りんと直美の受難の日々 / 風、薫る 7回
2025/4/7(火)第2週「灯の道」
あらすじ
りんは、美津と安、そして中村たちに見送られながら奥田亀吉のもとに嫁ぎました。
そして嫁ぎ先で、りんは夫の亀吉と義母の貞との関係を良くするため奥田家に尽くしました。
しかし、りんの努力もむなしく亀吉と貞の関係はぎこちないままでした。
一方の、働いているマッチ工場で盗難事件に巻き込まれた直美は、ある理由から自分にかけられた疑いを晴らそうとはしませんでした。
そして、ついに直美は。
参考:地上波番組表
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鑑賞後の感想
感想欄は放送後に追記します。
予習レビューと史実のリアルエピソード
今週、りんちゃんが結婚し第一子の女の子が誕生します。
その名は環ちゃん。
そして環ちゃんが誕生して3年がスキップ。
ドラマの中では、環ちゃんが3歳になる1883年(明治16年)となります。
1883年(明治16年)で3歳ということは環ちゃんが生まれたのは1880年(明治13年)という計算になります。
ところでリアルりんちゃんが第一子を産んだのはドラマの中よりも早い1877年(明治10年)でした。
さらに第一子は女の子ではなく男の子でした。
男の子の名は「六郎」。
今回の予習欄では第一子の「六郎」についての史実をまとめました。
大関六郎
大関六郎さんは、1877年(明治10年)に柴田福之進豊綱と大関和さんとの間に生まれました。
和さんにとって初めての子どもでしたが、「六郎」と名付けられた背景には、父・柴田福之進豊綱にすでに妾との間に五人の子どもがいたという事情がありました。
六番目の子であったことから、この名が付けられたのです。
柴田福之進豊綱が妾との関係を解消しないことが原因となり両親は離婚。
母の和さんは家計を一手に支える立場となり、いわば現代でいう「シングルマザー」でした。
そのため、幼い六郎さんの養育は祖母である大関哲さんが担い、哲さんが事実上の「育ての親」となりました。
六郎さんはこの環境の中で成長していきます。
学業面では非常に優秀で、旧制第一高等学校(現在の東京大学教養学部)を経て、東京慈恵医院医学校(現在の東京慈恵会医科大学)に進学しました。
和さんは息子を歯科医にしたいと願っていました。
しかし、六郎さんは肝心の医術開業試験にどうしても合格することができませんでした。
挑戦が続く中で、焦りや停滞感もあったと考えられます。
1904年(明治37年)、六郎さんは沢本操さんと結婚。
操さんは和さんが経営していた「東京看護婦会」で特に有能と評価されていた看護婦でした。
試験に合格できずに過ごしていた時期が長かったため、結婚当初は和さんから見て頼りない部分もあったようです。
しかし、息子の一郎さんが誕生してからは、六郎さんは「一家の大黒柱」としての自覚を持ち始めたと伝えられています。
ところがその矢先、東南アジアで聖書を販売する仕事があるとして、六郎さんはいきなり海外へ。
この決断に和さんは強い不安を覚えましたが、その予感は不幸な形で的中してしまいました。
六郎さんは渡航先のジャワ島でマラリアに感染し、1910年(明治43年)、わずか33歳という若さで亡くなります。
彼の死後、妻の操さんと幼い一郎さんが残されることになりました。
期待と挫折、そして家族への責任感が交錯した六郎さんの人生は、あまりにも短いものでした。
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