りんの住む村に異変発生 / 風、薫る 2回
2025/3/31(火)第1週「翼と刀」
あらすじ
りんと安は父の信右衛門から書を教わるものの、祭りが楽しみで書の稽古に集中できずにいました。
そんな中、納屋で探し物をするりんは、偶然に納屋の中で信右衛門の秘密を見つけてしまいました。
そして迎えた祭りの日。
りんは家族や虎太郎と楽しいひと時を過ごすものの、その頃りんたち一家が住んでいる村にはある異変が起こり始めていました。
一方、東京のマッチ工場で働いている直美は仕事の失敗が続き、さらにわずかな給金で日々の暮らしを営むことに必死でした。
ある日、直美はある親子と遭遇しました。
参考:地上波番組表
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鑑賞後の感想
感想欄は放送後に追記します。
予習レビューと史実のリアルエピソード
ドラマの中でりんちゃんには妹が一人いますが、りんちゃんの実在モデルの兄弟姉妹の構成は次のとおりでした。
長女・八千代(やちよ)
次女・和(ちか)
長男・復彦(ふくひこ)
次男・衛(まもる)
三女・釛(こく)
今回の予習レビュー欄では実在の兄弟姉妹のうち、
ドラマの中で描かれる安ちゃんの実在モデルと思われる三女・釛さん。
ドラマの中では再現されませんが、浮き沈みの激しい人生を送った長男・復彦さんの情報をまとめました。
一ノ瀬安の実在モデル:大関釛(こく)
りんちゃんの妹・安ちゃんの実在モデルは大関釛(こく)さんです。
今回の予習欄では、大関釛さんについてコンパクトにまとめました。
大関釛さんは、1866(慶応2)年に大関弾右衛門と妻・哲の三女として生まれました。
姉に八千代さんと和さん、兄に復彦さんと衛さんがおり、五人きょうだいの末っ子でした。
物静かな性格で、活発だった姉・和さんとは対照的であったと伝えられています。
釛さんは栃木県烏山町の川原健次郎さんと結婚。
諭さんと博巳さんの二男をもうけました。
1907年に兄・復彦さんが結核で亡くなると、和さんの依頼で遺児の増博さんを烏山で預かることになります。
1909年に夫を亡くした後、1912年ごろに息子・博巳さんを連れて上京。
博巳さん東京専門学校(現・早稲田大学)英文科に入学させました。
このとき釛さんは和さんの家に身を寄せ、家事を一手に引き受けています。
1921年、博巳さんは鹿内貞さんと結婚しました。
貞さんはもともと和さんが支援した看護婦で、和さんの強い勧めで縁組が実現しています。
やがて貞さんは「大関看護婦会」の後継者にも指名されました。
1912年以降、釛さんは東京の大関家にとどまり続け、晩年の和さんを支え、その最期を看取りました。
静かに家族をつなぎ続けた生涯でした。
大関復彦
大関復彦さんは、大関弾右衛門と妻・哲の長男として生まれました。
姉に八千代さんと和さん、弟に衛さん、妹に釛さんがおり、五人きょうだいの三番目にあたります。
大関家の跡取りである長男という立場でした。
1869(明治2)年、明治政府が黒羽藩に永世禄1万5,000石を支給した際、父・弾右衛門が家老を辞職していたため、幼い復彦さんには「一人扶持」だけが与えられました。
一人扶持とは、下級武士に支給された給与米の単位で、年間およそ1石8斗の米に相当します。
黒羽藩の他の家老たちには50石が与えられており、この扱いに姉の和さんは強く憤ったと伝えられています。
成長した復彦さんは東京での生活になじめず出奔。
やがて、挫折から自暴自棄な生活に陥ったと言われています。
その後、長らく音信不通でしたが、1907(明治40)年に和さんと再会しました。
復彦さんは「東京看護婦会」近くの裏長屋で病に伏しており、和さんは結核と見抜いて日赤病院へ入院させます。
しかし同年7月16日に亡くなり、素性不明の女性との間に生まれた遺児・増博さんが残されました。
和さんはその子を引き取り、妹・川原釛さんの住む烏山に預けています。
増博さんは後に烏山中学に進学しました。
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