NHK連続テレビ小説(朝ドラ)『風、薫る』
2023年5月25日 〜 5月29日放送

看病婦・永田フユ

千佳子の手術が無事に終了。そして千佳子の手術に立ち会うことを許されたりんは、手術介助を担当していた看病婦・永田フユの仕事ぶりに強い印象を受けました。

りんはフユに対して手術介助を教えてほしいと頼むものの、フユは手術介助を教える見返りに月謝を要求し、りんたち見習生を驚かせました。

りんの出自、直美の出自

その頃、りんが元家老の娘であることが帝都医大病院の医師たちに知れ渡り、りんは上等病室の患者ばかりを担当することになっていました。

一方、直美は自分を騙した小日向=本名・勘太と再会。直美は自分を捨てた母親であるらしい女郎・夕凪の行方を勘太に調べてもらっていたのです。

看病婦と見習生がお互いの知識を教え合う

院長の多田が看病婦たちに見習生から看護を教わるように指示。院長が見習生たちの仕事を高く評価するようになったことで、医師たちも見習生への態度を改めました。

一方、りんや直美はフユと心が通じ合うようになり、看病婦と見習生はお互いの知識を教え合うようになりました。

<<前週 第8週 | 次週 第10週>>
風、薫る|感想あらすじネタバレトップページ

Sponsored Link

今週の展開

41: 5/25(月)
42: 5/26(火)
43: 5/27(水)
44: 5/28(木)
45: 5/29(金)

予習レビューと史実のリアルエピソード

今週のドラマでは、これからりんちゃんたちが目指す「看護婦」に対して、すでに手術介助などを担当している「看病婦」という言葉が登場。

今週の予習レビューでは「看病婦」という聞き慣れない言葉についてまとめました。

看病婦

いま私たちが当たり前に使っている「看護師」という呼び名ですが、実は長い変遷を経て生まれた名称です。

明治初期、この仕事は「看病婦(かんびょうふ)」と呼ばれていました。

ほかにも「看護人」「看護者」「看病人」など、さまざまな呼び方が並存しており、まだ職業としての形が定まっていなかったことがうかがえます。

当時の看護の養成機関にもこの名称が使われ、日本初期の教育機関のひとつである京都看病婦学校でも「看病婦」の名が採用されていました。

この学校はナイチンゲール方式の看護を取り入れ、近代看護教育の先駆けとなります。

しかし社会的な評価は高いものではありませんでした。

大関和が看護婦になった頃、看護婦は「金のために汚い仕事も厭わず、命まで差し出す賤業」と見なされていたといいます。

それでも看護の専門化は進み、1888年(明治21年)には大関ちかが日本初の看護婦の一人として、現在の東大病院の初代外科看病婦取締役に就任しました。

呼び名が大きく変わるのは戦後です。1948年(昭和23年)、保健婦助産婦看護婦法が制定され、女性は「看護婦」、男性は「看護士」と定められました。

さらに2001年(平成13年)の法改正を経て、2002年(平成14年)3月、男女を問わず「看護師」に統一されます。

こうして「看病婦」から始まった呼び名は、社会の認識と制度の変化とともに変わっていきました。

日本初の女性看護人が雇用された病院

りんちゃんの実在モデルが実習を行ったのは第一医院。

その前身は横浜軍陣病院です。

横浜軍陣病院は、1868年(慶応4年/明治元年)4月、戊辰戦争の負傷者を治療するために横浜・野毛山(現在の老松中学校付近)に開設された、日本初の西洋式軍陣病院です。

その中心となったのは、イギリス人外科医ウィリアム・ウィリスでした。

ウィリスは1861年(文久元年)、24歳でイギリス公使館医員として来日し、1867年(慶応3年)には横浜副領事となり、医師と外交官を兼務。

1868年(明治元年)、鳥羽伏見の戦いで戊辰戦争が始まると、上洛中だったウィリスは敵味方を問わず負傷者を治療しました。

鉄砲など近代兵器による外傷には、西洋医学の外科手術が不可欠だったのです。

同年閏4月、官軍の西郷隆盛の提唱により、ウィリスを中心とする西洋外科の軍陣病院が横浜に設置されました。

病院は野毛修文館や野毛山下太田陣屋(異説あり)を利用し、負傷者が急増すると大聖院や林光寺も活用されました。

ここは官軍の基地でもあり、日本初の女性看護人が雇用された場所としても知られています。

軍陣病院で亡くなった兵士は大聖院墓地に埋葬され、1877年(明治10年)には久保山の共葬墓地への埋葬が許可されました。

一帯は、近代西洋医学の濫觴の地といえるでしょう。

しかし病院はわずか約半年から7か月で閉鎖され、その機能は東京へ移転します。

のちに東京府大病院、さらに東京大学付属病院へと発展する流れの起点となりました。

ウィリス自身も医学校兼府大病院の院長に就任し、日本の近代医学を先導します。

横浜軍陣病院は短命でしたが、その足跡は十全病院を経て、現在の横浜市立大学医学部附属病院にもつながっています。

<<前週 第8週 | 次週 第10週>>
風、薫る|感想あらすじネタバレトップページ