風、薫る 第1週「翼と刀」予習レビューとあらすじ
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NHK連続テレビ小説(朝ドラ)『風、薫る』
2023年3月30日 〜 4月3日放送
二人の主人公
1882年(明治15年)。栃木県の那須で元家老の家に長女として生まれた一ノ瀬りんは17歳。りんは、帰農した父の信右衛門、母の美津、妹の安とともに暮らしていました。
同じころ、生まれてすぐ親に捨てられ教会に保護されて育った大家直美は、牧師・吉江善作の世話になりながらマッチ工場で働いていました。
信右衛門の死
りんに縁談が舞い込みました。しかし、良家に嫁ぐことを夢見る安がその縁談を受けることに。その頃、コロリ(コレラ)が流行し始めていました。
そんな中、信右衛門がコロリに感染。感染を防ぐため納屋に籠っていた信右衛門は、感染を防ぐべくりんの看病を拒む中で亡くなりました。
直美の決意、りんの決意
1883年(明治16年)。コロリの流行は終息したものの、不景気で女性の働き口がない中、直美はアメリカに行くしかないと考え始めていました。
一方、安の縁談が破談になる中、りんに縁談が舞い込みました。運送業を営む家の後妻になるというその縁談を、りんは迷い抜いた末に受け入れることにしました。
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今週の展開
1: 3/30(月) 那須のりん、東京の直美
2: 3/31(火) りんの住む村に異変発生
3: 4/1(水) 虎太郎を励ましたいりん
4: 4/2(木) 美津と安が東京から戻る
5: 4/3(金) りんに見合いが舞い込む
予習レビューと史実のリアルエピソード
この物語の二人の主人公・一ノ瀬りんと大家直美の実在モデル、大関和と鈴木雅の生涯は次のとおりです。
大関和と鈴木雅の生涯
| 大関和の生涯 | 鈴木雅の生涯 | |
| 1858年 安政4年 | 2月9日、士族の加藤信盛とその妻のトヨの長女として誕生。旧姓は加藤。 | |
| 1858年 安政5年 | 5月23日、黒羽藩の家老・大関弾右衛門とその妻のテツの次女として誕生。 | |
| 1876年 明治9年 | 黒羽藩の次席家老であった渡辺家の次男・渡辺福之進と結婚。 | フェリス・セミナリー(現フェリス女学院)に入学。 |
| 1878年 明治11年 | 西南戦争にて第2大隊大隊長を勤めた鈴木良光と結婚。 | |
| 1881年 明治14年 | 福之進と妾の関係が解消されなかったことから離婚。東京の実家に戻る。 | |
| 1883年 明治16年 | 夫・良光が仙台にて病没し、二児を抱えて上京。 | |
| 1886年 明治19年 | 桜井女学校付属看護婦養成所に同期の鈴木雅と共に1期生として入学。 | フェリス・セミナリーを卒業後、桜井女学校付属看護婦養成所に同期の大関和と共に1期生として入学。 |
| 1888年 明治21年 | 日本初の近代教育を受講した看護師の資格を取得。 | 教師アグネス・ベッチの通訳をしながら通学し卒業。帝国大学医科大学第一病院の内科看護婦取締に就任。 |
| 1890年 明治23年 | 新潟県の高田女子高等学校(現在の上越高等学校)の伝道師及び看護婦等を務める。 | |
| 1891年 明治24年 | 帝国大学医科大学第一病院の内科看護婦取締を辞職。本郷森川町に慈善看護婦会 (のちの東京看護婦会) を創設して派出看護事業を開始。 | |
| 1896年 明治29年 | 鈴木雅が設立した東京看護婦講習所の教師となる。(後に鈴木雅の後継者として会頭に就任) | 東京看護婦講習所を設立して看護教育にあたる。 |
| 1900年 明治33年 | 東京看護婦会を大関和に譲渡。引退し静岡県沼津市で余生を過ごす。 | |
| 1909年 明治42年 | 大関看護婦会を設立し、優良な看護婦の養成と派出看護業務に乗り出す。 | |
| 1932年 昭和7年 | 5月22日、脳溢血のため病臥中、病状悪化により死去。満73歳没。 | |
| 1940年 昭和15年 | 静岡県沼津市にて死去。満82歳没。 |
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