音のために歌を作る裕一 / エール 第105回

2020年11月6日(金)第21週「夢のつづきに」

あらすじ

『ラ・ボエーム』を降板して深く落ち込む音を、裕一は教会に連れて行きました。そして、音のために作った曲を、教会の慈善音楽会で歌ってほしい。子供たちに歌を教えてほしいと裕一は音に頼みました。

そして迎えた教会での慈善音楽会の日。その日は鉄男、久志、藤丸も手伝いに来ました。御手洗やベルトーマス、千鶴子、吟一家、そして音の音楽学校時代の同窓生たちも招待されて会場に集まって来ました。

音楽会では、子供たちだけでなく久志と藤丸の二人も歌声を披露しました。最後に音が歌う番を迎えました。裕一は音のことを、自分が音楽を続けられた恩人だと紹介しました。そして裕一が作曲し鉄男が作詞した歌『蒼き空へ』を音が歌いました。

音楽会が終わり、音は自分の気持ちを華に告げました。やはり歌はやめられない。歌を歌う喜びを伝え続けたいと。そして華が自分のやりたいことを見つけたら応援すると、音は華に約束しました。音と華は仲直りできました。

<<前回104回 | 次回106回>>

第21週 | 第22週 | 第23週 | 最終週/第24週

Sponsored Link

予習レビュー

裕一くんが作曲した歌を音ちゃんが歌う。

裕一くんと音ちゃんの二人の夢が、ささやかな形ながらも叶えられます。

音ちゃんとしては、本当は大舞台で歌いたかったかもしれません。

そして、安易な展開をするドラマならば、裕一くんが作った歌を音ちゃんが大舞台で披露して二人の夢が叶うという展開を用意したかもしれません。

しかし、あまりにも長いブランクがある音ちゃんがそれをやってしまうのは無理がある。

とても現実的な夢の実現をドラマは選択しました。

ところで、ささやかな形での夢の実現で思い出すのは、環先生の若き日のパリの物語。

初の個展が酷評され、失意の青年画家・嗣人さんにカフェのマスターは、カフェで個展を開くことを提案。

しかし嗣人さんはその申し出を断りました。

場末のカフェでの個展など、嗣人さんはプライドが許さなかったのです。

音ちゃんの性格から考えて、嗣人さんみたいな反応を示すことはないだろうとは思います。

しかし『ラ・ボエーム』を降板したことによる失意が、ささやかな音楽会でどのように回収されるのか。

そこがとっても気になるブログ主です。

Sponsored Link


コメントへの返信 by 朝蔵

プリンス復活(よるは去ったさん)
指鉄砲とミュージックティとの再会。プリンス完全復活の姿を見たような気がしました。

純粋に歌が好きだった頃(よるは去ったさん)
趣味を仕事にしたらその趣味が嫌いになったという人をたまに見かけます。音ちゃんはその落とし穴に落ちかかっていたような気がします。

大事な人との繋がり(魁光さん)
慈善音楽会のお客さんも手伝ってくれた人も人との繋がりがあってのこと。ご縁の価値を知り尽くしている裕一くんだからできた音楽会でした。

立ち直った時が再会の時(魁光さん)
プリンスとミュージックティの再会がここまで遅くなった理由が、ちょうだいしたコメントでやっと合点が行きました。ありがとうございます。

舞台は音が音楽の楽しさに目覚めた「教会」(boxster981さん)
原点に帰ったことが舞台で表現されていました。そして音楽会での音楽を際立たせるためにオープニングの主題を省略したのも粋なはからいでした。

晴れやかな笑顔の千鶴子さん(還暦のたつおさん)
プロとして活動を続ける千鶴子ちゃんにとって、音楽の喜びを思い立たせてくれる貴重な機会になったでしょうね。

音楽の原点(オペラ座の怪人さん)
音ちゃんが降板したオペラは今にして思えば音楽の原点から最も遠いところにあったわけですね。興行成績ためなら音楽を犠牲にすることを厭わないという・・・

次週は浩二君の片を付けたら(丹善人さん)
次週は大将の心の傷も癒されます。ブログ主はそれが楽しみで楽しみで・・・

映像も美しく(boxster981さん)
音楽会が終わった後の夕方の教会の映像。ヴィットリオ・ストラーロのようでした。

弘哉君のお母さん(重信六三郎さん)
たしかに『梅ちゃん先生』の同窓会ですね。

久志君、藤丸さん(柏倉章宏さん)
この二人はいつまでも幸せでいてほしいです。

今日が最終回?(さやさん)
主題歌もなく、すべてが丸く収まり・・・

先の展開を知らなければ最終回と勘違いするレベルでした。

全力で競った結果の友情(名乗る程のものではございませんさん)
馴れ合いの余地がない友情は美しいです。

関わっていないと気づかない小さな事(丹善人さん)
決して小さな事ではありません。関わっていないブログ主は初めて気がつきました。

安隆さんの名言『やらずに後悔するより、やって後悔した方が良い』(yukoさん)
三郎さんは「やって後悔」の方が多かった人生を送ったことが考えられるので(笑)浩二くんはそのあたりのことは心得ているかなと期待しています。

土曜日のまとめ(丹善人さん)
ここ数週間、吟ちゃんの目覚ましい活躍が描かれているので土曜日にはほぼほぼスルーされてますね。

思いを寄せる渉も父や母のファンでしかないない(boxster981さん)
思いを寄せる相手は自分ではなく自分の両親の才能に関心がある。しかし、自分にはその才能がないことがずっと悩み。これは複雑な気持ちになりますね。

千鶴子さんの姿(たいとうみほさん)
千鶴子さんは留学やプロとしての活動の中で苦労を経験されたのでしょうか。音楽学校時代の人への関心が薄かった頃とは見違えるようです。

大舞台で観衆を魅了するだけが、歌い手の務めではありません(たいとうみほさん)
ささやかな規模だからこそ観客との距離が近い点。『ちりとてちん』クライマックス近くの青空寄席に近いものがありました。

サトウハチロー氏の名が出ず、印象として池田の作詞のように感じられてしまった(ぱぽりんさん)
サトウハチローをモデルにしたらしきキャラが登場しないですね。


Sponsored Link

感想

原点に帰った音ちゃん

音ちゃんが「歌う喜び」を知った原点に戻って来ました。

音ちゃんが人前で歌う場面、思い起こせばそれほど多くはありません。

ブログ主が思い出せる限りでも、川俣の教会、豊橋の教会、豊橋での音楽会、音楽学校時代のオーディション、戦時中の慰問活動、『ラ・ボエーム』のオーディショ、そして今回。

そして、音楽学校時代のオーディションが音ちゃんの曲がり角だったかと思います。

豊橋での音楽会以前の音ちゃんは、歌う喜びのために歌っていました。

音楽学校時代のオーディションでも、はじめのうちは歌う喜びのために歌っていました、その考え方を否定されてしまいました。

それ以来、歌う喜びのために音ちゃんが歌う場面はなかったと記憶しています。(記憶違いでなければですが)

歌う喜びだけで歌うのはプロとしては失格です。

しかし音楽はプロのためだけに存在するわけではありません。人に聴かせるための音楽ではなく、自分で歌い演奏して楽しむのもまた音楽の持つ役割です。

そして後者の役割を果たす場面の方が圧倒的に多いはず。

音ちゃんは、後者の音楽に戻って来ました。

裕一くんと音ちゃんが初めて出会った教会で、音ちゃんは原点に帰って来ました。

<<前回104回 | 次回106回>>

第21週 | 第22週 | 第23週 | 最終週/第24週

Sponsored Link
Sponsored Link

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメント

  1. ぱぽりん より:

    今回の納得、
    <華は重宝!!>

    華を鞭打ってこき使えば・・・・
    いえいえ、そういうことではありません。
    裕一、音の年表に華の年齢を書き添えると、時間の経過が解り易いということです。
    朝ドラあるあるかもしれませんが、本作ではその便利さを実感しております

    さて、久志と藤丸の歌った<リンゴの唄>、大好きです。
    長崎の鐘が取り上げられた回でサトウハチロー氏の名が出ず、印象として池田の作詞のように感じられてしまったのを残念に思っていました。
    氏、時代の彼方の人物と思いきや、フォーククルセダーズの<悲しくてやりきれない>は氏の作詞によるもので、同じ時間を生きていたんだなーと、感慨深いものがあります。
    サトウハチロー氏の作品では
    <モズが枯れ木で>
    が、ず~と気になるものであり続けていました。
    反戦歌としてのものなのか・・・
    サトウハチロー氏の意図、どうだったのでしょうね。

    戦争については「歴史」のこととして取り上げられることがあるものの、まだまだ生な状態である<同和>問題、朝ドラのテーマになることはあるのでしょうか。
    赤い鳥の <竹田の子守歌>
    岡林信康氏の <手紙> <チューリップのアップリケ>
    これらの歌の世界が過去のこととして清算されドラマ化される日が来ることを望むばかりです。

  2. たいとうみほ より:

    施設の先生が言っていた「最低限の衣食住は何とかなったが大変なのはこれから」実際に就職や結婚という段階になって、施設出身の子が差別冷遇を受けたり、親が支援するような事が公的機関ではしてもらえない、などという事にも、現代でも問題になります。音ちゃんが今日歌った「蒼き空へ」はきっと、これから厳しい社会に出ていく子供達を、励まし支えていく、魂の歌声になっていくのではないか。そう思って聞いていました。大舞台で観衆を魅了するだけが、歌い手の務めではありません。すぐ近くで生の歌声を聞いた、その記憶が一生ものとなって、人1人の人生の糧になっていきます。教会の子供達にとって音ちゃんは、幼い音ちゃんにとっての環先生と、なっていくかもしれません。

  3. 偽君子 より:

    しかし「青き空へ」、そうきたかと。一本取られましたなぁ。大将大手柄ですぜ!

  4. 丹善人 より:

    一つ訂正です。
    「きよしこの夜」を訳詞した由木康師は、昭和9年に発行した讃美歌では「みははの胸に」
    だったのが、英文元詩とイメージが違うと言うことで、昭和29年改訂版の讃美歌から
    「まぶねの中に」の歌詞に変更しました。カトリックは今でも「み母の胸に」ですが。

    で、「エール」の時間ではまだ昭和29年ではなかったように思えるので、ひょっとして
    時代考証ミスかもしれません。

  5. たいとうみほ より:

    言葉であれこれ説明するよりも。すぐそばに寄り添う事、表情や眼差しを共にする事。それが人の心を何より支えてくれるのだというのを、千鶴子さんの姿に感じ取りました。あの場で千鶴子さんがすぐ立ち去ってしまい、音ちゃんが1人取り残されていたら、絶望がより深まっていたでしょう。音ちゃんが全てを受け入れられるまで、多分忙しかったであろう千鶴子さんが、音ちゃんに寄り添ってくれた姿に胸を打たれました。コロナ騒ぎの中ですっかり失われてしまったものです。

  6. 名乗る程のものではございません より:

    丹膳人様のコメント
    インパクトのある知識提供ありがとうございます。
    勉強になりました。
    しかも週末のコメント欄は長文がやたら目立つがゆえブログ主様のご負担を考慮しコンパクトにまとめられた内容に大人の対応を感じさせられました。

    コンパクトかつインパクト
    コメント欄で感服したのは初めてです。

  7. boxster981 より:

    ヴィットリオ・ストラーロ、「地獄の黙示録」や「ラストエンペラー」でアカデミー賞を受賞したカメラマンですよね。4K撮影があるからでしょうか、このドラマ本当にTVドラマの水準と一線を画す映像クオリティです。

    丹善人さん、教会の区分ありがとうございます。光子さんは聖公会という宗派でしたよね。

    さてエールの至宝のような105回に週間サマリーは何が加えられるのか?その興味だけで第21週サマリーを観ましたが明らかにこなしきれていない感じ!!苦しみからの解放が不十分!?

    音、「ラ・ボエーム」のオーディション

    一次審査合格、二次審査には千鶴子が審査員。
    最終審査に進む。さすがにみんな実力があると感じるが…。
    それにも受かり主役に。

    華天才の娘(子弟)の悲哀

    裕一が風をひいても音は自分を頼りにしていない、
    思いを寄せる渉も父や母のファンでしかないないと気付き複雑な思い。
    目標があるのがそんなに偉いの、精一杯やっている。華は音の人生を変えたと苦しむ。
    音は、歌を中断したのは華のせいではない、自分が華を選んだのと語るが…。

    音、練習で苦しみ降板

    顔合わせ、実力不足が埋まらず疲れ果て悩んでしまう。
    ミミを演じる覚悟があるのかと相手役に言われ悩んで千鶴子に相談、
    そこで最終審査の席で常務の横槍で主役になったと知る。
    降板を告げる音。
    裕一に「分かってしまった私はここまでだと、くやしいけどどうにもならん。」
        大きな舞台で歌う歌手にはなれんかった。
    落ち込む音を裕一が教会の孤児園に連れ出す。
        ここで歌ってくれないか

    慈善音楽会

    舞台は音が音楽の楽しさに目覚めた「教会」でクリスマスに開催する慈善音楽会
    子供たちに歌を教えて、音楽の楽しさを思い出す音。
        そして、いよいよ、音楽会当日……。裕一が特別の挨拶をする。
    鉄男や久志や藤丸らの仲間、御手洗MTや千鶴子や昔の友人も集まる中で歌う音。
    裕一が鉄男とつくった歌「蒼き空へ」裕一が音に約束した舞台だと言う演出。

    夢はあっても無くても、かなっても叶わなくても人生は素晴らしい

    日村氏の最後のコメントが至宝の1日を台無しにしてしまった!!!という感想。

  8. 丹善人 より:

    土曜日のまとめって、吟ちゃん一家を映すのが嫌いなんですかね。
    家出した華を迎えに行った帰りに教会に寄るというのは重要な
    話なのに、これもすっかりカットしてしまった。
    よっぽど智彦さんを映したくない様で。

  9. 丹善人 より:

    関わっていないと気づかない小さな事。
    この教会、てっきりカトリックだと思っていたら、プロテスタントだった。
    「きよしこの夜」では、カトリックは「み母の胸に」、プロテスタントは「まぶねの中に」
    教会の十字架は、カトリックではイエスがかけられていて、プロテスタントは姿がない。

    御手洗ティーチャーはまだ出て来るかも知れにないけれど、ベルトーマスさんは
    これで出番終わりかな。

  10. 名乗る程のものではございません より:

    振り返ってみたら音さんと千鶴子さんも久志さんと御手洗さんも全力で競った結果の友情なんですよね。

    少年ジャンプ的な展開でしたね。

  11. さや より:

    今日が最終回? と、あさイチMCの博多華丸・大吉さんも慌てちゃうくらいにしっとりとした楽しい回でした。主題歌もなく、それでいて、登場人物のほとんどが出演する素敵な回でした!

  12. 柏倉章宏 より:

    久志君、藤丸さん、園長先生のスリーショットご二人目のお母さんにフィアンセを紹介しているように見える。

  13. 重信六三郎 より:

    (先程のコメントの続き…。)

     それとも、あの演出家さんこそが、お忍びで人間界にやって来た閻魔様の、“世を忍ぶ仮の姿”なのかも…。

  14. 重信六三郎 より:

     今回の音楽会、弘哉君のお母さんも来てくれていたら、“『梅ちゃん先生』の東京女子医専の同級生の再会”が見られたのに…。

     それから、『ラ・ボエーム』の演出家さん、もし亡くなってあの世に行ったとしたら、どんな展開になるのでしょうか…。

  15. boxster981 より:

    扉が開いて始まり、閉じて終わる演出。
    正直、突っ込む場所が無い!
    映像も美しく コントも利かしている
    そして詩歌そのものも…
    水仙のしずく、雨も上がれば、希望に胸はずませ 空へ羽ばたく、さあ翔け!
    雨、雲、光、どこまでも蒼き空、と移り変わる情景が浮かぶ描写
    光はもちろん神の啓示を指し示す。

    途切れたあの夢の続きとあるから直接的には音に贈る再生の歌になっている
    しかし聴き様によっては華をはじめ夢を追う人々みんなへのエールソングとなっている
    だから、大丈夫、見つかったら全力で応援するという言葉が生きてくる。

    実はスイセンの花言葉は「自己愛」なので一瞬おや?と思ったが、
    調べてみて欧米では、スイセンは「希望」の象徴との意味があることを知り確信した。
    15分では勿体ない、エール全編の中でも象徴的な回である。

  16. 丹善人 より:

    今日が最終回でもよかったような。でもオリンピックまで引っ張らないとね。
    復活の場が原点である教会での歌。そして子どもたちへの指導。自分に合った
    世界を知って、もう迷いはない。

    音ちゃんの復活物語もこれで終了。次週は浩二君の片を付けたら、その後は
    華ちゃんの物語。渉君が出てきても、想いが見実らないと言うことを
    知っているだけに、ツーショットはつらいものがある。

  17. オペラ座の怪人 より:

    音楽の原点って、やっぱ、こういう教会みたいなところでの、
    手作りのコンサート、でふよね。

    バッハも、きっと、教会で、少年合唱団の団員が、
    あっちこっち、駆け回っちゃうのを「こら!」とか言って、
    なだめたり、すかしたりして、歌わせていたと思うのでふが、

    鉄男(鉄夫?)も、久志も、智彦さん&吟おばちゃん&ケンも、
    旧友(含む金澤美穂ちゃん)も、千鶴子さんも。
    そうそう、久志と御手洗、お久しぶりの再会だったんだ。

    最終回、良かったね、
    というのは、後番組「あさいち」のネタでふ。

    ヾ(・◇・)ノ ヽ( ̄▽ ̄)ノ ヽ(・∀・)ノ

    (-A-) (-A-) (-A-) ← ざっくぅ

    おしまい

  18. 還暦のたつお より:

    あんな晴れやかな笑顔の千鶴子さんを初めてみました。プロとかアマチュアの垣根を越えて皆が、歌ったり、演奏したりすることを楽しむという音楽の原点に立ち返っているようでした。見ていて気持ちの良い回でした。

  19. boxster981 より:

    昨夜11時から今日に備えて104回の再放送を観てみた。
    冒頭の発声練習シーンから音の高音が明らかに不安定に思える。
    たぶん週明け月曜日の発声の方が良い気がする(きちんと比較はしてないが…)

    振り返れば音は椿姫でも技術的に千鶴子に敵わなかった。
    確か千鶴子は音との主役争いで技術にさらに磨きをかけて臨んだ。
    一方音は希穂子の恋心に触れ感情を育んだ。
    音の気迫に千鶴子が押されて自滅した面もあるが感情表現で音が勝っていた。

    それが今回音はブランクを意識して自分の技術にばかり捕らわれていた。
    音の生来の良さである度胸の良さが消えて萎縮していた。
    ソロならともかく相手のある演技は経験値が決定的に不足していた。
    もちろんブランクは大きいが本来の自分の持ち味すら出せない程音は疲弊していた。
    千鶴子に抜擢された裏の事情を打ち明けられる以前から音の気力は萎えていた。
    「私はここまでだって」と敢て口に出したが、それはフラグ。
    音ちゃんがそれで終わって良いはずはない…、と誰もが思う。
    裕一もそれは違うと思ったに違いない、だから教会(孤児院)に音を連れ出した。
    そして今日……!?

    舞台は音が音楽の楽しさに目覚めた「教会」だというのがミソである。
    教会でクリスマスのときに開催する慈善音楽会
    そこで歌って欲しいと楽譜を渡す裕一。
    子供たちに歌を教えて、音楽の楽しさを思い出す音。
    そして、いよいよ、音楽会当日……。裕一が特別の挨拶をする。

    鉄男や久志や藤丸らの仲間、御手洗MTや千鶴子や昔の友人も集まる
    裕一が音への思いをから歌をつくった歌「蒼き空へ」
    長崎の鐘を連想する楽曲、オリジナルか?
    作詞は鉄男。裕一が音に約束した舞台だと言う演出。

    前日との落差を利用して感動をより大きく演出したのはさすがだ!!!
    11月に入ったので幸運にもクリスマスシーンに大きな違和感が無い。
    リハーサルで酷使し半ば潰した状態の喉も半月の休養があれば癒えるのも自然。
    本来の音の歌声が帰ってきて印象的に幕は降りた。

  20. 魁光 より:

    久志とミュージックティ(以下略)との再会。
    20週に再会しなかったのは、ミュージックティ(以下略)にとってはキラキラなプリンスしか知らなくて、久志のプライドの高さもあって敢えて会わなかった配慮かもしれません。

    立ち直った時が再会の時だと。
    それが今日叶いましたね!

  21. 魁光 より:

    20週で裕一が「最近人の縁についてよく考えるんですよ…」と言っていましたが、大事な人との繋がりと暖かみは大劇場で歌うという名声にも負けないでしょうね。

    音ちゃんはそこを選びました。

    名声は活躍しつづけないとキープできない。
    それでも人との繋がりはずっと残り続ける。

    どん底の久志もそれで救われました。
    ささやかながら、どんなオペラや音楽会よりも大きな価値を持つ慈善音楽会でした。

  22. よるは去った より:

    音「どんな大きな舞台より・・・・・・。」

    確かにいずれの舞台よりも大きかったでしょうね。
    純粋に歌が好きだった頃が流れた場面を思い出すとその感は強いですね。

  23. よるは去った より:

    久志「僕が歌うから・・・・・。」

    ウインクから指鉄砲に変換ですか。
    でも改めてプリンス復活という感がありますね。