帰国した裕一が福島訪問 / エール 第89回

2020年10月15日(木)第18週「戦場の歌」

あらすじ

慰問先のビルマから裕一が帰国しました。帰国した裕一が真っ先に足を運んだのは福島でした。藤堂から託された手紙を昌子に直接手渡すために、裕一は家族と会う前に福島の藤堂家を訪問しました。

昌子に手紙を渡した裕一は古山家に帰り家族と再会。しかし凄惨な戦場や藤堂の死を目の当たりにした裕一はショックから立ち直れずにいました。そして一人で心の整理をしたいと考えた裕一は、音と華を福島に残すと一人で東京に戻りました。

東京に戻った裕一には作曲の依頼が次々に舞い込みました。戦況の悪化により戦意をより一層高揚させる曲を裕一は求められるようになったのです。軍からの依頼を裕一は引き受けて、心をおし殺して作曲に没頭しました。

一方、光子や梅が暮らす豊橋は空襲に見舞われました。家が炎に包まれる中、梅は原稿を取り戻そうと家に戻りました。そして梅を助けるため岩城も焼け落ちる家に飛び込んで行きました。その約2ヶ月後、戦争は終わりました。

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予習レビュー

裕一くんが帰国しました。帰国した裕一くんが真っ先に向かったのは福島です。

音ちゃんと華ちゃんはすでに福島に疎開中。東京にいません。

しかし、それよりも何よりも藤堂先生から託された手紙を昌子さんに渡すという辛すぎる役割が裕一くんにはありました。

かつて裕一くんの恋愛指南を昌子さんがしていた川俣時代がまるで夢のよう。

あの頃の昌子さんがあまりにも能天気だっただけに、今の昌子さんとのあまりにも大きなギャップがこたえます。

戦場の現実。藤堂先生の戦死。一連の出来事で裕一くんの心は死んでしまいました。

しかし心が死んだ状態でありながら、作曲の依頼はますます増える一方。

そのことが、戦後の裕一くんをより一層苦しめることになるのでしょうか。

今回は『エール』の中で最もつらい回の一つになるかもしれません。

コメントへの返信 by 朝蔵

マッカーサーなどの個人名(よるは去ったさん)
裕一くんの隣で個人名を入れるのは下品だと異を唱えた男性は作詞家の先生でしょうか。下品という言葉で思いました。品性を失ったら後は負けるだけだと。

昌子さんの「もう一度会いたい」もまた痛々しすぎて(魁光さん)
本当に痛々しかったです。本日のブログ主は裕一くん同様に抜け殻みたいな状態です。

新婚の頃のベタベタな微笑ましい光景(魁光さん)
あの光景は夢だったのでしょうか。独身時代の天真爛漫な昌子さんの姿も今となっては幻のようです。

現実を知らない鉄男くんと知ってしまった裕一に立場が変わってしまうという皮肉(魁光さん)
現実を知ってしまった裕一くんを前にして、大将の言葉がいつになく軽く感じられました。

ラブレターが遺書だなんて辛すぎます(還暦のたつおさん)
藤堂先生の性格から考えて、あれは最初で最後のラブレターでしょう。本当につらすぎます。

「他にも守るべきものがあるでしょ!」と言った矢先の大空襲(魁光さん)
光子さんの「守るべきもの」発言が、戦後の五郎ちゃんを苦しめることになるかもしれませんね。

藤堂先生、地下で三郎トーチャンに会ったら(偽君子さん)
そんな場面がもしあったら、藤堂先生ロスから救われそうです。

今日も朝から号泣(オペラ座の怪人さん)
ドラマで描かれる時代から考えて、ここしばらくは号泣回が繰り返されそうですね。

恩師亡くした直後でも仕事依頼から書き続けてはいたのですね(丹善人さん)
恩師を目の前で亡くしたショックで心が死んでしまったのかもしれません。

裕一くんの隣に座っていた男性が軍人さんの理不尽な物言いに対して激しく反発したのに対して、裕一くんはまったく反応を示しませんでした。

「知らない方がいい事もあります」(たいとうみほさん)
話がそれますが「知らぬが仏」とは世界共通の考え方のようです。英語圏ではさすがに「仏」はなく「happy ignorance」と言うそうですが。

西條が敵将の名を入れるのを拒んだ(ぱぽりんさん)
名前を入れるのを拒むあのエピソードは史実がもとになっていたんですか!?

「もう一度会いたい」に涙が止まりませんでした(コテツのママさん)
ブログ主も一緒です。

そして、もう一度ご主人に会うことができた明るい昌子さんにもう一度会いたいです。

元来のキャラ全開のバンザイであって欲しかった(たいとうみほさん)
藤堂先生が無事に戻って明るい昌子さんの姿を再び見たかったです。

裕一くんの隣にいたのは、史実と同じ「西條 八十」先生でした(ゆうせいくのおかあさんさん)
ご教示くださりありがとうございます。下品なことをしたくないと依頼を突っぱねる理由がこれでようやくわかりました。作詞家ならそんな仕事はできませんね。

平素は週末の一気見で済ませているので今週は例外中の例外(boxster981さん)
今週は1回に一週間の重みがありますからね。特に前回と今回は1話完結と言っていいほどの完成度の高さです。

後に古関裕而全集が出されるときもリアル裕一がレコード化を拒否(boxster981さん)
そんなことがあったんですか!

自分の作品に対して、意に沿わない形で手を入れられたら、それはもう自分の作品とは言い難いことでしょう。

令和の今日がある(知らんけどさん)
戦争と同程度かそれ以上のひどさで数百万単位の人々の暮らしの安寧が完全に破壊される。そんな子ことが過去半世紀近くにわたって続けらていたことが令和になって顕在化しました。

この今そこにある危機に真剣に向き合うことが過去を反省しそれを行動に表すと言うことなのでしょう。

有り得ないほど結婚運がない設定(通りすがりの猫さん)
結婚運がないという設定が悲しい形で回収されてしまいましたね。


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感想

前回に引き続き今回もまた主題歌とオープニング映像はなし。『エール』の作品タイトルロゴは復活するものの、カラーではなくモノクロームのロゴ。

このオープニングの演出があったので覚悟して鑑賞することができました。

今回は戦場こそ描かれないけれど、戦場が描かれた前回と同じくらいつらいか、それ以上につらい回になるかもしれない。

そんな覚悟を固めての鑑賞となりました。

昌子さんと藤堂先生の結婚の回収

ブログ主はいわゆる「天然」の性格の明るいキャラクターが大好物です。

『ちりとてちん』の糸子さんや『ひよっこ』の愛子さんみたいなキャラです。

そしてブログ主にとって『エール』の昌子さんは、糸子さんと愛子さんに次ぐ大好きなキャラクターになりました。

そんな昌子さんにここまで泣かされることになるとは・・・

またブログ主は藤堂先生みたいな「恩師」に弱いんです。

だから昌子さんと藤堂先生が結婚したときは本当に嬉しかった。

あの喜びがこんな形で回収されようとは。

中途半端なレビューとなってしまいますが、今回はこのへんで。もうこれ以上は書けません。

追伸

当ブログを長らくご覧くださっている方はご存じと思います。

『半分、青い。』のとき、このブログの運営を他の方に委ねました。

その頃よりブログ主は多忙を極めるようになり、実は『半分、青い。』をもって当ブログを終了することを検討していました。

もしあのとき、当ブログを終了していたら朝ドラの視聴週間も失われていたはず。

結果として『エール』のような名作に出会うこともなかったかと思います。

『半分、青い。』以降は、ストップウォッチを脇に置きながらのギリギリの時間の中でのブログ運営。

そんな運営スタイルではありますが、当ブログをやめないで良かったと思った『エール』89回でした。

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コメント

  1. 文月 より:

    話は逸れますが、岸朝子さんの家系は、琉球王朝 尚氏の末裔にあたります。
    西条八十の詞を改変したとされる親泊中佐は、母方の叔父の方です
    その後、沖縄の地の戦禍を想うと複雑な想いを感じます
    親泊中佐は、大佐で終戦を迎えたのち、降伏文書署名の日、妻子共々自決しています

    岸朝子さん というより、姉の尚道子については、ほのぼのとしたエピソードが残ってます
    尚道子が、キャラ弁の元祖ということです
    ひらたくいうと、タコちゃんウインナーの発明者です
    先日も、「チコちゃんに叱られる」で紹介されてました

  2. 還暦のたつお より:

    1,「岩城さん心臓悪かったの。」最悪の形で伏線が回収されていまいました。救いは五郎ちゃんが我に返った事。
    2、光子さんの歌声がまるで、鎮魂歌のようでした。「あまちゃん」以来ですが、薬師丸さんの歌のうまさを再確認しました。
    3、華ちゃんは、さすがに直接、裕一を責めなかったのですが、裕一には余計にそれが応えたでしょう。
    4、菊田一男さん、生前のお姿は映像でお見掛けしたことがありますが、北村有起哉さん、外見的には、そっくりさんというわけではなかったですが、なかなか感じを掴んで演じておられました。
    5、裕一は、人の縁に助けられています。窮地に陥ると、必ずどこからか助け舟が来ます。

  3. 通りすがりの猫 より:

    他の方もコメントされていますが、堀内敬子さんはマッサン後半の北海道編で工場の従業員として入ってきた戦争未亡人を演じられていました(確か、その時もご主人は南方での戦闘で亡くなったという設定だったように記憶していますが…)。エールで登場した時は、久々にハジケた役柄だったので、まさかこんな展開が待っているなんて想像もしませんでした。
    昌子さんはバツ3!いう設定でなんでまたそんなに有り得ないほど結婚運がない設定なの?と最初は不思議に思いました。藤堂先生に一目惚れで結婚して、やっと本当の幸せを掴んだのねと思ったら…こういう展開に行きつくとは悲しすぎますね。
    堀内さんは様々な役柄をこなされる演者ではありますが、戦争未亡人の役といったらもうこの人、というぐらいに思えてきました。

  4. 知らんけど より:

    日本が敗戦後に東西分断されず平成が大きな災害はあったものの無事に終わり令和の今日があることは大戦を命をかけて戦って頂いた兵隊さん達のおかげです、敬礼

    毎日毎日、このサイトを更新頂いているブログ主さんにも敬礼

  5. boxster981 より:

    ぽぽりんさんの指摘通り比島決戦の歌のシーンは西條八十に酷だ!史実では本人が断ると同席していた有名な岸朝子さん(料理記者)の叔父さんの陸軍中佐がその場で書き換えたとされている。後に古関裕而全集が出されるときもリアル裕一がレコード化を拒否したという逸話も残っている。実際に米軍の進攻が速すぎて国威発揚にも間に合わなかったとさえ言われている。

    それよりもこの歌がここで敢て紹介されたのはフィリピンが特攻隊が初めて作戦として採用された戦場だからではないか。それまでも個別の体当たりは存在したが(爆弾小僧、田丸など)開戦時の特殊潜航艇ですらあくまで作戦は九死一生が限界。敵の名前を歌詞にする下品さ?よりも特攻が作戦として蔓延していく狂気・理不尽さの方をエピソードにすべきで、或いは弘哉くんの死(?)への伏線かと思った。

    弘哉くんも風間くんら大勢の練習生も特攻するために予科練に入ったのではない。ましてや裕一は特攻させるために若鷲の歌を作った訳ではない。真面目に裕一を悩ませるだけでなく、フィリピン以降の軍部の一部の狂気が大勢となっていき政治家や昭和天皇すらその時点で止められなかった愚かさに皮肉を込めて触れて欲しい。もっとも海軍上層部には海兵卒将校が特攻死することで天皇まで上層され和平に舵を切る期待がきれいごととして存在したが…。

    弘哉くんが流されて死に赴くというのは作者として忍びないことこの上ない。何らかの意味を探したらそこに聖書がありイエスがいたのではないだろうか?エールを引き受けた時一番悩ましかったのは戦争歌の扱いだったと思う。締めが東京五輪というのはほぼ決まり事だったろうからそこと戦争歌をつなぐ時にまずは黙示録にヒントを得てそれから聖書へ行き、イエス、マリアの化身にキャラクターがデザインされていったように思う。

    見当違いだったらごめんなさいね、です。

  6. boxster981 より:

    平素は週末の一気見で済ませているので今週は例外中の例外です。
    それほどインパクトの大きい週で多分一週間分を一回にまとめて書くのは不可能でしょう。
    今日は論理的な推論でたどり着いた明日の予想を兼ねて投稿します。

    弘哉くんが何故母子家庭でなくてはならないかその理由が解りました。弘哉くんのドラマでの位置づけは作者の心の中でイエスだったのです。母トキコは聖母マリアに模せられますから必然的に母子家庭になる訳です。明日徳永えりさんのクレジットがありますので、吉田さんの解釈によるエール版ピエタが披露されるはずです。

    今日裕一が昌子さんに手紙を渡すシーンがあり、堀内さんの誇張の無い、でも愛情の溢れる名演技に多くの人が涙したと思いますが、明日は全く違ったどちらかと言えば崇高な哀しみが表現されるんではないかと、とても期待しています。

    昌子さんの時とは逆にトキコさんが裕一を訪ねて来るでしょう。その時映像としてハーモニカが大写しにならないと、別れの挨拶の時と対にならない。例えば搭乗の時に残して行ったので先生に持っていて欲しいと形見のハーモニカを渡そうとします。裕一は固辞するでしょうが少なからず心を揺さぶられます。ハーモニカは裕一にとっても前向きに生きていく証であり、その経験があるから弘哉くんに授けたのでしょうから。

    この対となる表現を吉田さんは好むようで今日も藤堂先生の手紙の「君に会いたい」と昌子さんの「もう一度…会いたい」が対となっています。

    以前私は弘哉くんは最後までハーモニカを帯同しそれを生きる希望にすると予想しましたが、聖書を下敷きにすると別の解釈も成立すると気付きました。イエスが自ら民衆のために十字架に架かり刑死するように、弘哉くんは自らハーモニカ(=生きる希望)を手放し帰還の望み叶わぬ出撃に赴くのです。音楽による復活と救済を先生に託して…。お世話になりました、先生に渡して欲しいなどの手紙も残したかも知れません。検閲を意識して女々しいことは書けないので大事なものをただ託したのです。どなたか藤堂先生の眼鏡が回収されないのを訝っていましたが、弘哉くんの形見を強調するため敢てスルーしたのかも知れません。士官の形見であればせめて万年筆くらいは軍の方で回収して遺族に届けるものですが、補給のままならぬインパールでしたからね。

    戻って聖母マリアに模すならば徳永えりさんの起用がすごく納得できます。華の友人の母というだけでは実績からみて勿体ないと感じていましたから。吉田さんがどんな演出をして徳永さんがどんな演技をするのか、今から楽しみです。

  7. ゆうせいくのおかあさん より:

    今朝の「比島決戦の歌」を依頼されている場面、
    裕一くんの隣にいたのは、史実と同じ「西條 八十」先生でした。

    早稲田の応援歌「紺碧の空」の詞を選んだ教授(あのときは後姿だけ?)で、
    「若鷲の歌」の作詞家(このときは名前だけ?)。

    それから「比島決戦の歌」の
    『いざ来いニミッツ マッカーサー
     出て来りゃ地獄へ 逆落とし』
    は、日露戦争の「水師営の会見」から発想を得た将校からの要望だったらしい。

    では、その「水師営の会見」とは、
    旅順攻囲戦後の敵将ステッセルと乃木大将の歴史的な会見の様子を謳ったもので、
    双方の武人としての名誉を重んじた実際の内容だったとか。

    「水師営の会見」の敵将の扱い方とは大きな違いあり、
    「比島決戦の歌」の頃は、かなり状況が悪かったのが良く分かります。

    あと、戦後に「比島決戦の歌」を聴いた日本語がわからない米兵たちは、
    曲調と歌詞にある「ニミッツ」と「マッカーサー」を聴き、
    歓迎を受けていると勘違いしたと言う逸話があるそうな。

  8. たいとうみほ より:

    何たる対比。お父さんが帰ると聞いた華ちゃんの、心から明るい「バンザイ」すぐ後の、藤堂先生出征の回想、去っていく背後での、音声は入ってないけどここでも両手を上げて、発していた言葉はやはり「バンザイ」本当なら昌子さんも、喜ばしい知らせを受け取っての、元来のキャラ全開のバンザイであって欲しかった。

  9. コテツのママ より:

    昌子さんの「もう一度会いたい」に涙が止まりませんでした。
    私の両親がすでに他界しているため自分の思いも湧き上がってきて
    こうしてコメントを書いている最中にも
    涙が流れてきます。
    昨日、今日の回は記憶に残る回となりました。

    朝蔵さん 毎日、毎日ブログのアップ本当にありがとうございます。

  10. ぱぽりん より:

    いざ来いニミッツ、マッカーサー・・・・

    これは「比島決戦の歌」、
    作詞 西條八十
    作曲 古関裕而

    史実として、西條が敵将の名を入れるのを拒んだところ陸軍報道部の中佐(名前もはっきりわかっている)が代筆したとのことです。

  11. たいとうみほ より:

    「知らない方がいい事もあります」という昨日の台詞もありましたが、やはり眼を背けずに直視しなければいけない事がたくさんある。人はわからないから道を踏み外す。わからない事は解決できない。だが、知る事で悲しみに沈み、気力を失う事もまた多い。だからと言ってそのまま動かずにただ泣き暮れていたら、悲しみが癒える事も、過酷な現実が改善される事もまた、ない。そこで人には、知と芸術とが必要になる、知によって現状克服の手段を講じ、芸術によって心を安定させる。ようやく終わった戦争の中で、今後の裕一君の生き続ける意味、世に存る意義はこういう事になるかと思われます。

  12. たいとうみほ より:

    梅ちゃんが「原稿!」と火の中に飛び込んだ場面。やめといて痛々しい、と思った時にはたと、「これは日本がなぜ戦争をしたかと同じ図ではないか」とひらめきました。大日本帝国にとっての「原稿」に相当したのが、国際的な発言力や日本の経済基盤。戦争を肯定する方々は当時の日本がいかに困窮したか国際的に冷遇されていたかを主張して、私もそのあたりの情勢は、ある程度本当だろうとは思っています。梅ちゃんにとって原稿が命に代えがたい大事なものだったように、国家にも大事なものはあって当然です.が、だからといって、「あの火を掻い潜れれば死守できる」は無謀。火はまさに、諸外国の軍事力経済力、そして日本の蒙る損害の部分。なのに火中の栗しか眼中になく、周りの炎には「あの位大丈夫」との正常性バイアスによって見え方が歪んだ。一か八かの勝負に出ても期待値はほんのわずか、命さえあれば将来、失ったのと同程度のものを回復できる、戦略とリソースはそちらに使った方がずっと有益です。ましてや「鬼畜米英」だの、「アジア全体に日本による繁栄」など、正当化の為の美辞麗句もいい所で諸外国にも事情と庶民生活がある事に考えが及んでいません。敢えて厳しい言い方をするなら「ポアする事は人類の救い」と言ったカルト宗教と、論理は大差ないと私は思っています。どっちもその為に多数の人命が失われた事を、正当だと思っている訳ですから。大事なものは取れるリスクの範囲内で、人の恨みを買わない方法で守りましょう、と、たったあれだけのシーンからこんな大げさな結論に至ってしまいました。

  13. 丹善人 より:

    昨日もタイトルロゴは小さいながらも出てましたが。
    今日もテーマ音楽無し。祐一と一緒につらい朝を迎えるという。
    本当に音楽が生活を支えるんですね。
    そういえば、僕も音楽付けだったのに、音楽が周囲から消えた一時期、
    けっこう心が餓えていました。ギター覚えて復活したけれど。

    しかし、恩師亡くした直後でも仕事依頼から書き続けてはいたのですね。
    断り切れない事情もありますが。

    五郎君丈夫な体で良かったです。しかし丈夫な人がいない中での空襲。
    大怪我間違い無しの岩城さんと梅ちゃん。結果知っていても気になります。

  14. オペラ座の怪人 より:

    今日も朝から号泣でした。
    ちょっと前まで、戦場で、
    笑いあっていた藤堂先生と裕一。

    先生は帰って来られず、妻昌子さん、涙。
    裕一は帰って来られて、妻音ちゃん、涙。

    戦争は絶対にいけません!

    ι(`ロ´)ノ ι(`ロ´)ノ ι(`ロ´)ノ

    おしまい

  15. 魁光 より:

    自らの正義を貫く為に集会に向かった五郎ちゃん。
    元々は梅ちゃんを守るために始めたキリスト教が戦争の世と自由の抑制に疑問が膨らんでいき遂に耐えられなくなってしまった様子もまた痛々しいものですね…。

    目的と手段が入れ替わってしまってしまいましたね…。

    「他にも守るべきものがあるでしょ!」と言った矢先の大空襲。

    今思い出したのは「何かを得るためには何かを捨てないといけない」という藤堂先生の名言です。

    まさかエールの山場でこのテーマを忍ばせるとは…。

  16. 還暦のたつお より:

    1、 ラブレターが遺書だなんて辛すぎます。
    2、自分が正しと、信念を持って行動したことが、結果的に親しい人を傷つけてしまう。悲しいです。

  17. 魁光 より:

    藤堂先生を失い、弔いとして戦意高揚の歌詞を持ってきた鉄男くん。
    行くなと言った人が戦意高揚に急に駆られ、戦意高揚に駆られた人が戦争に疑問を感じる。
    今度は現実を知らない鉄男くんと知ってしまった裕一に立場が変わってしまうという皮肉なものに…。
    どうにもならない温度差が出来てしまいました…。

  18. 魁光 より:

    堀内敬子さんは朝ドラでは「マッサン」に続いて、2度目の戦争未亡人の役どころを演じることになってしまいました…。

    副音声の勝ち誇ったような「藤堂昌子です!」「清晴さ〜ん」や新婚の頃のベタベタな微笑ましい光景も今は…。

  19. 魁光 より:

    抜け殻の裕一が昌子さんに藤堂先生の戦死の報告が痛々し過ぎました。
    そして昌子さんの「もう一度会いたい」もまた痛々しすぎて…。
    13週の藤堂先生と昌子さんの幸せ一杯の様子は今後の辛い展開の暗示でしたね…。
    この後の古山家の団欒風景がより一層悲しみを引き立たせていました…。

  20. よるは去った より:

    この頃から遂にマッカーサーなどの個人名を入れて叩く歌が作られ始めたのですね。