2026/1/23(金)第16週「カワ、ノ、ムコウ。」

あらすじ

ある日、サワは教員資格を取得するために「白鳥俱楽部」で勉強に没頭していました。そこへ、トキが訪ねてきました。トキはサワに声をかけるものの、サワの態度はどこか素っ気なく、そのことがトキは気になりました。

そんなある日、なみがサワを訪問。サワは身請けを受け入れ福間を連れて挨拶に来たのです。同じころ錦織は、江藤から自分の後任の英語教師の名前を聞かされていました。江藤が名前をあげた英語教師は、錦織の友人の庄田でした。

その数日後、東京から戻ったばかりの庄田が白鳥倶楽部にやって来ました。白鳥倶楽部に集まっていた面々は庄田にサワを紹介。しかしトキとの関係をこじらせ機嫌の悪いサワは庄田に関心を持ちませんんでした。

サワとの関係を修復したいトキは天国長屋のサワのもとに足を運びました。トキの応対をしたサワの母は、サワの帰りは遅くなるとトキに告げるものの、サワが家の中で隠れていることにトキは気がついてしまいました。

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感想

今週の振り返り:「ヘブン先生日録」

今週はヘブンさんの『日本滞在記』完成から物語が始まりました。

そして、『日本滞在記』完成パーティーに勝手に乗り込んできた梶谷さんが取材をした記事が「ヘブン先生日録」というタイトルで連載開始。

この連載記事がトキちゃんたちを振り回しました。

もともと、この取材にはヘブンさんが難色を示していました。

それもそのはず、松野家の引越しの記事が新聞に掲載されたときには、次々と来客がやって来てヘブンさんは疲弊しきっていました。

そして、トキちゃんとヘブンさんの間にわずかな間とはいえ険悪な空気も流れました。

引越しの記事で松野家に引越し祝いは山のように届いたものの、決して喜ばしい状態ではありませんでした。

しかし梶谷さんは引越しの記事のヒットで味をしめていました。

きっと新聞の販売部数も増えたのでしょう。

さて、新たに連載されることになった「ヘブン先生日録」は引越しの記事以上に松江の人々の注目を集めたようです。

最初のうちは松江の人々に声をかけられることを松野家の人々も楽しんでいたようです。

しかし、フミさんが変装したりトキちゃんが顔を隠さないと町に買い物に出ることも困難なほどに。

街角にはトキちゃんグッズやヘブンさんグッズまで販売される。

シジミ屋では、フミさんが買い物に来たことを自慢する。

松野家に集まる注目、度が過ぎるレベルにまでなってきました。

前回描かれた、トキちゃんブーム、ヘブンさんブームの熱狂ぶりは異常でした。

ちょっとネタバレになりますが、2月の放送で「ヘブン先生日録」がトラブルを起こします。

2月の放送で松野家の借金は完済します。

ここまでは良かった。

ところが借金完済のことを「ヘブン先生日録」で報じられてしまうそうです。

するとその記事がきっかけとなって、松江の人々の松野家に対する態度は一変。

松野家は松江に住みにくくなってしまう。

そんな展開が用意されているようです。

松野家の人々も大変ですが、錦織くんも気の毒です。

そしてヘブンさんは松江にずっと住み続けてくれると信じている江藤知事のショックもかなり大きいかと。

それもこれも梶谷さんの記事がトリガーとなったわけです。

引越しの記事といい「ヘブン先生日録」といい、梶谷さんという存在は松野家にとっても、もしかすると松江の人々にとっても迷惑な存在でしかないのかも。

今回、梶谷さんは珍しく取材の自粛をしていましたが・・・

梶谷さんが松野家を引っ掻きまわした週。

そして、梶谷さんが書いた記事に起因する残念なエピソードはこれから先で松野家が松江を離れるフラグだったような気がします。

2月放送(第18週〜第21週)

2月に放送される第18週から第21週の展開の一部がアナウンスされました。

第18週(2/2〜2/6)
第19週(2/9〜2/13)
第20週(2/16〜2/20)
第21週(2/23〜2/27)

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予習レビューと史実のリアルエピソード

前回の本欄では小泉セツさんとラフカディオ・ハーンが熊本から移住した神戸時代についてまとめました。

今回の本欄では東京時代についてまとめます。

なお今週の本欄はドラマのクライマックに向けた予習のため、小泉セツさんとラフカディオ・ハーンの結婚後の史実を以下の通りにまとめています。

火曜日:熊本時代・前編
水曜日:熊本時代・後編
木曜日:神戸時代
金曜日:東京時代

東京帝国大学の講師に就任

明治29年(1896年)9月、ラフカディオ・ハーン改め小泉八雲は東京帝国大学の講師に就任しました。

学長の外山正一が小泉八雲の著作を愛読しており、同大学の研究者で小泉八雲の友人でもあったチェンバレンを通じて小泉八雲は東京帝大に招聘されました。

松江、熊本、神戸での暮らしを経て、日本の最高学府で教える機会を得たのです。

東京へはまずセツと一雄が引っ越し、その後すぐに他の家族も合流し一家が揃いました。

一家の

住まいは牛込区市ヶ谷富久町。

新居の隣には静かな境内を持つ「癩寺」と自証院円融寺があり、古木に覆われた庭には野菊や野ウサギが姿を見せることもありました。

穏やかな自然が残る環境を小泉八雲は愛し、この寺の庭を散策することを楽しみにしていました。

この新居から本郷の帝国大学まで小泉八雲は人力車で通いました。

担当する授業は週12時間。

主に英文学史、詩論、詩人論などを教えていました。

学生たちは小泉八雲の授業に強い尊敬の気持ちを抱いていました。

伝えられる話によると小泉八雲の流麗な語り口は音楽のように美しく、文学作品を朗読する声に涙を浮かべる学生もいたといいます。

また小泉八雲の授業を受けた学生の多くが、後に大学や旧制高校で英文学を教える立場になりました。

当時、小泉八雲は執筆活動も順調でした。

東京帝国大学の講師就任の頃、下記の著書が発表されています。

明治27年(1894年)『知られぬ日本の面影』
明治28年(1895年)『東の国から』
明治29年(1896年)『心』

東京での小泉八雲は、教育者としても作家としても高く評価されるようになりました。

熊本や神戸で経験した葛藤や苦悩を乗り越え、小泉八雲は東京でその才能を存分に発揮し始めていたのです。

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