2025/10/31(金)第5週「ワタシ、ヘブン。マツエ、モ、ヘブン。」
あらすじ
ヘブンの初登校の前日。
ヘブンの世話を任された英語教師の錦織は、いまだにヘブンとコミュニケーションをとることができず焦りを募らせていました。
そんな中、錦織は県知事の江藤からヘブンのある秘密を知らされました。
そして迎えた、ヘブンが初めて登校する日。
その日の朝、ヘブンは旅館の部屋に閉じこもり出てこようとしませんでした。
そんな中、シジミを売るために花田旅館にやって来たトキは、平太たちとヘブンの登校を応援するものの、ヘブンは部屋から出てきませんでした。
そこへ駆けつけてきた錦織に対して、トキはヘブンが松江に上陸し際に握手したときに感じた違和感を錦織に聞かせました。
参考:Yahoo!テレビ
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鑑賞後の感想
感想欄は放送後に追記します。
予習レビューと史実のリアルエピソード
【史実】ラフカディオ・ハーン来日
今週、ヘブンさんが松江に到着しますが、ヘブンさんが日本に初上陸してから松江に来るまでの日々はドラマの中ではスキップされています。
ヘブンさんは松江に来るまで日本で何をしていたのか?
ヘブンさんの実在モデル、ラフカディオ・ハーンが来日するまでを簡単にまとめてみます。
ラフカディオ・ハーンは日本滞在の紀行文を書き上げ、恋する女性エリザベス・ビスランドに捧げてプロポーズすると心に決めました。
ちょうどその頃出版されたラフカディオ・ハーン『仏領西インドの二年間』が成功。
気をよくした版元のハーパー社は日本の紀行文の原稿をラフカディオ・ハーンから買い取ることを約束しました。
そして、ラフカディオ・ハーンが松江にやって来る四ヶ月前。
1890年4月初旬に、ラフカディオ・ハーンは横浜港に到着しました。
しかし日本に着いてすぐにラフカディオ・ハーンはアメリカから同行していた挿絵画家に所持金を盗まれるというトラブルに遭遇。
そんな中でも日本の紀行文を書くことだけはあきらめなかったラフカディオ・ハーンが選んだ道。
それは日本で働き口を見つけて滞在費用を稼ぐという道でした。
【史実】二つの仕事が続けてキャンセル
日本で働き口を見つけて滞在費用を稼ぐと決めたラフカディオ・ハーン。
仕事はすぐに見つかりました。
欧米人の子女のための私立学校の作文の教師、それが見つけた仕事でした。
しかし、この仕事は着任前にキャンセルとなってしまいます。
欧米人の子女のための私立学校のイギリス人校長は、日本人に対して横柄な態度をとる尊大な人物でした。
ラフカディオ・ハーンは、その校長の態度に激怒。
ラフカディオ・ハーンは校長と大げんかになった末に仕事はキャンセルとなりました。
その後、ラフカディオ・ハーンは東京帝国大学で日本研究をしているバジル・ホール・チェンバレンを訪問。
ラフカディオ・ハーンは、バジル・ホール・チェンバレンが英訳した『古事記』を読み深い感銘を受けていたのです。
バジル・ホール・チェンバレンは、大分県の尋常中学の英語教師の仕事をラフカディオ・ハーンに紹介。
ところがこの仕事もキャンセルに。
しかしバジル・ホール・チェンバレンは、大分県での英語教師の仕事の代わりに、松江での英語教師の仕事を紹介。
これがラフカディオ・ハーンが松江にやって来るきっかけとなりました。
【史実】松江へ
『古事記』に記されている出雲の神々のふるさとで英語教師の仕事を得ることができたラフカディオ・ハーンは飛び上がらんばかりに喜びました。
そして1890年8月、ラフカディオ・ハーンは松江に到着。
ところでラフカディオ・ハーンが英語教師として松江に赴任する前、松江には別の西洋人英語教師がいました。
その英語教師の名はエドウィン・ベーカー。
米国人の英語教師でした。
エドウィン・ベーカーは松江からの英語教師としての招聘に応じるものの、直前になって松江側からキャンセル。
次いでカナダ人のM・R・タットルが英語教師として松江に着任。
しかし、M・R・タットルは任期途中で解雇されました。
残された記録によると、M・R・タットルはあまり熱心に仕事をする人物ではなかったようです。
エドウィン・ベーカーの招聘キャンセル。
M・R・タットルは任期途中での解雇。
その後、ラフカディオ・ハーンが松江に招聘されました。
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