風、薫る 第2週「」予習レビューとあらすじ
NHK連続テレビ小説(朝ドラ)『風、薫る』
2023年4月6日 〜 4月10日放送
直美は失業、りんは結婚
直美がマッチ工場を解雇されました。新たな働き口が見つからない直美にとって、アメリカに行く夢だけが心の支えとなっていました。
一方、りんは奥田亀吉と結婚。亀吉の母・貞は、奥田家が元は飛脚の家柄であることを恥じ、家柄を手に入れるため一ノ瀬家との縁談にこぎつけていました。
りんが亀田家を飛び出し東京へ
1886年(明治19年)。りんの長女・環は3歳。男子の誕生を望んでいた亀吉と貞は、環には興味を示さず愛情も持っていませんでした。
そんな中、りんは環とともに亀田家を飛び出しました。そして一ノ瀬家に戻ると美津の助けを借り、亀吉から逃れるため東京へと向かいました。
りんと直美の出会い
東京へ逃れてきたりんが環を連れて働き口を探し回る中、直美と出会いました。空腹の環を気の毒に思った直美は、りんと環を教会の炊き出しに案内しました。
りんが働き口を見つけられずに途方に暮れていると、清水卯三郎という名の老紳士が自分が経営する『瑞穂屋』で働かないかと声をかけてきました。
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今週の展開
1: 4/6(月)
2: 4/7(火)
3: 4/8(水)
4: 4/9(木)
5: 4/10(金)
予習レビューと史実のリアルエピソード
今週、りんちゃんが結婚します。
そして今週中には婚家を飛び出します。
ドラマの中で描かれる婚家の家柄や、りんちゃんが婚家を飛び出す理由はほぼほぼ創作です。
しかし、りんちゃんの実在モデルが結婚し、数年後に離婚したのは事実。
史実では、りんちゃんの実在モデルはどのような人物と結婚し、何を理由に離婚したのか。
以下にまとめてみました。
りんちゃんの実在モデル・大関和の結婚相手
りんちゃんの実在モデルが結婚した相手の男性の名は渡辺福之進豊綱です。
渡辺福之進豊綱は、旧・黒羽藩の士族として生まれ、激動の幕末から明治にかけて軍人として生きた人物です。
戊辰戦争に従軍した経験を持ち、明治維新後は新政府軍の一員として陸軍に所属。
陸軍少尉補として東京鎮台に勤務したのち、陸軍少尉に昇進し、熊本鎮台や広島鎮台にも赴任しています。
各地の鎮台を歴任したことから、近代日本の軍制を支える実務的な軍人であったことがうかがえます。
1876(明治9)年、渡辺福之進豊綱は大関和と結婚。
和が18歳、渡辺が40歳という22歳差の縁組であり、当時としてもかなり年の離れた結婚でした。
しかし、和をより深く苦しめたのは年齢差ではなく、渡辺に複数の妾がいた事実でした。
結婚の翌年、和は長男・六郎を出産しますが、その名付けに疑問を抱きます。
実は渡辺にはすでに妾との間に5人の子があり、和の子は6番目であったため「六郎」と名付けられたのでした。
この事実を知った和は大きな衝撃を受け、実家に戻ることも考えるようになります。
しかし、父・大関弾右衛門が病床にあってまとめてくれた縁談であったこと。
また当時の女性が経済的に自立することが難しかったため、和はいったん離婚を思いとどまります。
ところが、六郎の翌年に再び妊娠した際、和は渡辺に妾たちと別れるよう求めますが、取り合ってもらえませんでした。
そこで和は出産を理由に実家へ戻り、1880(明治13)年に長女・心を出産。
その後、渡辺家に戻ることを公然と拒否し、父の伝手を頼って一家で上京し、離婚を決意しました。
こうして和の結婚生活は、近代軍人との縁組でありながら、妾制度という旧来の慣習に阻まれて終わりを迎えることになります。
ドラマの中では、りんちゃんの縁談相手は元は飛脚で一代で財を成す実業家として描かれますが、実在モデルの渡辺福之進豊綱は黒羽藩の士族でした。
渡辺家は明治維新後に大地主として成功。
大関和を嫁にと求めてきたのは渡辺福之進豊綱の母親でした。
すでに没落しているとはいえ、大関家はもとは家老の家柄です。
渡辺福之進豊綱の母親は大関家の家柄だけが目当てだったと言われています。
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