那須のりん、東京の直美 / 風、薫る 1回
2025/3/30(月)第1週「翼と刀」
あらすじ
1882年(明治15年)、一ノ瀬りんは、栃木県那須地域の村で元家老の父・信右衛門、母の美津、妹の安と平穏な日々を過ごしていました。
そんなある日、りんの幼馴染の虎太郎が思いがけないことを知らせてきました。
同じころ、東京では幼い頃に親に捨てられ身寄りのない大家直美が、マッチ工場で働きながら暮らしていました。
参考:地上波番組表
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鑑賞後の感想
感想欄は放送後に追記します。
予習レビューと史実のリアルエピソード
いよいよ新しい物語の始まりです。
周知の通り本作『風、薫る』のヒロインは二人います。
二人のヒロインの実在モデルについて、第1週の予習レビュー欄にまとめました。
このページの予習レビュー欄では、りんちゃんの両親の実在モデルの情報をまとめました。
一ノ瀬信右衛門の実在モデル:大関弾右衛門
りんちゃんのお父上・一ノ瀬信右衛門の実在モデルは大関弾右衛門です。
今回の予習欄では大関弾右衛門についての情報をコンパクトにまとめました。
大関弾右衛門は、黒羽藩で代々200石の禄を受けてきた家に生まれ、1863(文久3)年に藩主・大関増裕によって家老に抜擢されました。
黒羽藩は外様の小藩でしたが、増裕は講武所奉行・陸軍奉行・海軍奉行・若年寄など幕府の軍事要職を歴任した人物であり、藩政改革を進めるうえで有能な人材を求めていました。
その改革の要として見出されたのが弾右衛門でした。
増裕は、藩内で硫黄が産出されることに着目し、これを軍事力強化の資源にしようと考えます。
弾右衛門は硫黄製造の責任者に任じられ、採掘と製造を担当。
硫黄の売却益によって黒羽藩は大砲や西洋の最新式銃を購入し、1万8,000石の小藩とは思えないほどの軍事力を備えるに至ります。
しかし、明治維新は北関東の小藩に大きな試練をもたらしました。
1867(慶応3)年の王政復古の大号令により、各藩は勤王か佐幕かの選択を迫られます。
増裕は幕府側に立つ意向でしたが、他の家老たちは勤王を主張しました。
増裕は弾右衛門だけに自らの死を告げ、後事を託します。
結果として藩論は勤王に統一され、黒羽藩は新政府軍の一員として、かつて親交のあった会津藩を攻撃することになりました。
維新後の1868(明治元)年8月、弾右衛門は家老を辞職。
増裕の藩政改革が頓挫したことへの責任を感じての決断でした。
このとき、まだ10歳だった娘の和に対し、家禄や屋敷を返上し、乞食になるかもしれないと覚悟を語ったと伝えられています。
武士を辞めて帰農するつもりでしたが、増裕の夫人・於待に強く慰留され、黒羽藩の家知事として留任しました。
その後は家老時代の経験を生かし、妻の哲や子どもたちとともに南東北地方で硫黄採掘事業に従事します。
その後、家族とともに上京。
東京で商売を始めるものの「士族の商売」で失敗。
1876(明治9)年、娘の和の縁談をまとめた頃から病に倒れ、故郷の黒羽で静養しましたが回復せず、50歳で亡くなりました。
後年、その硫黄採掘の功績が認められ、1918(大正7)年に正五位が死後追贈されています。
一ノ瀬美津、安の実在モデル:大関哲とその子供たち
ドラマの中で描かれるりんちゃんの家族は両親と妹ですが、りんちゃんのお母上の実在モデルの大関哲さんには五人の子供がいました。
大関哲さんは、夫・弾右衛門との間に
長女・八千代(やちよ)
次女・和(ちか)
長男・復彦(ふくひこ)
次男・衛(まもる)
三女・釛(こく)
の二男三女を出産。
長女の八千代は他家に嫁いだと史料に残されています。
長男の復彦は東京での不慣れな生活を嫌い出奔。
残された三人の子供たち、和・衛・釛は、弾右衛門さんの「これからは算術が必要」という考え方から書道と算術の塾に通っていました。
一方、大関哲さんは、算術は下級武士が身につける卑しいものと考えていました。
大関哲さんはまた、将来の嫁入りのために和・釛の二人の娘に華道、茶道、裁縫、機織り、料理を教え込みました。
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