裕一が長崎の永田を訪問 / エール 第95回

2020年10月23日(金)第19週「鐘よ響け」

あらすじ

裕一は依頼を受けた映画『長崎の鐘』の主題歌作曲のために長崎を訪問。『長崎の鐘』の原作者で医師の永田が書いた「どん底に落ちろ」という言葉が持つ真の意味を理解した上で作曲をしたいと裕一は考えました。

裕一は答えを求めて、原爆投下直後に永田自身も被爆しながら負傷者の治療に当たった現場に足を運び、永田の妹・ユリカから当時の話を聞かせてもらいました。ユリカの話を聞き言葉の真意がどこにあるのかを理解した裕一は、あっという間に曲を完成しました。

東京に帰った裕一は、歌手の山藤太郎に『長崎の鐘』を歌ってほしいと頼み、山藤は裕一の頼みを引き受けました。レコード化された『長崎の鐘』は多くの人々の気持ちを動かし、裕一の代表曲になりました。

一方、智彦は就職が決まりました。陸軍時代の同期の松川がラーメン屋で働いている智彦に声をかけたのです。同じ頃、豊橋では光子が銀行からの融資を取り付けることに成功。グローブの製作事業が始まろうとしていました。

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予習レビュー

裕一くんが長崎を訪問。

名曲『長崎の鐘』誕生の瞬間が描かれます。

前週のドラマの中では、ビルマの戦場の場面など朝ドラらしからぬ過酷な場面が描かれました。

今回もその時と同様に「朝ドラらしからぬ過酷な場面」が描かれるかもしれません。

裕一くんは、永田医師が被曝者の治療に当たった現場を訪問。

その際に原爆投下直後の様子が、永田医師の回想によって描かれる模様。

覚悟を決めて鑑賞する必要がありそうです。

ところで長崎の永田医師を演じるのは朝ドラ初出演の吉岡秀隆さん。

映画『男はつらいよ』シリーズやテレビドラマ『北の国から』シリーズが大好きなブログ主はこのキャスティングにとても感激しています。

コメントへの返信 by 朝蔵

当時の萬平さんはハンコを作っていたか、さもなくば塩作りの入口に立った辺りの時期だったかな?(ひるたまさん)
時間が止まったままだった裕一くんや智彦さんとは正反対でしたね。萬平さんは。ハンコを作り、塩を作り、そして栄養食品にも手を出し。生きてゆくことに必死でした。

次週(第96話)に「杉山秘書」こと加弥乃さんのお名前が出演者クレジットに(ひるたまさん)
杉山秘書は復活確定ですか!残るは廿日市さんの消息だけですね。謎のままなのは

同じ気持ちを持って生き抜いたに違いない(よるは去ったさん)
同感です。そしてリアル永田先生と「同じ気持ち」を熱演してくれた吉岡秀隆さん。もっと観ていたかったです。

長崎の原爆を取り扱った作品(魁光さん)
確かに少ないですね。しかしブログ主にとって原爆を題材にした作品でもっとも印象に残っているものの一つは『八月の狂詩曲』です。

不治の病で若くして世を去る薄幸の女性(よるは去ったさん)
中村ゆりちゃんは『花子とアン』の後に『わろてんか』でも、父の弟子と駆け落ちする、どちらかといえば薄幸の女性を演じてましたね。

タイトル無し今回はこのドラマの中でも重要な回(還暦のたつおさん)
目が覚めたような表情を永田先生の前で浮かべた裕一くん。あんな凛々しい裕一くんの表情を初めて見ました。重要な回の重要な瞬間だったと思います。

智彦さん、ラーメン屋にはならないんだ(オペラ座の怪人さん)
ケン少年の落胆ぶりが痛々しいほどでしたね。

共通点は戦争で自分の居場所を失ったこと(魁光さん)
吟ちゃん、智彦さん、ケン少年にそのような共通点があったことを見逃していました。

長崎の鐘・4番(boxster981さん)
歌詞の掲載はできませんので削除させていただきました。

情感を込めてというよりも淡々と唄う(おっさん)
はい。この歌い方が心にしみてきました。

智彦さんの真の復活は来週のお楽しみに(丹善人さん)
一人づつ日常に戻り、残るはプリンスですね。

戦後統治のための米軍による使用を考えての措置(ぱぽりんさん)
ブログ主の知り合いの実家周辺も戦後統治のために空襲を免れたそうですが、戦後統治が始まってすぐ居住者は72時間以内の強制退去を求められたとか。

杉山あかねさん,戦後編でも登場(文月さん)
彼女の上司はどうしてるんでしょうね。

我らが廿日市さんは杉山秘書を後継のディレクターに(魁光さん)
なんと廿日市さんはリタイアですか!?

智彦さん大丈夫?(重信六三郎さん)
智彦さんのドラマ、これから始まりそうですね。

あなた自身の為に作って欲しくはない(たいとうみほさん)
自分のために作ろうとするとき、裕一くんはいつも創作上で行き詰まりますね。

加弥乃さんのインスタ(文月さん)
杉山秘書は出演場面を終える前に社内での「出世」が用意されてるみたいですね。

永井は翌々年、古関の訪問を待たず亡くなった(boxster981さん)
ついに会うことのなかった二人がドラマの中で会うことができたわけですね。

杉咲花ちゃんが、小暮武彦氏の娘さんだとは知らなかった(還暦のたつおさん:『おちょやん』)
ちょうだいしたコメントでブログ主もまさかの親子関係を始めて知りました。

特別展「長崎の鐘」展が現在開催中(ひるたまさん)
情報提供ありがとうございます!

ミュージックティーチャーと最後まで言わせて貰えて(エイさん:92回)
初コメントありがとうございます!占い師に転身して初めて「ミュージックティーチャー」ノーカット。ちょっと気の毒でした。(笑)

看護というハードルの高い仕事に何の脈絡もなく就いたのでしょうか?(boxster981自分がやりたいことを見つけられないことを華ちゃんが悩む場面がこれからあるそうなのですが、そのあたりで看護という仕事にめぐり会うのかもしれません。

これからも頑張って下さいね!(ふみりんさん)
ありがとうございます。励みになります!

まさか…光子さん絡みかと不吉な予想(魁光さん)
ブログ主も同様の予想をしてしまいました。撮影現場に光子さんがいない。そしてロケ地は安隆さんが亡くなった直後と同じ場所。まさか・・・

永田博士についてもう少し丁寧に描いて欲しかった(boxster981さん)
永田先生役にあれだけの大物を起用したのだから、当初はもっと時間をかけて描く計画だったんでしょうね。


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感想

今週は2週間分を詰め込んだことによる時間不足で、今回も主題歌カット。

完全版が放送されないかなと願いながらも、凝縮された回だったからこそ永田先生の言葉が胸にしみました。

『長崎の鐘』

正直に言います。

『長崎の鐘』という歌の良さがよくわかりませんでした。今日までは。

山藤太郎さんが歌う『長崎の鐘』。

歌詞が「なぐさめ はげまし 長崎の」に差し掛かったところで、太陽の光が差し込んだような印象を受けました。

その瞬間、『長崎の鐘』がわかりました。

これからドラマの中で登場するはずのリアル裕一くんの名曲の数々。

これまでただ漠然と聞いていただけの名曲の誕生秘話を知ることで、これから歌の心を受け取りながら聴くことができそうです。

ケン少年

ラーメン屋をやめると智彦さんが宣言した時のケン少年の寂しそうな様子が忘れられません。

次週、智彦さんは自分が本当に歩みたい道を見つけ出します。

その時にケン少年が再び笑顔を取り戻してくれることを願いながら、次週の放送を待とうと思います。

今週も当ブログにお付き合いくださりありがとうございました。

明日、明後日と、どうぞ良い週末をお過ごしください。

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コメント

  1. boxster981 より:

    一気見しつつ感じたが、ブログ主様の指摘に在るが如く今週はやや詰め込み過ぎの気がした。
    鐘の鳴る丘で1週、長崎の鐘でもう1週という構成でも自然で何の不思議もない。
    但し今のままでも筋は不足なく通っているので問題は膨らませて何が充実するかではないだろうか?

    智彦と戦災孤児・ケンのエピソードは十分にはめ込まれていたと思う。バンブーのコント仕立てのエピソードは1回だけでかつ短かったかな!?ベルトーマス先生の登場と御手洗MTとの再会はあわただしかったが、まぁこれは次週への伏線だろうから…。

    物語構成の手法のひとつ「序破急」に照らしても世に出るまでが「序」戦争が「破」と考えれば戦後は「急」のステージに入っているだろうから無駄を省いた方が余韻が残るという場合もある。ただ個人的には長崎の鐘の主人公永田博士についてもう少し丁寧に描いて欲しかった。素晴らしい人道者であると同時に軍医将校として満州事変に従軍し洗礼も受けるという物語の核に交わる人物である。映画はあるがドラマはないようだ。核兵器禁止条約が発効した今日もっと注目されて然るべきだと思う。

    通しで見ていてユリカの「母が亡くなった悲しみなどみじんも見せんで」というセリフが引っかかった。リアル永田博士は妻を原爆で失っているが1男1女が疎開していて無事だった。博士は研究で放射線を浴びて白血病になり余命3年と自分で診断して亡き後は子らを頼むと妻に告白していた。そして防空当番の宿直の翌日上空に原子爆弾が投下された。博士にとっては前日の朝の妻の見送り姿が今生の別れとなる。

    ユリカは妹の設定であるが当初娘の設定ではなかったのだろうか?「母が亡くなった悲しみ」というのは明らかに子供の視点でありそのセリフの不自然さがひっかかった。ただ義姉(あね)が亡くなった悲しみというのも調子が良くないだろう!?事実は娘の設定だったが適当な子役もなく石田ゆりさんを配役したあとで妹に設定変更したような気がする。その時、点検不足で本来の設定がセリフに残ってしまったのではないか。

    ともかく永田博士の人生はドラマになる要素が少なくない。長崎の鐘のアナザーストーリーとして出来れば永田博士の視点を追加してもらえると嬉しい。急がずともお正月スペシャルで構わない。このドラマは教会が重要な舞台になる等キリスト教が大きな地位を占めている。しかし主要登場人物で史実でクリスチャンと判明しているのは今のところ永田博士位しか思い当たらないのである。キーマンであることは間違いない。

    ドラマでは山藤が歌った長崎の鐘、リアルでは藤山一郎ではなく宝塚出身の池真理子で歌われるで予定だったという。召されて妻は天国への歌詞から男の人が歌うべきと思い、自身はB面の「いとし吾が子」を歌ったが映画「長崎の鐘」ではこちらが主題歌となっている。紅白でも過去4回歌われた国民的名曲だが多くの歌手がカバーしており女性のカバーも多い。今年もし紅白で「あまちゃん」の時のような特別ステージがあるなら誰が歌うのだろうか?エールのメンバーは皆歌が上手なので素晴らしいステージになりそうだが、長崎の鐘にはいろんな選択肢がありそうだ。私としては前例に倣って複数でリレーして薬師丸母さんに締めて頂きたいですね。

  2. 魁光 より:

    youtubeより愛知ローカルのNHKニュースで関内三姉妹のインタビューを見つけました!

    どうやらもう一度豊橋ロケがあり、吟ちゃんと音ちゃんは一度里帰りするようですね。

    まさか…光子さん絡みかと不吉な予想をしましたが、どうなるのでしょうか?

    梅ちゃんもシックな洋服にチェンジするようですね!
    和服もいいですが、戦後のスタイルもいいですね。

  3. ひるたま より:

    朝蔵さんこんにちは。
    長崎市内にある「長崎市永井隆記念館」では、朝ドラに因んで特別展「長崎の鐘」展が現在開催中との事です。(同館のHPを見て知りました)
    近くならばぜひ見に行きたい所ですが、当方が住む北関東から長崎市はちょっと距離的に遠過ぎまして(^^;)…お近くの皆様、宜しかったらぜひ…!

  4. boxster981 より:

    週間サマリーに寄せて、智彦と戦災孤児・ケンのエピソードは省略された。

    終戦から3か月裕一はまだ曲を作ることができない。
    劇作家の池田が、ラジオドラマの音楽を依頼するが裕一の心は動かず。
    その頃岩城は、光子に感謝の言葉を残し、息を引き取った…。
    1年半後。池田は諦めず、ラジオドラマ『鐘の鳴る丘』の音楽を依頼しに、再び裕一のもとに。
    裕一は、僕は…自分の歌に勇気づけられて戦場に向かう若者に興奮していましたと、依頼を断る。
    痛みを知ったからこそ表現できるものがあると言い池田は自作の歌詞を置いていく。
    それは情景が浮かぶし力強い詩。

    詩の構造が情景、効果音、心情から構成され名曲「津軽海峡冬景色」と共通している
    幼少から自然の情景に心を動かされてきた裕一に擬音語を含め唄となりやすい詩だった!

    それを見て頭の中に一瞬メロディーが鳴った裕一、挑戦するがもがき苦しむ。翌朝…
    ついに曲が完成!ラジオドラマ『鐘の鳴る丘』は人々を勇気づけた。

    裕一は映画『長崎の鐘』の主題歌に挑戦し原作者の永田医師に会い曲作りのヒントを得ようとする。
    永田は原爆の惨状を見た若者に「神は本当にいるのか」と問われこう答えたと言う。
    「どん底まで落ちろ!」その意味を裕一に問いかける。真意を探す裕一は3日苦しみ…、
    ユリカに案内され永田が治療した場所を訪れると壁の裏には「どん底に大地あり」の文字が。

    無傷で見つかった大きな鐘を掘り起こし、クリスマスに焦土と化した長崎の町に鐘の音が再び響き渡った。その時の感動は一生忘れない。鐘の音が私たちに生きる勇気を与えてくれた。
    ユリカの話を聞いて「希望」という答えに気付く裕一。

    「希望をもって頑張る人にエールを送ってくれんですか」と話す永田。
    裕一は一気に曲を書き上げレコードは大ヒットして代表曲となる。

    「長崎の鐘」は史実では、永井医師(リアル永田)とまったく会うことなく作曲された。
    言い換えると永田と裕一のやりとりの中にこそ作者の伝えたいことがあるということだ。

    曲を聞いた永井は古関(リアル裕一)に感謝の手紙と返歌を送った。
    古関は訪問を約束したが、永井は翌々年、古関の訪問を待たず亡くなった。
    古関夫妻はその翌年ようやく長崎を訪問、そこで永井の遺児2人と初めて対面したという。

  5. 丹善人 より:

    今週のまとめから智彦さんは完全削除。予告にも出てこない。

  6. 偽君子 より:

    どうでも良いことですけど、やっぱりこれ、どうしても阿久悠師の「あの鐘を鳴らすのはあなた」を思い出しますね。ある意味軌を一にしているような。

  7. たいとうみほ より:

    「あなた自身の為に作って欲しくはない」の後に続くのは「あなたの歌を求める人の為に作って下さい」だったのですね。人を応援する歌、エールを送る歌を。そしてそれは永田先生が裕一の作った歌を「よく歌いました」「何故謝るのですか」と懐かしそうにこぼした声に、通じるのかなと思います。あなたがこれまで作って来た歌にも、意味はあったのだ。あなたが今まで紡いできた生き方を全否定はしないでください、と。今後裕一君が「露営の歌」を聞いても、静かに受け入れられるようになる時が、真の裕一君の救いになるのでしょう。かつての過ちが、自分の人生の一部としてその後に繋がっているんだと、腑に落ち切る時が。

  8. 重信六三郎 より:

     智彦さん、いとも簡単にラーメン屋を辞めてまって…。

     劇中のケン少年と同じく落胆しました…。

     ラーメン屋の店主の男には初登場時、胡散臭さを感じていましたが、今回智彦さんに声を掛けた男・松川にはそれ以上の胡散臭さを感じます…。

     智彦さん大丈夫?騙されてない?

  9. 魁光 より:

    先程公式の人物相関図(20週)を見たところ、我らが廿日市さんは杉山秘書を後継のディレクターにしたようで前線を退くようですね…。
    人物紹介も「ディレクター、元秘書」となっていました。

    恐らく某銀行方面のお仕事が忙しくなったことで、バトンタッチが行われることになったように思います(笑)

    杉山「新ディレクター」がコロンブスレコードをどう引っ張っていくか見ものです!

  10. ぱぽりん より:

    広島は軍事施設、軍需工場をかかえる平坦な地域であるのに加え、それまで空襲を受けていなかったためリトルボーイ(ガンバレル型原爆・ウラン型)の効果を検証するのに適していた。
    小倉は軍需工場があり平坦な地域であったのでファットマン(爆縮型原爆・プルトニウム型)投下の第一候補であったが、当日天候不順(前夜の八幡空襲による煙及び、敵機襲来を探知しての煙幕、等)であったので長崎に目標変更。

    あらためて、新型兵器の実験として2種の原爆投下がなされたことに言葉がありません。

    自分の生まれ育った地域は(当時、そして現在も)軍事施設だらけだったので通常爆弾による空襲を受けなかったことすら不思議なわけですが、終戦を見越し、戦後統治のための米軍による使用を考えての措置であったもよう。

    こういうところに、現場での無常とは別に戦争の非情を感じ、考えます。

  11. 千秋様ファン より:

    その後元奥様は、麻酔科医になったり、朝ドラで幽霊になったりで忙しいですよね。

  12. 丹善人 より:

    裕一君が復活しました。エールを送り続けるということに変わりは無いんだ。
    自分の使命は、今までと変わらずに人々にエールを送り続けることだと。
    その意味では、早稲田のライバルの慶應の応援歌を作ることも、阪神の宿敵
    巨人の応援歌を作ることも何の問題もない。で、行き着く先がオリンピック。
    64年の東京オリンピックでの、世界が一つになって溶け込んだ閉会式が
    今では懐かしい。

    黒光も復活しました。あの不敵な笑顔で関内家の復活は約束されました。
    智彦さんの真の復活は来週のお楽しみに。

  13. おっさん より:

    今日もぐっときました。サトウハチローさんの作詞ですが、被爆のことに触れていないことが皆さんに受け入れられたのではないか、そして、短調から長調に変わる「なぐさめ はげまし」の所で希望がぱぁぁぁっと広がる、ことも素直に受け入れられたんだと思います。山藤太郎役の柿澤さんも良かったです。この歌はメロディーもさることながら、藤山一郎さんが歌っていたからこそ多くの人々に広まったと思っています。情感を込めてというよりも淡々と唄うこととで張りと伸びのある声が明日への生きる勇気を与えたと感じています。声楽家でない限り、こういう美声は聴けませんね。

  14. boxster981 より:

    タイトルバック&主題歌は吉田さんの手記の通り主として時間合わせでしたね。

    ところで今日の演出考えてみれば曲先ならともかく詩先では不自然な点もあります…。
    長崎へは作詞の取材ではなく作曲の取材ですから。
    サトーハチロー氏の詩は出かける前から出来ており裕一はそれを読んでいました。
    個人的にはこの歌詞の一節で「裕一よ早く気付け!」とずっと言いたかったのですが…。

    (長崎の鐘・4番)

    ただ短調から長調への転調は鐘の音を実際に聴いて着想したかも知れません。

    長崎の鐘には永井博士から古関氏への返歌(アンサーソング)があります。

  15. 魁光 より:

    ケン少年の役名のフラグを推理していました。

    ラーメン屋や中華料理屋の店名に「軒(ケン)」がつきがち。

    そして吟ちゃん、智彦さん、ケン少年の共通点は戦争で自分の居場所を失ったことです。

    独立した時にそのお店に自分の居場所を刻み込む為にそれぞれの名前を店名に入れるんじゃないでしょうか?
    最後にケン少年が養子になり、彼の名前を「◯◯軒」として取り入れる。

    という未来を想像しています(笑)

  16. オペラ座の怪人 より:

    智彦さん、ラーメン屋にはならないんだ。
    ちっと、拍子抜け。
    まあ、友人氏が言うように、
    「将校には将校にふさわしい」うんぬん。

    でも、本当に大丈夫なんだろうねえ。

    ( ̄▽ ̄;)  ( ̄~ ̄;)  ( ̄□ ̄;)!!

    (-A-) (-A-) (-A-) ← ざっくぅ

    おしまい

  17. 還暦のたつお より:

    今回ほど、タイトルの「エール」が大きな意味を持つ回はありませんでした。永田医師が裕一に伝えた事は、よく考えたら当たり前の事なのですが、永田医師の言うように自分の事に囚われ過ぎた裕一には気付けなかったのですね。ともあれタイトル無し今回はこのドラマの中でも重要な回になりました。

  18. よるは去った より:

    ユリカ「私たちに生きる希望を与えてくれました・・・・・・・。」

     中村ゆりちゃんが以前「花子とアン」で演じていた役はヒロイン(吉高由里子)の夫(鈴木亮平)の先妻で不治の病で若くして世を去る薄幸の女性ではなかったでしょうか。

  19. 魁光 より:

    九州生まれの私にとって以前から長崎の原爆の扱いが広島よりも小さいことに疑問と不満を感じていました。
    原爆については何もかもまずは広島が最優先。
    オバマ前大統領も広島には来ましたが、長崎には来なかった。

    たくさんの命が奪われたこと、その重みは変わらないのに、順番でここまで扱いが変わってしまうのか?と。

    だからこそ朝ドラで長崎の原爆を大々的に扱ってくれて本当に感謝です。

    原爆について「怒りの広島、祈りの長崎」と言われていましたが、長崎の鐘のエピソードでその部分がよく生かされていたと思っています。

    本当に長崎の原爆を取り扱った作品を思い出しても数えるくらいしかないので…。

  20. よるは去った より:

    武「希望を持って生きる人たちに『エール』を送ってくれんですか・・・・・・・・。」
     永田隆博士の口から「エール」という言葉が実際に出てきたかどうかは別として、同じ気持ちを持って生き抜いたに違いないと私的には信じたい。
     永田博士と古関裕而先生の触れ合いがどこまであったかも興味ありますね。

  21. boxster981 より:

    吉田さんの構想ではいよいよ本日裕一が復活することになります。
    ゆりに治療場所に連れていかれて永田医師の「どん底に大地あり」の文字に触れます。
    裕一はその意味を模索するうち鐘の音を聞き、無傷の鐘を掘り起こしたこと、
    その年のクリスマスに鐘を鳴らし勇気を得たことを聞き「希望」という真意にたどり着きます。
    一気に曲を書きあげ、私の言葉では『ヨハネの黙示録』の意味を見つけることで救われます。
    そのシンボルが短調から長調への転調で表現されるのです。
    裕一の哀愁を帯びた短調の軍歌と対になるのが象徴的です。
    (因みに初回~時代的には終わり近く~は長調のオリンピックマーチでした)
    これにより軍歌や戦争に加担したことの罪の意識からやっと解放されるのです。

    何故今日なのか?それは史実との違いを分析すれば明白です。
    恩師の戦死も史実ではありませんが、リアル池田氏との出会いも時期が違います。
    1937年にラジオドラマで一緒に仕事をしており戦前から旧知の間柄だったと思われます。
    1945年10月には本格的にNHKのラジオドラマでシナリオと音楽のコンビを組んでおり、名前も「山から来た男」だと判明しています。エールで描かれた長い作曲の中断はなく遅くとも9月半ばには復帰しています。
    このドラマが好評だったため、2人のコンビで第2弾のラジオドラマが企画されました。
    それが「鐘の鳴る丘」で1947年7月です。その次に(史実と異なる)映画です。

    つまり吉田さんは意図的に裕一の苦悩を長く描いています。恩師が戦死したのは理由になりません。逆に苦悩を描くために戦死させたのですから。ドラマとして分かりやすく盛り上げる手法ではありますが私には別の理由が見えてきました。吉田さんは長崎の鐘に戦後のピークを持ってきたかったのだと思います。長崎の鐘で復活し救われるという構想をまず最初に立てたのだと思います。

    その理由は裕一を原爆で傷ついた日本人の化身に仕立てたかったからだと思います。私が夫婦愛も家族愛も超えた普遍性を感じると述べた真意はここにあります。吉田照幸さんとキリスト教の接点は不明です。しかし原爆との接点は広島局に勤務して念願だったドキュメンタリーなどを担当しているので取材もたくさんしていると思います。その蓄積や疑問の積み重ねの上にエールは描かれ今週があります。ひょっとしたら長崎の鐘は吉田さんの戦争観の中間総括かもしれません。

    だからプリンスのエピソードなどという個人的な問題とは直接関係なく吉田さんの構想では今日が裕一の復活日でなければならないと断言しているのです。 それをはぐらかすブログ主様が恨めしい限りです(笑)

  22. 柏倉章宏 より:

    第1回放送で萩原聖人君が演じた警備員が裕一君に「先生の曲は人々に寄り添い、励ます曲です‼️」
    に涙しました。
    今回、その曲が出来たのですね‼️

  23. 丹善人 より:

    吉岡秀隆さんは、「ドクター・コトー」のイメージもあるので、適役だと思います。
    もっとも、撮影に没頭しすぎて、新婚まなしの妻に連絡も取らずにいて、逃げられたという
    話もありますが。