2026/3/17(火)第24週「カイダン、カク、シマス。」

あらすじ

ある日ヘブンは、帝大には行かず牛乳と菓子を出すミルクホールにいました。その翌朝、ヘブンはいつも通り家を出発しました。ヘブンはその日も帝大ではなくミルクホールに向かいました。その頃、ヘブンはミルクホールに通い詰めていました。

トキや家族らはそのことを知らず、ヘブンは帝大に通っていると考えていました。しかし司之介だけはヘブンの様子に違和感を覚えていました。ある日、ヘブンがミルクホールにいると、そこに司之介が姿をあらわしました。

司之介はヘブンの様子に同じ匂いを感じたと言って、武士の時代が終わった頃の話を始めました。武士の時代が終わり、武士だった自分はこの世から要らないと言われたような気持ちになり、立ち尽くしてしまったと。

司之介の気持ちを聞かされたヘブンが口を開き始めました。ヘブンは帝大をクビになっていました。ヘブンはもう古いとも言われていました。ヘブンの語ったことを静かに受け止めた司之介は、家族には内緒にすることを約束しました。

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感想

司之介さん

ヘブンさんがミルクホールに通い詰める理由が明らかに。

ブログ主は健康上の理由と予想していましたが、またしても予想は外れました。

ヘブンさん、実は帝大をクビに。

このエピソードは史実を再現したものです。

この実話をここに持ってくるとは・・・

今回、司之介さんはヘブンさんに同じ匂いを感じると言い出しました。

同じ匂い。

司之介さんがこんなことを言い出すのは前週には明らかになっていました。

しかし、それがどんな匂いなのかは伏せられたままでした。

自分は要らないと言われた失意の中の人の匂い。

司之介さん、ヘブンさんにそんな匂いを感じたようです。

深く傷つき悩み苦しんだ経験がある司之介さんだけに、ヘブンさんの気持ちを誰よりも敏感に察知したようです。

司之介さん、今日までずっと残念なお父さんキャラでした。

今回も「家族の中で一人だけ暇な人」というレッテルを貼られてしまい、相変わらず残念なお父さんでした。

しかし司之介さんのポジションが一転しました。

家族の中で唯一、今日が何曜日なのか知らなくても済む生活をしているお気楽な司之介さん。

そんな司之介さんはまた、家族の中で唯一、ヘブンさんの苦悩を察知していました。

そしてヘブンさんを尾行した司之介さん。

ヘブンさんは帝大には行ってないと考えたのでしょうか。

司之介さんの予想したとおり、ヘブンさんは帝大には行っていませんでした。

そしてミルクホールでヘブンさんの前に姿をあらわした司之介さん。

ここからの司之介さんは優しかった。

帝大に行ってないのか。

どうしてこんなところにいるのか。

司之介さんはヘブンさんに一言も聞きませんでした。

そして始めた昔の話。

実は、一方的に自分語りを始める司之介さんの姿を見て、愛からわず自分勝手な人だなと思ってしまいました。

ヘブンさんは明らかに何かに悩んでいる様子なのに一人で勝手にしゃべり出すとは・・・

そんなふうに思ったわけです。

でも司之介さんの一人語りはヘブンさんの気持ちを緩めるためのものでした。

司之介さんの言葉を聞いたヘブンさんはついに語り始めました。

帝大をクビになったことを。

しかし、決して驚くような反応を見せない司之介さん。

司之介さんのこの静かな受け止め方は、ヘブンさんにどれほど救いになったことか。

ヘブンさんを励ます司之介さんの言葉がまた優しい。

「よいな義理の息子、よいな昔のわし」

父親に捨てられた経験を持つヘブンさんに、この司之介さんの言葉が持つ優しさが胸に沁みたものと思われます。

イライザさん

イライザさんが久しぶりに登場。

次の出版の企画としてヘブさんの起用を提案するイライザさん。

しかし編集長は、ヘブンさんは終わった作家だと言ってイライザさんの提案を却下。

ヘブンさんが東京に来て数年の間、売れる本が出ていないのかもしれません。

アメリカでも「終わった人間」とみなされているヘブンさん。

復活のチャンスはどのようにめぐってくるのでしょうか。

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予習レビューと史実のリアルエピソード

最終週でヘブンさんは「ある悩み」を抱えています。

悩みの詳細は今のところ不明ですが、史実では小泉八雲も同時期にある不安を抱えていたので、その「ある不安」がドラマの創作モチーフになったものと思われます。

小泉八雲が抱えていた「ある不安」と、その当時の小泉八雲の心の中をご紹介します。

小泉八雲の不安と家族への想い

大久保の新居での生活は、自然に囲まれた穏やかなものでした。

しかし、小泉八雲の言葉にはどこか不安の影が見え隠れしていました。

引っ越しの日、裏の竹藪で鶯がさえずると、小泉八雲は喜びながらも「この家に永く住むことを喜ぶのが心配です」と、不吉に思える言葉を口にしました。

また、一雄を連れて散歩に出かけることが多かった小泉八雲は、近くの落合村にある火葬場の煙突を指して、「もうじき私、煙となるべき所です」と言ったといいます。

幼い一雄はその言葉に不安を覚え、セツにそのまま伝えました。

セツは「幼い子にそんなことを言わないでください」と注意しました。

それでも小泉八雲は「私の体は冬を越すのが難しいです」と言い、一雄の中学校での姿を見ることもできないかもしれないとも言いました。

小泉八雲のこのような言葉には、体調への不安や死への自覚がにじんでいました。

寒さに弱かった小泉八雲にとって、日本の冬の寒さは身体への負担が重く、先のことを考えるとつい弱気な言葉が出てしまったのでしょう。

一方で、小泉八雲は家族への思いを強く抱き続けていました。

一雄の成長を願いながらも、教育については複雑な考えを持っていました。

小泉八雲は子どもが西洋風の価値観に染まることをよしとせず、日本の文化や心を大切にしていました。

しかし同時に、日本の教育が記憶偏重であることにも疑問を抱き、場合によっては渡米させることも考えていました。

この揺れ動く教育観は、小泉八雲自身が西洋と日本の文化の間で揺れ続けてきた人生の反映でもありました。

一雄を想う気持ちは深いものの、その未来をどう導くべきかについては葛藤があったのです。

新居での生活は、小泉八雲にとって静けさと家族の温かさに包まれたものでした。

しかし、その裏には体調の不安や死への予感、そして子どもの未来への悩みなど、さまざまな思いが重なっていました。

それでも小泉八雲が家族とともに大久保のの新居で過ごした日々は、彼にとってかけがえのない時間でした。

自然の中で耳にする鶯の声、散歩の道に見える煙突、一雄の手のぬくもり──そのすべてが、小泉八雲の最後の数年を支えていたのです。

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