2026/3/26(木)最終週/第25週「ウラメシ、ケド、スバラシ。」

あらすじ

『KWAIDAN』を書かせたことで、ヘブンの作家としての人生を台無しにしてしまったことをトキは悔やみ続けていました。そのため、ヘブンの回顧録を書いてほしいというイライザからの頼みを引き受けられませんでした。

そんな中、丈がヘブンの講義録を持ってきました。その講義録を資料として使えば自分が何かを書けるだろうと丈は考えたのです。丈はトキにも頼みました。ヘブンの思い出を語って欲しい。自分がそれを書き留めると。

落ち込み続けるトキを見かねた司之介とフミは、ヘブンと過ごした楽しかった日々をトキに振り返らせようと話をふりました。しかし、トキは何を言われても否定しました。そんな中、トキはようやく丈に対して語り始めました。

しかし、トキがヘブンとの日々を振り返っても出てくるのは懺悔の言葉ばかりでした。自由だったヘブンを自分が縛りつけてしまった。ヘブンを縛り付ける日々の積み重ねの末に、怪談を書かせてしまったのだとトキは言いました。

<<前回123回 | 次回最終回/125回>>

最終週/第25週
ばけばけ|感想あらすじネタバレトップページ

Sponsored Link

感想

本作『ばけばけ』は明日が最終回。

残り1回になってしまいましたが、トキちゃんの救いが見えません。

回顧録

今回はイライザさんがやって来た翌朝からスタート。

トキちゃんは落ち込み続け朝食の時間になっても床から出来ることができませんでした。

ヘブンさんの作家としての人生を台無しにしてしまったとイライザさんに厳しく指摘されたことが相当こたえているようです。

ヘブンさんの死そのものよりこたえているのかも。

ヘブンさんの回顧録を書いてほしいというイライザさんの頼みを引き受けられる状態ではとてもありません。

一方で律儀な丈くんはイライザさんから言われたヘブンさんの回顧録をどうしたら書けるかと考え続けていたようです。

丈くんはヘブンさんの講義録を持参。

ヘブンさんから学び続けていた丈くん、丁寧に記録を残していたようです。

しかし講義録だけでは回顧録は成り立ちません。

そこで丈くんはなんでもいいから語ってくれ、自分が書き留めるからとトキちゃんに頼む。

熱心に頼み込んだのでしょうか。

トキちゃんはようやくヘブンさんとの日々を振り返り始めました。

トキちゃんに救いはあるのか?

トキちゃんが思い出したのはヘブンさんが帝大に出勤する初日の朝。

熊本から東京に引っ越してきた頃のことなので、時系列に沿って描かれたストーリーの中ではスキップされていた頃の話です。

熊本が好きではなかったヘブンさん。

東京はもっと嫌いらしい。

ヘブンさん、熊本を地獄とまで言ったことはないと記憶していますが、東京を地獄だとはっきり言う。

それでも東京に来たのはトキちゃんのため。

東京帝大の講師の話が持ちかけられた際、ヘブンさんはその話に乗るつもりはなかったものの、トキちゃんが大いに乗り気になってしまったのかもしれません。

だからトキちゃんの希望を叶えるために東京帝大の講師を引き受けたヘブンさん。

そんなヘブンさんは、トキちゃんのために東京に来たのだから着るものぐらい自分の好きにさせてほしいと訴える。

こんなやり取りも、通常ならば楽しい思い出の一つに終わるはず。

実際、今回描かれたヘブンさんの帝大初出勤の朝の様子は、これまでの楽しい日々の描写となんら変わりはありませんでした、視聴者の目には。

ところが今のトキちゃんには、ヘブンさんを縛りつけた苦しい思い出にしかなりません。

ヘブンさんとのあらゆる思い出が懺悔の対象になってしまうトキちゃん。

今回の最後の最後に、トキちゃんの救いのヒントが見つかることをブログ主は期待しました。

しかし、救いの道筋はまったく見えぬまま、いよいよ明日は最終回です。

Sponsored Link



予習レビューと史実のリアルエピソード

ヘブンさん亡き後、トキちゃんはどのような人生を過ごすことになるのでしょうか。

トキちゃんの晩年を想像するヒントとして、トキちゃんの実在モデル・小泉セツさんの晩年についてまとめてみました。

小泉セツの晩年

小泉セツの晩年は、静けさと深い情に満ちたものでした。

夫・八雲が没してから八年が経った1912(大正元)年、セツの実母であるチェエ、そして養母のトミが相次いで亡くなります。

セツにとって、彼女たちは「育ての母」とも呼ぶべき大切な存在であり、最後までできる限りの孝行を尽くしたと伝えられています。

セツ自身は、八雲と暮らした西大久保の家で晩年期を過ごしました。

そこには、生前のまま大切にされてきた庭があり、クリーム色の薔薇がいつも絶やさず供えられていました。

八雲との記憶を守るように、その庭は当時の面影を保ち続けていたのです。

金銭的には、友人ビスランドの支援もあり、不自由のない生活を送ることができました。

そのおかげで、セツは華道、茶道、能楽(謡曲や鼓)など、雅やかな稽古にいそしむ時間を持つことができました。

特に能については、セツがしばしば思いを語っています。

「もし八雲が生前に能ということを知ったなら、きっと、生者と死者が交流する幽玄の世界に惹かれ、稽古にも夢中になっただろう」と話したという言葉には、八雲の感性を深く理解していたセツならではの視点がにじみます。

こうした稽古の日々は、夫や母たちを亡くした後の心を静かに支える時間でもありました。

生活そのものは淡々としていたかもしれませんが、セツは文化に触れながら、自身の内面を整え、家族の記憶を守る静かな暮らしを続けていったのです。

しかし、時の流れは確実に彼女の身体にも影響を及ぼしました。

60歳を過ぎると動脈硬化の症状が現れ始め、63歳のときには脳溢血で倒れます。

このときは回復しましたが、翌年に再び倒れ、そのまま帰らぬ人となりました。

1914年2月18日、64歳での旅立ちでした。

その墓は、八雲の眠る雑司ヶ谷の共同墓地にあります。

夫の傍らに、静かに寄り添うように並んでいる墓は、セツの晩年が夫への変わらぬ思いに満ちていたことを象徴しているかのようです。

晩年のセツの暮らしは、家族を大切に思い、文化を愛し、静かに心を整えながら過ごした日々でした。

八雲とともに築き上げた人生を抱きしめるように、その最期の時を迎えたのです。

<<前回123回 | 次回最終回/125回>>

最終週/第25週
ばけばけ|感想あらすじネタバレトップページ