風、薫る 第10週「」予習レビューとあらすじ
NHK連続テレビ小説(朝ドラ)『風、薫る』
2023年6月1日 〜 6月5日放送
夕凪という名の女郎
実習が始まってから4ヶ月ほどが経ったある日。夕凪という名の女郎と柏原という名の若い男が心中騒ぎを起こして病院に担ぎ込まれて来ました。
夕凪に毒を飲ませた柏木は落命。一方の夕凪は一命をとりとめたものの、回復すればまた地獄に戻ることになるとりんたちに言いました。
夕凪が連れ戻されるのを防ぐ
程なくして遊郭の主人・権田が夕凪を連れ戻しに来ました。しかし、看病婦のヨシが機転を利かせ、夕凪は足をくじいていて歩けないと説明しました。
ヨシは夕凪が一日も早く店に戻れるよう看護すると権田に約束。夕凪が権田に連れ戻されるのを防ぐことに成功しました。
女郎を救う廃娼運動を知るりん
りんと直美は夕凪を逃がそうと考えました。そこでりんは『瑞穂屋』を経営者・卯三郎に、夕凪のことを相談しました。
自分は力になれないと謝罪した卯三郎はある新聞の記事をりんに見せました。それは、女郎を救う廃娼運動をする者について書かれた記事でした。
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今週の展開
46: 6/1(月)
47: 6/2(火)
48: 6/3(水)
49: 6/4(木)
50: 6/5(金)
予習レビューと史実のリアルエピソード
今週、夕凪という名の女郎が心中騒ぎを起こして担ぎ込まれてきます。
この女郎の心中騒ぎは史実のエピソードをモチーフにした創作ストーリーです。
りんちゃんの実在モデルが実習にあたっていたころ、花紫(はなむらさき)という名の女郎が心中騒ぎを起こして、病院に担ぎ込まれています。
では実際に何があったのか。
今週の予習レビュー欄では、実在の女郎・花紫(はなむらさき)についてまとめてみました。
花紫(はなむらさき)
明治時代初期、東京・根津遊郭(根津権現下)に「大八幡楼(おおはちまんろう)」という大店がありました。
そこに在籍していた花魁の一人に、花紫(はなむらさき)という女性がいました。
彼女は、後に文豪として知られる坪内逍遥と深く関わった人物として知られています。
1884年(明治17年)頃、花紫は大八幡楼でも特に名の知られた人気の花魁でした。
当時、東京大学の学生だった坪内逍遥は、同窓の香坂駒太郎に誘われて初めて花紫と出会います。
それ以来、逍遥は三年間にわたり彼女のもとへ通い続けました。
当時の逍遥は進文学舎で授業を受け持ち、執筆活動にも忙しい日々を送っていましたが、その合間を縫って花紫を訪れていたといいます。
やがて1886年(明治19年)、逍遥は花紫を身請けしました。
身請けとは、遊郭にいる女性の借金を肩代わりして遊郭から出すことを意味します。
花紫はその後、加藤セン子と名を改め、逍遥と正式に結婚しました。
帝国大学卒の文学士が小説を書くことさえ珍しく見られた時代に、遊郭の娼妓を妻に迎えた逍遥の行動は、当時の社会では大きな注目を集めました。
逍遥は妻の過去を隠すことなく、世間の冷たい視線にも屈しませんでした。
セン子が病気になると、逍遥は枕元で薬を煎じて看病したといいます。
焜炉に土瓶をかけ、団扇であおいで薬草を煎じていたことから、遊郭では「焜炉の坪さん」と呼ばれていたという逸話も残っています。
花紫には、心中未遂事件を起こして病院に担ぎ込まれたという出来事もありました。
その際、アレシアという人物が花や菓子を届けて見舞い、キリスト教の愛に導くよう願ったと伝えられています。
やがて花紫は回復し、退院の日には礼を述べ、「これからは堅気の暮らしをする」と約束して帰っていったといわれています。
なお、当時の根津遊郭は明治10年代前半には大いに栄えていましたが、東京大学の建設に伴う風紀上の問題から、1888年(明治21年)に洲崎へ移転しました。
花魁として生きた女性が文学者の妻となり、新しい人生を歩む――花紫の物語は、明治という激動の時代の中で生まれた一つの人間ドラマとして語り継がれています。
女郎と花魁の違い
女郎と花魁の大きな違いは「階級」です。
女郎は江戸時代の遊郭で働く遊女の総称ですが、その中で教養・美貌・位がトップクラスの最高位遊女を花魁と呼びます。
花魁は別格の存在であり、庶民が簡単に会えない憧れのスターでした。
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