ごちそうさん 96話 正蔵逝く

連続テレビ小説(朝ドラ)『ごちそうさん』
2014年1月25日(土)放送
第16週 第96話 「汁の棲み家(ついのすみか)」

『ごちそうさん』第16週 第96回「汁の棲み家」
 あらすじ、ネタバレ

再び発作を起こした正蔵を案じる竹元の「お招きしろ」という強い勧めで、悠太郎は開業前の地下鉄の駅を正蔵に見せることになりました。息子の仕事を自分の眼で確認した正蔵は「技術は技術でしか救えない、期待してる」と悠太郎に告げました。

夕食の席で、その日見て来た地下鉄の駅の様子を大喜びで家族に聞かせる正蔵。その夜遅く、自分はこんなに幸福でいいのだろうかと言いだす正蔵に、静は悪いことも沢山あったからこれでとんとん、良い事も悪い事も腹一杯のごちそうさんの人生とこたえます。

夕食を心から満足した正蔵は明くる日の朝食の献立を楽しみにしながら、眠っている間に息を引き取りました。静は亡骸となった正蔵に朝食の献立を聞かせると、集まった家族一人一人に感謝の言葉を贈り、これ以上ない大往生だったと告げるのでした。

正蔵の葬儀が終わりました。お互いに長生きしてほしいと語り合うめ以子と悠太郎。その頃、和枝の嫁ぎ先の家の庭の柿の木の最後の葉が舞落ちるのを、和枝は感慨深げに眺めていました。

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『ごちそうさん』第16週 第96回 再放送レビュー

2017年1月21日(土)放送

正蔵さんの死後、明日の朝は何を食べられるのかを楽しみにしながら逝った正蔵さんは幸福な人だったと悠太郎は言いました。

しかし、明日の朝の献立を楽しみに出来ることを幸福と表現する悠太郎の言葉の意味するところが、恥ずかしながら本放送時は理解できずにいました。

しかし、次週から始まる、そもそも明日は食べられるのかどうかも定かでなくなる時代が間も無くやって来ることを既に知っている今なら理解できます。

何を食べられるのかと言う選択肢があることがどれほど幸福で有難いことなのか、今ならよく分かります。

さて、大大阪時代から始まった『ごちそうさん』後編。その輝かしい時代は西門家のふた組の祝言でピークを迎え、正蔵さんの死とともに終わりを告げました。

祝言の豪華な料理。その料理の素材や大きさをめぐって和枝姉さんがめ以子に小言を言う場面。こんな場面の一つ一つが物語全体を俯瞰したらこの上ない贅沢な時間です。

次週から最終回の直前までつらい日々が続きます。

『ごちそうさん』第16週 第96回 「汁の棲み家」
 感想

実に綺麗な往生の場面だったと思います。地下鉄の駅の様子をおもちゃをもらった子供みたいに嬉々として話す姿、夕食を堪能し心から美味しかったという姿、そして就寝前に今の自分がどれほど幸福かしみじみ語る姿。

次の場面では、今際の際(いまわのきわ)の姿は一切みせずに、息を引き取った正蔵さんの前で居住まいを正したお静さんに、正蔵さんの最後の言葉「今日美味しかったな、明日なんやろな」だけを語らせる。

葬儀の場面も一切飛ばして、葬儀が終わった悠太郎とめ以子の「最高の送り方してもろた、最高ですよ明日のご飯考えながら逝ったなんて」という会話のみ。

今際の際(いまわのきわ)や葬儀の「悲しみ」の映像を一切出さず、「幸福」な映像だけで見せてくれた大往生、今後も僕にとって忘れられない名場面になりそうです。

さて、正蔵の波乱の生涯は幕を閉じましたが、一方で『ごちそうさん』の明治・大正・昭和初期の古き良き時代も幕を閉じ、次週から波乱の時代に入ってゆきます。

第17週:1940年
第18週:1941年
第19週:1943年
第20週:1944年
第21週:1944年(東京が米軍により空爆された後)

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コメント

  1. たいとうみほ より:

    正蔵さんが手がけた銅精錬は
    本来の用途と無関係の部分で人の命を奪ってしまった。
    悠太郎も自らの手掛けた建築物が
    非常時には人命を損なうものである事を悩んでいた。
    (のちの建物疎開にもつながる部分なのでしょう)
    その2人が入っていった地下鉄は
    それとは逆に、本来の用途と異なる形で
    空襲という非常時にたくさんの人命を救う事になります。
    命あるうちに正蔵さんが
    その事を知ったらなあと
    思わずにいられませんでした。
    先端技術は思わぬ副作用ももたらすけど
    想定外の形で役に立つ事もある。
    アーチ形のトンネルがそれを物語ったように見えました。

    • 朝蔵(あさぞう) より:

      コメントありがとうございます。

      > 先端技術

      親子揃って技術者どうしだから共有出来た、技術者ならではの苦悩と喜び。悠太郎の「責任感」のその奥に正蔵さんの願いを洞察した竹元教授もまた苦悩と喜びを共有していたからこそ、正蔵さんを招待するという異例を許したのでしょう。未完成のトンネルの場面に心洗われる思いでした。

  2. なかむらみきこ より:

    いつも楽しく拝見しています。

    筆者の方は30代の男性なのかな、と感想を
    読みながら思っています。

    私の、亡くなった母は昭和7年生まれで、
    昔の事をとてもよく覚えていてよく話して
    くれました。
    地方都市で尋常小学校の教師の家庭で
    貧乏暮らしだったわけで
    彼女の話に比べると
    ごちそうさんに描かれている食卓の
    豪華さには
    とても、驚かされます。

    もちろん、それが「売り」のお話だから
    だとは思うのですが。

    例えば先週のゆうさん浮気事件の時に
    1人に1つづつのオムレツが
    朝の食卓に供されていたのにも
    正直に度肝を抜かれました。
    昭和の始め、いや、戦後間も無くでも
    玉子は貴重品だったはず。
    基本的にはお話として楽しんでいますが
    時々、むむむ、と思うことがあります。
    まぁ、母達の暮らしが本当にめちゃくちゃ
    慎ましやかだったのかもしれませんね。

    母は生きていれば82歳。
    まだまだお元気でテレビを観ている方も
    たくさんいらっしゃる世代です。
    その辺りの方はどんな風に見ているのかなぁ、
    と、いつも思っています。

    もしよかったらそういう視点も
    一度掬い上げてみて下さいませ。

    絶対にWeb情報なんか見ないし
    録画予約とか出来ないから
    オンタイム放送のみで(笑)
    朝の連ドラは見ている、という
    シルバー世代はたっくさんいると
    思うんですよねぇ。

    • hublog より:

      コメントありがとうございます。

      『ごちそうさん』の時代をご自分の眼でご覧になった世代の方々が
      『ごちそうさん』をどう感じているか、何か工夫が出来ないか考えてみようと思います。

      今後とも当ブログをよろしくお願い致します。