら(魁光さん)
裕一くんは悔やむことになるかもしれませんね。もし警告を聞き入れていれば戦場での音楽会もなく、藤堂先生の部隊はもしかしたら敵に見つからずに済んだのではないかと。

絶対に当たって欲しくない予想(魁光さん)
ブログ主は、藤堂先生は戦後になって亡くなるだろうくらいのお花畑の予想しかしていませんでした。

生還者が悪夢にうなされたのも無理のない話(よるは去ったさん)
『ひよっこ』の宗男おじさんが抱えていた苦しみが映像化された。そんな回でした。

戦後の苦しみ(魁光さん)
これだけの経験をしたら、裕一くんの戦後の苦しみはどれほどのことになるのか。今から怖いくらいです。

何十年が過ぎようが、口にすることができない(ぱぽりんさん)
口に出した瞬間よみがえってくる、忘れたくても忘れられないものを見てしまったんですね。

復活と救済を暗示(boxster981さん)
『エール』の放送期間も残すところ1ヶ月半。この短い期間に復活と救済がしっかりと描かれて欲しいです。

シートにもたれてどんな顔をしているやら(たいとうみほさん)
そして次回。裕一くんはどんな顔をして登場するのでしょうか。

藤堂先生のXデー(オペラ座の怪人さん)
亡くなる前日の藤堂先生のほがらかな歌声が耳について離れません。

いざ敗戦を自覚して心底実感した事(たいとうみほさん)
上に引用させていただいた一文を読んで思い出しました。

リアル裕一くん&音ちゃんが暮らしていた世田谷区のとある商店街。終戦の日のことです。

その日に玉音放送があるという知らせが朝にあり、商店街の人々の中には自決を覚悟し日本刀を準備しているような人も少なくなかったとか。

ところが玉音放送後、その商店街はお祭り騒ぎ。

当日の世田谷の様子を克明に記した手記の存在を思い出しました。

まさか朝から(還暦のたつおさん)
銃弾を浴びる瞬間の身体の動きがいちいちリアルで、最近のリアルな描写を追求する戦争映画レベル。それをまさか朝から見るとはブログ主も思いませんでした。

朝ドラで病気で亡くなる人は大勢いたけれど、戦死は初めて(丹善人さん)
やっぱり初めてですか。

『あさが来た』でもヒロインが暴漢に刺されたり、白蛇はんが刃物を振り回したりと、衝撃的な場面に驚かされましたが、それすらも軽々と超えてしまいました。

15分間言葉を失って(紺碧の空はいいなさん)
今回、戦場が描かれることは承知していましたが、想像をはるかに超える凄惨な場面でした。

何で戦後に裕一が曲を作曲出来なくなったのかこれで納得(ゆきこさん)
戦後の裕一くんの苦悩の最大のきっかけ。説得力があり過ぎる回でしたね。

妙な事から「歌の力」を再確認しました(たいとうみほさん)
歌の力の影響をなくすための主題歌の省略。なるほどそういう見方もあるのかと深く納得しました。いつも鋭い洞察によるレビューをありがとうございます。

「応援」というのも一筋縄ではいかない(たいとうみほさん)
相手が望まなのに一方的に応援する自己満足の応援。自分は望まないけれど相手が望むからやむなく行う応援。変な言い方ですが、片思いの応援というものがあるみたいですね。

朝ドラの15分がこんなに重たいとは(とりぴょんさん)
あまりにもの重たくて、放送時間がわずか15分しかなかったことを感じさせませんでした。

この放送は放送延期がなかったら夏のどのタイミングだったのでしょうか(ひなさん)
延期がなければ7月27日(月)からの週だったはずです。東京オリンピックが7月22日から8月9日だったので、大会の真っ只中ですね。

池田さん無くしては裕一君の復活はなかった(柏倉章宏さん)
池田さんの存在がいなければ裕一くんの復活はもっと先に延びたか、最悪の場合、復活しないままだったということもあり得ますね。

曲が作れなくなっても当然(柏倉章宏さん)
恩師が目の前で倒れた上に、前の晩に心を通わせた兵士たちが次々と銃弾に倒れるところまで目撃してしまったら、そう簡単には立ち直れませんね。

インパール作戦というワードを再認識させた功績(知らんけどさん)
「目にモノ見せる」という言い方がありますが『ひよっこ』ではインパール作戦というワードは再認識させられるほどのインパクトはありませんでした。

藤堂先生を待つ昌子さんの気持ち(ともあきさん)
今日の回に向けてブログ主も昌子さんの気持ちのことをずっと考えていました。そのせいかどうか、未明に夢の中に昌子さんが出てきました。

吉田さんがこのドラマで目指すものが、朝ドラとは言わせない作品の古典的価値(boxster981さん)
今回だけでも既存の朝ドラとは一線を画す作品になったかと思います。

衝撃的な朝(ずんこさん)
まさか朝ドラでここまでのものを見せられるとは『エール』が始まった頃には夢にも思いませんでした。

裕一を身を呈して藤堂先生が守ろうとしたのは教え子だったのもあるけど軍人として当然の事だった(ゆきこさん)
藤堂先生にとっては両方の気持ちが混ざった上での咄嗟の行動だったのかもしれませんね。

ジャングルの中に針葉樹や枝打ちのある樹木(ケロタンさん)
ちょうだいしたコメントで思い出しました。トム・クルーズ主演の映画『ラストサムライ』の山中の場面。どうしても東南アジアのどこかにしか見えませんでした。

どこかズレちゃってる(偽君子さん)
裕一くんの性格の中にあるズレが悲劇を招きましたが、そのズレが彼の才能を開花させたのかなとも思います。

そしてズレが生じた悲劇もまた、彼の才能の熟成に一役買ったのかもしれません。

絶望的な悲劇を真正面から描いた回は存在しません(通りすがりの猫さん)
やはり朝ドラの歴史の中でこのような場面が描かれるのは初めてですか。ご教示くださりありがとうございます。


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感想

藤堂先生の死

これまでの『エール』の中でのアバンタイトル最長記録の4分を経過しても。ついに5分経っても主題歌とオープニング映像が始まらない。

冒頭に数名分のクレジットが表示されたのでまさかと思っていたら。

亡霊安隆さん、若き日のバンブー夫妻や環先生を描いたアナザーストーリー以来のオープニング映像なしの回となりました。

そしてオープニング映像がカットされたことが納得できる回でした。

さすがに流血こそ描かれませんでしたが、下手な戦争映画よりもリアルな戦闘場面。

戦闘の音が聞こえなくなるギリギリのところまで落とす演出は『プライペート・ライアン』へのオマージュ?

朝ドラでこれほどリアルな戦争を見ることになるとは思いませんでした。

そして・・・

ブログ主の大好きな藤堂先生が銃弾に倒れました。

これまで朝ドラの中で主要キャラクターの死は何度も経験してきましたが、藤堂先生の死はトラウマとして心の中に残りそうです。

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コメント

  1. 偽君子 より:

    藤堂先生、地下で三郎トーチャンに会ったらどんな話をしてるんだろうなぁ。

  2. 通りすがりの猫 より:

    NHKの朝ドラ視聴習慣も50年あまり、記憶に残る限り、このように戦争という無益で凄惨な人間の営み、絶望的な悲劇を真正面から描いた回は存在しません。パイプオルガンによる旋律は人間の愚かさを嘆き悲しむ神から贈られたレクイエムのようでした。ほんの少し前まで目の前で笑っていた人が突然の襲撃に言葉を発する間さえ無く命を奪われる、それが戦争なのだという事を何ら躊躇なく描いた驚愕の放送回だったと思います。
    裕一くんは混乱のあまり「嫌だ、嫌だ」「ごめんなさい」という言葉しか出てきませんでした。想像を遥かに超えた現実を眼の前にして、それを知らなかった知ろうとしなかった無邪気な自分の愚かさ、取り返しのつかない過ちだったという事実を突きつけられ、恐れ慄き、茫然自失となった人間というものを見事に表現していたように思いました。裕一くんを演じる窪田正孝くんの演技力に心底脱帽、渾身の演技だったと思います。
    昨今、己れの不満のぶつけどころを勘違いして口ばかり勇ましく他国を標的に叩くことばかりにうつつを抜かす方もいらっしゃるようですが、戦争とは、あのように一瞬にして命を奪われる者、信じてきた全てを失い無になる者を生みだすのだということ…それが自分の身には起こらないなどとどうして信じていられるのか、この放送回を見て再度自らに問いただしてもらいたいと思いました。
    少し前までは、ここまで凄惨ではないにせよ、何がしかの辛い体験をした人が家族や親戚や身近な人にいたものなんですけどねえ…「ひよっこ」の宗男おじさんみたいに。時代の流れなのか、そういう話を聞かなくなってしまった。そういうことからしても、この放送回は本当に今後もNHK朝ドラ史上に残る、最も哀しく、最も大切なメッセージを持った、渾身の名場面を有する回になったと思います。制作にかかわった全ての方に感謝です。

  3. 偽君子 より:

    しかしなんですね、裕一くんはそんな悪いことはしてないけど、どこかズレちゃってるなと思うことがこれまでしばしばありましたが、全部ここに収斂することになってたんですね。この悲劇は、彼には避けて通れない道だったとも言えるかも。

  4. ゆきこ より:

    追伸
    新聞を読んで競馬で勝ってるかのように喜んでいるおじさんに掴みかかろうとしていた除隊した元兵士の怒りはごもっともなんですよね…こんな阿鼻叫喚で血の雨が降ってる最中に喜んでいる場合じゃないんですよね腕を失った代わりに自分は命が助かったけど他の仲間は死んだ…とかこの先こんな体になってどうやって生きて行こうかとか本当に色々と葛藤があったんですよねそれなのに何も知らずに賭け事に勝ったみたいに喜んでいる姿を見たら腹が立つ所か煮えくり返った事でしょう話は変わりますが召集令状があって出てきた訳じゃない一般人の裕一を身を呈して藤堂先生が守ろうとしたのは教え子だったのもあるけど軍人として当然の事だったんだろうなと思います智彦さんが戦地に必ず無事なんてないなんて吟ちゃんに厳しい事を言ったのも今なら頷けます

  5. ずんこ より:

    衝撃的な朝でした。

    にわか仕立ての楽団員さんたちの、嬉しそうな顔。
    長らく離れていた音楽と、また触れ合える。また音楽を奏でることが出来る。
    その喜びで、笑顔が輝いていました。
    そういう意味で、確かに音楽は人を楽しませ、一つにする力があります。

    要は、その音楽の力の、使い方。

    音楽に、罪はありません。
    でもその使い方が意図的に歪められていることに、裕一くんは気が付きませんでした。
    そして、無自覚なまま、裕一くんはハーメルンの笛吹き男になってしまった。
    今回、裕一くんの笛で踊った人たちの末路を、自分の目で見ることになってしまいましたね。
    立ち直るのには、長い時間がかかるのでしょう。
    でもその復活を支えるのもまた、音楽の力です。

    力の使い方、というものを、深く考えされられた回でした。

  6. boxster981 より:

    吉田さんがこのドラマで目指すものが、朝ドラとは言わせない作品の古典的価値だと思い至った根拠は、「地獄の黙示録」を下敷きにしていると気付いたからです。「地獄の黙示録」の原題は「Apocalypse Now」、訳せば「現代の黙示録」で聖書の黙示録を踏まえて黙示録的な禍いと地獄の場面が描かれます。その「地獄の黙示録」はコンラッドの小説「闇の奥」(19世紀末)と聖書特に『新約聖書』(2世紀の前半)を踏まえています。

    この時点で「地獄の黙示録」自身重層的な普遍価値を体現する古典の資格を十分に有するのですが、エールも黙示録を下敷きにその資格の獲得を狙っていると思えるのです。「闇の奥」は異文化(アフリカ)との衝突・交流によってそれまでの考え方を捨ててゆき、ついには新たな世界観を受け入れるようになる物語だし、それは戦後の裕一の歩みに重なる部分があります。聖書、特に『ヨハネの黙示録』が世界の終わりと最後の審判のあとに、新しい世界が到来することを預言して、復活と救済を暗示していることはすでに指摘しました。

    「地獄の黙示録」は初公開時には理解が難しくコッポラが乱心したとの評価があった(実際編集に多少の混乱が認められる)のですが、2度の大規模な編集を経て去年公開されたファイナル・カット版ではかなり整理されたと思います。主題はアメリカ人(コッポラ)によるアメリカ文明批判なので、日本人には分かりづらい部分がありますが、米国の観衆にはベトナム戦争に対するある種の嫌悪感として初公開時から伝わったようです。ただ聖書に暗示されている復活と救済は映画で表現出来たか疑問です。その復活(例えば東京五輪は日本復活の象徴)を吉田さんはエールでは描けると考えているのではないでしょうか?実は私にとっては死んだキリストに模した弘哉くんの復活(及び米兵との音楽の交流)で完璧になるのですがそれは手前味噌ですね。

    有名な冒頭の「ワルキューレの騎行」を流しながらのヘリの攻撃シーンは痛切な風刺と言われています。当時まだ旧ナチ党員が生存している時代、特にヒトラーが傾倒したというワーグナーの楽曲を持ってきたところがコッポラの皮肉で一般米国人の潜在的な嫌悪感を煽ったと解せられています。映画にどんな感想を持とうと自由だと思いますが多くの米国人が嫌悪感を持ったシーンに好意的な意見を寄せて日本人が好戦的だと誤解されないか怖れます。

    今思えば関内家をキリスト教徒に設定したのは作者の壮大な伏線であったような気がしています。『ヨハネの黙示録』のからくり、五郎ちゃん、薬師丸母さん、そして梅ちゃんが登場すれば一瞬で理解可能でしょうか!裕一くんは五郎ちゃんが手渡した聖書に救いを求めることはないのでしょうか?ひょっとして長崎の鐘の転調のインスピレーションにつながる?
    吉田さん、恐るべき構成力です。

  7. ともあき より:

    録画して朝ドラを見ている子供も多いです、うちの子もそうです。
    戦争は絶対にしてはいけないことだと、大切なものを沢山失うと、そんな気持ちで作ったのでしょう。
    戦争を知らない自分や子供にとって今日の悲しい物語は、絶対に忘れてはいけない。
    朝ドラでこれを制作してくれた方々に敬意を、そして感謝です。
    そして、裕一君は自分は何を失ったのか気づいてしまった。
    自分に音楽を与えてくれた人を、自分の音楽で送り出し、そして…。
    藤堂先生を待つ昌子さんの気持ちを思うと涙が止まりませんでした。

  8. 知らんけど より:

    久々に悪口コメントから
    「深夜枠でやれや」

    まあ、いい歳こいて朝っぱらから悪口コメント連投している輩は救いようがないからど~でもいいんですが、若い方々には本日のシーンから戦争について考えてほしいと思いますね、単に怖いとかダメという感情的で単純なことではなく、国家とは民族とはを含めた自分の考えを持てるぐらいに
    リアルな前線を朝ドラという人気コンテンツで流したこととインパール作戦というワードを再認識させた功績はかなり大きいと思います

  9. 柏倉章宏 より:

    大恩のある恩師に目の前で戦死された裕一君はさぞかしショックだろうな。
    曲が作れなくなっても当然の気がする。

  10. ひな より:

    戦争シーンの中で響く静かな音楽。どこかで聞いた教会音楽かレクイエムのようなbgmに、悲しくも鎮魂の祈りのような響きを感じました。受け入れ難い現実を目の当たりにした裕一を、NHKの上質な映像、本気の演出で描き上げた戦争の描写に胸を打たれます。
     この放送は放送延期がなかったら夏のどのタイミングだったのでしょうか。お盆頃?
    予定通りのタイミングで放送されていたなら、オリ•パラ&観光で海外の方々も沢山日本にいらっしゃったであろう時期。仕方ないことなのですが、日本人も世界の方々も戦争への想いを深くする機会になったのではと思わずにはいられません。

  11. とりぴょん より:

    手紙に託された藤堂先生の想いと共に、あの象徴的な丸眼鏡を外して持ち帰って欲しかったと思うけど、、、そんなことまできっと思い付きやしないだろうなぁ((+_+)) 朝ドラの15分がこんなに重たいとは。ごめんなさいと一筋流れる裕一の涙は締め付けられる((+_+))

  12. たいとうみほ より:

    音楽での応援、というのを自分の信条としてきた裕一君ですが、その「応援」というのも一筋縄ではいかない、というのもこのドラマで感じます。まず、「紺碧の空」を巡って裕一君と団長が議論した「応援とはする側の自己満足にはならないのか」という事。応援した相手が負けたら手のひら返しのバッティングなんてのも珍しくない。弘哉君のお母さんが寂しそうにつぶやいた「本人がその気なら応援するしかない」心が伴わない「応援」って何なのか。「暁に祈る」の歌詞「手柄頼む」も、出世の掛かった職業軍人の家族でなければそんな応援は皆無でしょう。これと正反対な光子さんの「頭はダメと言ってるが心が行けと叫ぶ」これもある意味応援でしょう。立場や信条と相容れないけれども、相手がそうするのは喜ばしい、と。大人気だった銀行ドラマにも、そんな人がいましたね。

  13. たいとうみほ より:

    妙な事から「歌の力」を再確認しました。今日の放送にオープニング曲がなかった。入っていたら今日のドラマの、眼を背けたくなるような重苦しさに水を差してしまう。あの主題歌に、ドラマの雰囲気を台無しにするだけの「歌の力」がある、という事ですね。そして、合奏練習の後「死ぬのが怖くなった」という岸本君の述懐は、音ちゃんが挺身隊で言われた「音楽は軍需品」と裏腹です。内地でこれでもかという位、音楽が軍歌ずくめだったのは、軍歌以外の歌には人の意識を、戦争以外に向けてしまう効果があるから。愛情や美や安らぎを称える歌を歌ったとたん人が我に返り、戦争なんかより大事なものがあるじゃないかと、気が付いてしまったら困る。だから、戦争遂行が全てと思うトップには軍歌が必要だった、軍歌以外は障害だった、という事だったのでしょう。軍部は、歌によって戦争の妨げになるという意味での「歌の力」も自覚していたと思われます。

  14. ゆきこ より:

    何で戦後に裕一が曲を作曲出来なくなったのかこれで納得…これは辛いわ…恩師を亡くして悲しむ裕一を慰める兵隊さんが優しい…だけど周りに反対されたけど裕一はちゃんと戦場の現実を知ろうとしたねただもし兵役を免除されずにこの体たらくだとパンチの1発は貰っていたんだろうな…そう思ったら余計に悲しいです

  15. 紺碧の空はいいな より:

    15分間言葉を失って見入っておりました。
    この回を朝ドラで放送した制作者の方々と、見事に応えた俳優の皆様に敬意を表します。

  16. 丹善人 より:

    冒頭、いきなりの週題がでたので、今日はテーマ音楽もなしだとわかりました。
    そして出演者も戦場にいる人のみ。一切を排除した中で祐一と一緒に事実を直視
    させる演出。精神、確実に病みますね。朝ドラで病気で亡くなる人は大勢いたけれど、
    戦死は初めて。そりゃまあ、女性の主役が多い朝ドラで、戦地が映るのは慰問の
    時だけだったし。戦争を描いても、ほとんどが空襲で逃げ惑う映像ばかり。
    あえてほぼ全滅のシーンを入れた勇気。朝ドラ歴史にしっかり刻み込まれました。

  17. 還暦のたつお より:

    まさか朝から「プライベート・ライアン」やイーストウッドの「硫黄島二部作」サム・ペキンパーの「戦争のはらわた」のような、凄惨な戦闘シーンを見ることになるとは、正直予想以上でした。襲ってきた奴らは恐らく英軍のコマンド部隊(特殊部隊)でしょう。ヒット・アンド・ウエイの戦術を取るので、補給基地を占領せずに撤退しました。また使っていたのが、米軍ではもう使っていなかった旧式のトミーガン
    を使っていたので、やはり英軍だと思います。

  18. たいとうみほ より:

    「何にも知りませんでした」この言葉が結構重い。裕一君だけの思いではないでしょう。これは当初日本軍が威勢良かった頃に無邪気に万歳した、大半の一般の日本人が、いざ敗戦を自覚して心底実感した事じゃないかと思いました。そして今の時代を思います。私自身も含め「何にも知らない」人が、狭い視野と楽観的バイアスから、本当は恐ろしい思い込みに、陥ってはいないかと。

  19. オペラ座の怪人 より:

    今日は朝っぱらから号泣、
    藤堂先生のXデーでした。
    戦争には絶対に反対です。

    (>___<。)

    おしまい

  20. たいとうみほ より:

    裕一が乗って来た、草木でカモフラージュしたジープ。あのおかげで裕一君だけは助かる。あの車がこんな事を暗示していたとか。そして、1人生き残った方が、放心状態の裕一君を乗せて、安全な場所まで脱出する事になるんでしょうが。その時の裕一君が、シートにもたれてどんな顔をしているやら。

  21. boxster981 より:

    汝悔い改めよ
    やはり黙示録で始まった
    岸本の懺悔
    死ぬのが怖くなった 娘に会ったことが無い
    自分は悪い人間だった ちゃんとした人間になろうと戦っている
    もう会える資格はある
    あと少しの辛抱だ
    みんな生きて帰ろう
    露営の歌 追悼歌になっている歌詞
    先生、裕一に手紙を託す

    予言しておきますが、これは悲劇ではあるが悲劇で終わりません。
    『ヨハネの黙示録』は、世界の終わりと最後の審判のあとに、新しい世界が到来することを預言しており、復活と救済を暗示しているのです。

  22. ぱぽりん より:

    自分がまだガキンチョの頃、遊びに来た大叔父に、毎度戦争の話を聞かされました。
    大叔父は南方へ行っていたとのことでしたが、怪我の治療で内地へ戻され生き延びることができたとのことでした。

    「敵の攻撃を受けガソリンを入れたドラム缶が爆発する時、ドラム缶はふわっと浮き上がってから爆発するんだ」
    「自分の近くで爆発が起きる時、息を止めてちゃだめだ、爆発する反対側に頭を向けて伏せ、息を吐いていないと肺がやられる」
    「戦闘機の機銃掃射を受けたら、飛んでくる戦闘機に背を向けて逃げると撃たれる。横方向に走るんだ、覚えておけよ」

    まるでヨタ話か何かのように、笑いながら話していました。
    ただ、そうしたことの後、自分たちがどういった状態となったのか、そこの部分を語ることは一切ありませんでした。
    何十年が過ぎようが、口にすることができない、そういうことだったのでしょう。

    現実はもっと恐ろしく悲惨なものだったのでしょうが、本日の濃密な15分に、合掌。

  23. 魁光 より:

    裕一のごめんなさいに込められた意味

    1.僕の身代わりに先生を巻き込んでしまってごめんなさい。
    2.音楽の才能を見出してくれたのにその音楽で先生を殺してしまうことになってごめんなさい。
    3.戦場の現実を何も知らずに兵隊さんの為にとか戦意高揚と安易に口に出してごめんなさい。
    4.1を踏まえて、昌子さんと憲太くんに生きて会うという願いを叶えなくさせてしまいごめんなさい。
    5.3を踏まえて、先生のように何千何万と奪われた命を音楽で巻き込んでしまいごめんなさい。

    これが戦後の苦しみに繋がっていくんですね。

  24. よるは去った より:

    津田N「生還者は一万数千人・・・・・・・。」

    以前の「ひよっこ」のヒロイン(有村架純)の叔父(峯田和伸)もインパール作戦からの生還者の一人でしたね。 
    そして夜な夜な悪夢にうなされると言う・・・・・・。

    昨日あんなに笑顔を見せてくれた藤堂先生や神田上等兵、岸本一等兵たちは敵彈に次々と・・・・・・。

    生還者が悪夢にうなされたのも無理のない話かも知れませんね。

  25. 魁光 より:

    予想が当たるとそりゃ嬉しいものですが、今回は絶対に当たって欲しくない予想でした。
    朝蔵さんのブログ内で藤堂先生の戦死を一番早く6月に予想したのは私なんで。
    覚悟はしていましたが、いざ見るとなるとやっぱり辛いです…。

  26. 魁光 より:

    星影のエールなしのop、死ぬのが怖くなったや戦場での家族の話、昌子さんへの手紙など見え見えな死亡フラグの乱立にただごとではない展開が予想される今回。

    悲劇は起こってしまいました。
    異例中の異例の場面を描いた今回。
    戦場なリアルを描き、裕一に植え付けるには必要な描写だったのかもしれません。

    もし中井さんや鉄男くんの警告を聞き入れていたら…。

  27. 還暦のたつお より:

    間違いなく「藤堂先生」ロスが起きます。過去朝ドラで、軍人役の人が亡くなって大騒ぎになったのは「おはなはん」の高橋幸治さん以来の事です。森山直太朗さんのナチュラルな存在感と演技力には感心させられました。今後彼が回想シーンしか出てこないと思うと寂しさもひとしおです。