NHK連続テレビ小説(朝ドラ)『風、薫る』
2023年4月27日 〜 5月1日放送

梅岡女学校附属看護婦養成所

りんと直美が、梅岡女学校附属看護婦養成所の初日を迎えました。第一期生はりんと直美を含めて7名。

校長の梶原敏子と教師の松井エイが第一期生たちに挨拶。看護の担当教師でスコットランド人のバーンズは、まだ日本に到着していませんでした。

りんと直美が対立

ナイチンゲールの著書の翻訳をめぐってりんと直美が対立しました。英語が得意な直美は、皆に英語を教えよとりんが提案。りんの提案は綺麗事だと直美は反発したのです。

直美は優しさが足りないと言い放ったりんは、自分の言ったことを後悔。一方の直美も、優しくない自分は看護婦に不向きではないかと悩み始めました。

仲直りするりんと直美

りんと直美は、それぞれが自分は看護婦に向いているのかと捨松に相談。捨松の助言を受け、りんと直美は仲直りすることができました。

直美は同期生たちに英語を教え、ナイチンゲールの著書の翻訳が完成。そんな中、看護の担当教師・バーンズが養成所にやって来ました。

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今週の展開

21: 4/27(月)
22: 4/28(火)
23: 4/29(水)
24: 4/30(木)
25: 5/1(金)

予習レビューと史実のリアルエピソード

今週からドラマの舞台となる「梅岡女学校附属看護婦養成所」には実在モデルが存在します。

桜井女学校看護婦養成所です。

今回の本欄では桜井女学校看護婦養成所についてまとめました。

桜井女学校看護婦養成所

明治初期の日本には、体系的な医療教育を受けた看護婦はほとんど存在していませんでした。

そうした時代に誕生したのが、桜井女学校看護婦養成所です。

桜井女学校の中に設けられたこの養成所は、日本で3番目に古い歴史を持つキリスト教主義の看護婦教育機関とされています。

設立の背景には切実な出来事がありました。

宣教師の妻が病気になった際、日本には看護婦がいなかったという経験から、養成機関の必要性が痛感されたのです。

設立に関わったのは米国人宣教師M.T.ツルーでした。

学校設立に奔走していたリディア・バラの遺志も受け継ぎ、養成所は形になります。

とはいえ、すべてが順調だったわけではありません。

教える側も教えられる側も手探りの状態での出発でした。

時には教師が知識不足で説明に窮し、英語や世界情勢に通じた生徒が助け舟を出すこともあったといいます。

まさに学び合いながら前へ進む日々でした。

寄宿舎生活では、教師と生徒がともに暮らし、掃除や洗濯、食事の準備を分担しました。

学びと生活が一体となった環境の中で、必要な知識と技術を身につけていったのです。

この養成所からは、日本初の教育を受けた看護師の一人とされる大関和も輩出されました。

1887年(明治20年)には東大病院へ卒業生を送り出すなど、女性が自立した職業として看護を担う道を切り開きます。

その後、女子学院への統合や衛生園への移転を経て、1906年(明治39年)に閉鎖されました。

手探りで始まった小さな養成所は、日本の近代看護教育の重要な一歩となったのです。

桜井女学校

看護婦養成所が開設された桜井女学校の歴史は下記の通りです。

1876年(明治9年)10月24日、東京府麹町区中六番町の民家を借りて、櫻井ちかによって英女学家塾が開かれました。

これが桜井女学校の始まりです。

教員1名、生徒6名という小さな出発でしたが、ここから日本の女子教育に新たな流れが生まれました。

1879年(明治12年)には高等小学科を設置し、翌1880年(明治13年)には日本で最初の私立幼稚園を創設。

生徒は7名でした。東京女子師範学校附属幼稚園に次ぐ、東京で2番目の幼稚園でもありました。

この幼稚園は日清戦争が終わる頃に廃止されたとされています。

1877年(明治10年)に櫻井昭悳牧師が函館へ赴任すると、矢嶋楫子が校長に就任。

学校はアメリカ長老教会の経営となり、ミッションスクールとして歩み始めました。

宣教師メアリー・トゥルーは、女子の自治と自立を目指し、1884年(明治17年)に幼稚保育科を設立します。

これは日本で初めての私立保母養成機関でした。

1887年(明治20年)には3名の卒業生を送り出しています。

さらに1886年(明治19年)には看護婦学校も設置されました。

そして1889年(明治21年)、新栄女学校と合併し女子学院へと発展。

桜井女学校を母体として、新潟高田女学校や宇都宮女学校も開校しました。

また、貧しい女子のために女子独立学校も設けられています。

わずか6人の生徒から始まった小さな学校は、女子教育の新しい道を切り開き、多くの学校へと広がっていきました。

その歩みは、近代日本における女性教育の礎となったのです。

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