2026/3/16(月)第24週「カイダン、カク、シマス。」

あらすじ

ヘブンの執筆が行き詰まりました。

ヘブンは頼りにしているイライザからの手紙を待ち侘びていましたが、手紙はなかなか届かずヘブンは焦りを募らせました。

そんな中、ヘブンは大切にしていたブードゥー人形をなくしてしまいました。

なくなったブードゥー人形の代わりをトキが作り始めると、ようやく封書が届きました。

参考:地上波番組表

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鑑賞後の感想

感想欄は放送後に追記します。

予習レビューと史実のリアルエピソード

史実では東京帝国大学を去った小泉八雲を、彼の友人・ミッチェル・マクドナルドが支え続けていました。

今回の本欄では小泉八雲とミッチェル・マクドナルドの交流についてご紹介します。

アメリカとのつながりと出版

東京帝国大学を去った後の小泉八雲の心の支えとなったのは、アメリカ海軍のミッチェル・マクドナルドの存在でした。

マクドナルドは来日直後、小泉八雲が出版社ハーパー社と絶縁する際に助けてくれた人物でした。

しかし、精神状態が不安定になっていた小泉八雲は、しばらくの間、彼のことさえ疑ってしまうことがありました。

それでもその疑いはすぐに解け、ふたたび信頼できる人物として心に戻っていきます。

マクドナルドは毎週日曜日、勤務地の横浜から西大久保の小泉八雲の家を訪れ、談笑の時間をともにしました。

不安と失意の中にあった小泉八雲にとって、この訪問は大きな慰めとなったはずです。

この頃の小泉八雲は、すでに死の予感を抱いていたといいます。

小泉八雲はマクドナルドに対して自分がいなくなった後の遺族の生活についての不安を漏らしていました。

しかし、マクドナルドは「私が控えている」と言って小泉八雲の不安を受け止めました。

そして小泉八雲の死後には、実際「小泉八雲の後見人」のような存在として遺された家族を支え続けたのです。

そしてもうひとつ、小泉八雲を支えたのは「書く」という行為でした。

コーネル大学での講義が中止になった後、小泉八雲はその講義のために準備していた原稿を生かし、本にまとめて出版することにしました。

それが『日本の一つの解明』です。

日本の祭祀、宗教、家族、社会組織といった側面を切り口に、日本人の精神について考察した一冊でした。

さらに大きな成果として、明治37年(1904年)には小泉八雲の代表作『怪談』がアメリカで出版されました。

13年前に松江でセツと出会い、山陰の昔話に触れたことから始まった怪談の収集は、小泉八雲の再話文学として結実。

ついに世界へ向けて届けられる形になったのです。

『Kwaidan』として刊行されたこの作品は、小泉八雲の代表作となりました。

同じ明治37年(1904年)の9月には、長女・寿々子が誕生。

家族が増え作品も世界に届けられるという、人生の大きな節目が重なった年でした。

東京帝国大学を解雇され未来が見えなくなった時期を乗り越え、小泉八雲は再び自らの道を切り拓きました。

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